写真、建築、舞台美術と、杉本博司の創作の領域は幅広い。人々をつねに驚かせる、多岐にわたる活動の背景には 「時間」をどうとらえるかという追求があった

BY YOSHIO SUZUKI, EDITED BY JUN ISHIDA

画像: 尾形光琳《紅白梅図屛風》(国宝、MOA美術館)を撮影し、杉本がアレンジを加えプラチナプリントで表現した《月下紅白梅図》を背景に PHOTOGRAPH BY YASUYUKI

尾形光琳《紅白梅図屛風》(国宝、MOA美術館)を撮影し、杉本がアレンジを加えプラチナプリントで表現した《月下紅白梅図》を背景に
PHOTOGRAPH BY YASUYUKI

 杉本博司の美術家としてのキャリアは写真作品から始まった。写真という光学と化学変化を利用するメディア。記録、伝達、報道のための道具だったそれを、現代美術の表現手段に高めたアーティストのひとり―美術史ではそう語られる。

 画面の上半分は空、下半分は海という〈海景〉シリーズが代表作と語られることもあるが、多彩な杉本の仕事や思考をもっとも象徴的に反映しているのは、50年にわたって取り組んでいる〈劇場〉シリーズだろう。モノクロームの写真は、画面中央に真っ白な発光体のような長方形をもつ。その周囲に描き出される歴史ある映画館や劇場のインテリアは、中央の光を放つ物体によって照らしだされているようだ。

 発光体に見える長方形は、じつは中央の客席側とまっすぐに相対する映画のスクリーンである。それは、映画一本分の光すべてを受け止め、光り輝いている。

 人々の人生、ある国や地域の、ある時代を収めるのが映画だ。映画なら簡単に旅することができない場所に行けるし、身近にあってほしくない戦争や暴力を生々しく感じられる。ときに性的欲求を満たす道具にもなるかもしれない。

画像: 〈ジオラマ〉撮影時のノート。撮影データ、 プリントデータともに克明に記録されている PHOTOGRAPH BY YASUYUKI

〈ジオラマ〉撮影時のノート。撮影データ、 プリントデータともに克明に記録されている
PHOTOGRAPH BY YASUYUKI

 映画館内全体を見渡せる客席に大判カメラを設置する。真っ暗な室内。映画が始まる直前にレリーズを握る。シャッターが開く。映画は上映される。エンドロールが流れ、終了するとシャッターを閉じる。数十万コマの映画フィルムを透過してスクリーンに到達した光のすべては、8×10インチのフィルムがすべて拾う。かくして映画一本はたった一枚の写真に収められた。

画像: 東京都写真美術館改装後の展覧会で発表される新作〈廃墟劇場〉より 《Paramount Theater, Newark》2015 閉鎖した映画館を探し、 大光量のプロジェクターを設置し映画一本を上映する。往年のにぎわいをしのばせる建物が朽ちていく時間と 焼きつけられた永遠である映画の中で起こる出来事が一枚のフィルムの上に ©HIROSHI SUGIMOTO/COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

東京都写真美術館改装後の展覧会で発表される新作〈廃墟劇場〉より 《Paramount Theater, Newark》2015
閉鎖した映画館を探し、 大光量のプロジェクターを設置し映画一本を上映する。往年のにぎわいをしのばせる建物が朽ちていく時間と 焼きつけられた永遠である映画の中で起こる出来事が一枚のフィルムの上に
©HIROSHI SUGIMOTO/COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

 映された映画館は、テレビやビデオに娯楽の主導権を渡す前の時代のもの。主にアメリカで撮影された映画館には壮麗な建築のものが多い。それは、ヨーロッパのようにオペラの文化をもたなかったこの国ならではの発展の仕方をしていったのだった。

 近年取り組んでいるのは、劇場の廃墟に大がかりな映像投影装置を持ち込んで、実際それが使われていた往時を再現したものだ。これは映画産業の兵どもの夢の跡なのか、あるいは映画館のゴーストなのか。

 映写されるごとに命を吹き返す映画を、廃墟になり風雪にさらされるがままになった建物のスクリーンに映写する。光と影でいえば、映画は光で廃墟は影だ。蘇るものと朽ちゆくもの。ベクトルも速度も異なるふたつの時間でさえ杉本はたった一枚のフィルムに収める。

画像: 〈ジオラマ〉シリーズ 自然史博物館の剝製と背景画でできた情景を大判カメラで撮り、まるで現実の風景のように見せる。 《Alaskan Wolves》1994 ©HIROSHI SUGIMOTO/COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

〈ジオラマ〉シリーズ
自然史博物館の剝製と背景画でできた情景を大判カメラで撮り、まるで現実の風景のように見せる。
《Alaskan Wolves》1994
©HIROSHI SUGIMOTO/COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

位相の異なる時間をも収めた

 1970年代から取り組み、発表された杉本の初期三部作が〈ジオラマ〉〈劇場〉〈海景〉である。静謐な世界を精緻なプリントで仕上げた美しい写真作品だと誰もが感じた。ニューヨークで活躍する優れた日本人写真作家が現れた。20世紀中、杉本はそんな注目のされ方、愛され方をしていた。しかし、杉本がそれだけの枠に収まらず、時間を扱い、記号化、象徴化する総合的なアーティストであることを21世紀になってわれわれは知ることになる。彼の活動が写真という枠を超え、さまざまな領域に広がっていった結果である。

画像: 〈海景〉シリーズは世界各地の海を同じ構図でとらえる。空と海と水平線、この一瞬に永遠を思わせる 《Bay of Sagami, Atami》1997 ©HIROSHI SUGIMOTO/COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

〈海景〉シリーズは世界各地の海を同じ構図でとらえる。空と海と水平線、この一瞬に永遠を思わせる
《Bay of Sagami, Atami》1997
©HIROSHI SUGIMOTO/COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

 21世紀に入ったその年に起こった悪夢であり、杉本の活動拠点で起こった9.11(アメリカ同時多発テロ)。その直後の厳重な警戒が続くニューヨークのチェルシー地区で、能の公演のプロデュースを行なった。仮設の能舞台自体、杉本の設計である。続く2002年、香川県・直島にある護王神社の改装を行なった。その際、日本の古代文明と神道に対し大胆な仮説を立て、神社建築の真下に石室を設置した。以後、活動の大きな柱の一つになる建築作品の第一号だ。

 2003年、東京大学総合研究博物館所蔵の数理模型を撮影したことがきっかけで、数次関数の数式から制作した立体作品を発表した。2013年には文楽の構成、演出を手がけて、伝統の世界に斬新な風を送り込んだ。

 21世紀、杉本の肩書は写真家ではなくなり、現代美術家となった。ときにこれに建築家も加わる。

画像: 『神かみひそみいき秘域 その弐』のワンシーン。野村萬斎による「三さんばそう番叟」(古来の祝禱芸能のひとつ)を、 杉本博司作品〈放電場〉を使った舞台演出で見る。ニューヨークのグッゲンハイム美術館で行われた公演の日本凱旋プログラムで、小田原文化財団の活動のひとつでもある 2013年 渋谷〈さくらホール〉 ©HIROSHI SUGIMOTO/COURTESY OF OADAWARA ART FOUNDATION

『神かみひそみいき秘域 その弐』のワンシーン。野村萬斎による「三さんばそう番叟」(古来の祝禱芸能のひとつ)を、 杉本博司作品〈放電場〉を使った舞台演出で見る。ニューヨークのグッゲンハイム美術館で行われた公演の日本凱旋プログラムで、小田原文化財団の活動のひとつでもある
2013年 渋谷〈さくらホール〉
©HIROSHI SUGIMOTO/COURTESY OF OADAWARA ART FOUNDATION

 杉本が追い続ける「時間」という大きなテーマ。それをこれからの杉本の活動予定に照らし合わせて見ていきたい。東京都写真美術館が今年9月にリニューアルオープンするが、リニューアル後、第一弾の展覧会が『杉本博司 ロスト・ヒューマン展』(9月3日〈土〉~11月13日〈日〉/東京都写真美術館)だ。

 展示の柱は〈ロスト・ヒューマン〉〈廃墟劇場〉〈仏の海〉の3つである。〈ロスト・ヒューマン〉は2014年にパリのパレ・ド・トーキョーで発表した。比較宗教学者、宇宙物理学者など33の視点から、文明の終わり、人類の絶滅を、杉本が記述した文章をもとに自身の作品や見つけてきた遺物、古美術、古雑貨などを使いインスタレーションした。それぞれ職業や人格の異なる立場からの見地。共通しているのは文章の書き出しが「今日世界は死んだ。もしかすると昨日かもしれない…」であること。これはもちろん、アルベール・カミュ『異邦人』の冒頭〈きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かもしれない〉を意識している。パリに続き、東京では どのような味つけがされるのか楽しみである。

 時間の蓄積が歴史になる。歴史についてはこれまでもさまざまに考察し、作品に採り入れてきた杉本だが、そのひとつ、京都の蓮華王院(通称、三十三間堂)の千躰の千手観音立像を48枚のカットに分割して撮影した〈仏の海〉の大判(119.4×149.2㎝)プリントで展示室を構成する。モノクロームで撮影され、精緻なプリントで仕上げられた、一見似ていて全部が異なるカットを繰り返し見ていくうちにトリップ感が高まり、時間を 超越した浄土の世界に誘われるようである。そしてもうひとつ、この展覧会が世界初公開になる〈廃墟劇場〉については前述のとおりだ。

時間を操る感覚をもつと
もっとも古いものがもっとも新しいものに
変わる。それが創作の根本にある

『杉本文楽 曾根崎心中』『春の便り~能「巣鴨塚」より~』など、古典芸能をもとに今までにない演劇を発表してきた杉本が今取り組んでいる作品が興味深い。

 ジャン・コクトーの代表作で1930年にコメディ・フランセーズで初演されて以来、世界各国で上演されてきた一人芝居『声』を下敷きにし、設定を日本の昭和初期に置き換えるという。脚本は小説家の平野啓一郎、主演は寺島しのぶ、音楽を担当するのは世界的な舞台で活躍するヴァイオリニストの庄司紗矢香だ。杉本は解説する。「ジャン・コクトーの代表作で、電話のこちら側に女がいて、向こうに男。それを一人芝居で演じる。何度も上演されているので大幅に翻案して、平野啓一郎さんと脚本を練りました。日本の戦前、1930年代のモダンガールが電話で男に別れ話を切り出されるという設定です。実在した女性をモデルにしました。とある裕福な文化人のお妾さんで趣味はフェンシングと水泳。堀口捨己(ほりぐち すてみ)に設計させたモダニズム建築に住んでいた若狭(わかさ)という人がモデルです。だから舞台にはプールの見えるモダンなお屋敷を造っておいて、そこに電話がかかってきて……」

 11月25日(金)、26日(土)、27日(日)( 4公演予定)に草月ホールで上演される。時間と空間を変換する遊び、そのうえで杉本と平野がどう展開してくれるか。さらにモダン建築に精通した杉本が舞台上にどんな空間を創り出すのかも見ものである。

画像: 「江之浦測候所模型」。みかん山の斜面が敷地である。高いところに長く伸びるのは100メートルギャラリー。 その下に斜めに交差するのが冬至の日にのみまっすぐ光が差し込む70メートルの隧道だ ©HIROSHI SUGIMOTO/COURTESY OF OADAWARA ART FOUNDATION

「江之浦測候所模型」。みかん山の斜面が敷地である。高いところに長く伸びるのは100メートルギャラリー。
その下に斜めに交差するのが冬至の日にのみまっすぐ光が差し込む70メートルの隧道だ
©HIROSHI SUGIMOTO/COURTESY OF OADAWARA ART FOUNDATION

スギモトランドただいま建設中

 東京とニューヨークを行き来し、最近ではバルセロナやモスクワ、京都で展覧会を開催するなど多忙を極める杉本だが、それだけではない。小田原で進めている建設工事が目下の最大のプロジェクトである。

 敷地の中にはふたつの能舞台や円形劇場があり、さまざまな公演を行うことができ、作品展示のための100メートルのギャラリー、天体観測のための70メートルのトンネルをもつ。それらすべての設計は杉本と建築家の榊田倫之(さかきだ ともゆき)が主宰する新素材研究所による。しかもそれぞれの建築物は天体の運行を考え尽くし、春分秋分、夏至冬至には特徴を見せることになる。「能舞台の橋掛かりには春分の日、秋分の日にまっすぐに日が差し込みます。能は語り手が日の出とともに去っていくわけですから、その後ろ姿に朝日が差して、後シテは霊界に戻っていく、と。冬至の日は海から日が昇り、隧道(ずいどう)をまっすぐに貫き、円形劇場の広場に光が差します。ここはその一日のためだけにあるといってもいい。つまり、これまでやってきた古美術や現代美術の展示、演劇の公演、建築設計、そして古代の人々が行なっていたであろう天体運行と信仰のあり方、そして儀式を追想する施設です。地名から、江之浦測候所と名付けました」

画像: 「江之浦測候所CG」。これは100メートルギャラリーの突端部分 (完成予想図)。まるで陸に乗り上げた船。長いギャラリーだが、 柱にあたる構造的な部分は片側(画像奥側)にしかなく、 もう片側はガラスがカーテンのように吊り下げられているだけ。 重力を無視するかのような建物が独特の空間をつくり上げる ARCHITECT BY NEW MATERIAL RESEACH LABORATORY/HIROSHI SUGIMOTO+TOMOYUKI SAKAKIDA

「江之浦測候所CG」。これは100メートルギャラリーの突端部分 (完成予想図)。まるで陸に乗り上げた船。長いギャラリーだが、 柱にあたる構造的な部分は片側(画像奥側)にしかなく、 もう片側はガラスがカーテンのように吊り下げられているだけ。 重力を無視するかのような建物が独特の空間をつくり上げる
ARCHITECT BY NEW MATERIAL RESEACH LABORATORY/HIROSHI SUGIMOTO+TOMOYUKI SAKAKIDA

 場所は小田原の海が迫るみかん山である。最初は茶室と能舞台を備えたウィークエンドハウスを造ろうという軽い発想だったそうだが、夢が次々にふくらみ、これまでのさまざまな仕事を体系化し、ずっと構想してきた理想の建築を集積したスペースが着々と準備、実現されている。オープンの目標は来年2017年。本格的な運用はさらに翌年になるかもしれない。

 これに伴い、公益財団法人小田原文化財団を設立し、意欲的な活動をしていく方針を立てた。「〝杉本〞を出すよりもほかのことをやろうと考え、演劇的なものに深入りしていきました。3つの舞台、海に突き出ているガラスの能舞台と、伝統的な能舞台、冬至の隧道を出たところのストーンサークルの円形舞台。それらを使ってパフォーミングアーツを中心に運営していきます。100メートルのギャラリーは展示室でもあり、その独自の構造ゆえの美しさで建物自体がいわば立体作品になります」

画像: 杉本設計による「立礼茶室 うちはそと」にて PHOTOGRAPH BY YASUYUKI

杉本設計による「立礼茶室 うちはそと」にて
PHOTOGRAPH BY YASUYUKI

 古代人とわれわれ現代人が見られる同じものはあるかという設問。その答えが〈海景〉だった。悠久の時間を隔てて同じ姿を見せる海の姿をとらえた。〈劇場〉では映画一本分の時間を操った。そして今、杉本が設計した測候所は半年、一年という時間を天体に示させる。杉本を写真家、建築家とくくれないのは、写真や建築を生み出すことが目的ではなく、時間を可視化させる手段としてそれを使っているに過ぎないからである。

杉本 博司(すぎもと ひろし)
1948年東京都生まれ。大学卒業後の1970年渡米。ニューヨークと東京を拠点に現代美術、建築、日本の古典芸能のプロデュースなどで活躍。2001年、ハッセルブラッド国際写真賞受賞。2009年、高松宮殿下記念世界文化賞受賞。2010年、紫綬褒章受章。2013年、フランス芸術文化勲章オフィシエを受章。作品所蔵美術館はメトロポリタン美術館(ニューヨーク)、ポンピドゥー・センター(パリ)、東京国立近代美術館など多数

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