アートとの関わり方からブランド像を読み解く連載。第二回では、エルメス財団の新ディレクターに就任したローラン・ペジョーに、エルメスというメゾンと財団の関係について聞いた

BY JUN ISHIDA

「私たちの身振りが、私たちをつくり、私たち自身の鏡となる」という理念を掲げ、活動するエルメス財団。2008年にエルメス6代目当主であるピエール=アレクシィ・デュマによって創設されたこの財団は、フランスの非営利団体であり、芸術や技術伝承、環境問題、教育などに関わる支援活動を目的とする。昨年、財団の3代目ディレクターに就任したローラン・ペジョーは、以前は教育分野に携わっていたというファッション界では珍しい経歴の持ち主だ。コロナ禍のため来日が叶わなかった彼は、清潔感のあるネイビーのスーツ姿でオンラインインタビューの画面に現れた。

「まずお話ししたいのは、エルメス財団は、エルメスというメゾンが創業時から大切にしている『職人の世界』という価値観の延長上に生まれた財団であることです」

 ペジョーはこの言葉から話を始めた。

「エルメス財団の目的は、この価値観を一般の皆様の利益となるよう広げることであり、『創造』『スキル』『環境』『連帯』という4つの大きな柱を立てて活動しています。そして、それらはエルメスにとっても大事な要素なのです」

「創造」は現代美術作家の制作支援であり、「スキル」は職人技術の継承、「環境」は環境の保護活動、そして「連帯」は支援を必要としている人や団体へのサポートを意味する。そしてこの4つの柱を実践するのが各国にあるエルメス財団のチームだ。

「各国のチームはそれぞれの地域に合わせたオーダーメイドの活動を行い、それをサポートするのが我々の役割でもあります」

 当たり前のようにも聞こえるが、本部が全てを決定せずに、各国に具体的な内容を任せるというのはファッションビジネスの世界では稀なことだ。それが成り立っているのは、14年という時間の中で育まれた各国チームとの信頼関係と、エルメスと財団が掲げる「職人の世界」という価値観が揺るぎないものだからなのだろう。

画像: 小平篤乃生がサンルイ工房でアーティスト・レジデンシーを行い制作した作品<サンルイのための楽器>(2012)。C60(通称フラーレン)と呼ばれる構造は、元素が作り出す構造の中で最も球体に近いもので、サンルイの誇るカット技術を用いて制作された。レジデンシー直前におこった東日本大震災以降、今までの制作方法を見直し、エネルギー問題を考察するようになった小平は、今回、作品の動力である電力にも焦点を当てた形の展示を行った PHOTOGRAPH BY NACASA & PARTNERS INC. / COURTESY OF FONDATION D'ENTREPRISE HERMÉS

小平篤乃生がサンルイ工房でアーティスト・レジデンシーを行い制作した作品<サンルイのための楽器>(2012)。C60(通称フラーレン)と呼ばれる構造は、元素が作り出す構造の中で最も球体に近いもので、サンルイの誇るカット技術を用いて制作された。レジデンシー直前におこった東日本大震災以降、今までの制作方法を見直し、エネルギー問題を考察するようになった小平は、今回、作品の動力である電力にも焦点を当てた形の展示を行った
PHOTOGRAPH BY NACASA & PARTNERS INC. / COURTESY OF FONDATION D'ENTREPRISE
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画像: サンルイ工房で職人と共に作品を設置する小平。400年以上にわたり、偏狭な地で変わらずクリスタルを作り続ける工房の姿について、小平は「職人の吹く息吹が保存されている場所」と述べる ©️TADZIO / FONDATION D'ENTREPRISE HERMÉS

サンルイ工房で職人と共に作品を設置する小平。400年以上にわたり、偏狭な地で変わらずクリスタルを作り続ける工房の姿について、小平は「職人の吹く息吹が保存されている場所」と述べる
©️TADZIO / FONDATION D'ENTREPRISE HERMÉS

画像: <銀座メゾンエルメス フォーラム>で開催中の「転移のすがた」展では、アーティスト・レジデンシーに参加した3名のアーティストと、そのメンターであるアーティスト3名の作品が、対話するかのように同じ空間内に展示されている。写真は、小平とメンターであるジュゼッペ・ぺノーネの作品の展示風景 PHOTOGRAPH BY NACASA & PARTNERS INC. / COURTESY OF FONDATION D'ENTREPRISE HERMÉS

<銀座メゾンエルメス フォーラム>で開催中の「転移のすがた」展では、アーティスト・レジデンシーに参加した3名のアーティストと、そのメンターであるアーティスト3名の作品が、対話するかのように同じ空間内に展示されている。写真は、小平とメンターであるジュゼッペ・ぺノーネの作品の展示風景
PHOTOGRAPH BY NACASA & PARTNERS INC. / COURTESY OF FONDATION D'ENTREPRISE HERMÉS

画像: 小平と彼のメンターであるアーティストのジュゼッペ・ぺノーネ。メンターはプログラムに参加する若手アーティストを推薦し、作品制作をサポートする役割を果たす ©TADZIO / FONDATION D'ENTREPRISE HERMÉS

小平と彼のメンターであるアーティストのジュゼッペ・ぺノーネ。メンターはプログラムに参加する若手アーティストを推薦し、作品制作をサポートする役割を果たす
©TADZIO / FONDATION D'ENTREPRISE HERMÉS

 財団は「アート・シーンの活性化をサポートする」という目的のもと、フランス、ベルギー、韓国、そして日本で4つのアートギャラリーを運営している。東京にある<銀座メゾンエルメス フォーラム>は、その中でも最も規模の大きなもので、現在は財団のプログラムの一つである「アーティスト・レジデンシー」10周年を記念した展覧会「転移のすがた」を開催中だ。

「アーティスト・レジデンシーのプログラムは、若手アーティストが55あるエルメスの工房の中の一つに滞在し作品を制作するものです。アイデアとしては非常にシンプルですが、エルメスというメゾンが芸術と文化の力を信じているからこそ生まれたプログラムです。メゾンは、財団を通してアーティストと職人たちの出会いの場をつくり、そこで交流や対話、あるいは何かしらの疑問が生まれればと考え立ち上げました」

「転移のすがた」展に出展している小平篤乃生(こひら あつのぶ)は、2012年にこのプログラムに参加した。小平が滞在したのはクリスタルを手がけるサンルイの工房で、フランス北東部ロレーヌ地方の山間部にある小さな村にあった。

「僕はプログラムの2期生だったので、まだ工房側の受入れ準備が整っていない感じはありました。工房にいきなり部外者が入ってゆき、こうしたいといっても職人に理解してもらえないので、まずは彼らに寄り添うことから始めました。サンルイは、伝統的に朝5時半から作業をスタートするのですが、毎日その時間に工房に行き、職人たちとコーヒーを飲んだりしてコミュニケーションをとりながら制作することを心がけましたね。上から目線でこれを作りたいといっても、職人は情熱を傾けてくれませんから」

 小平が半年間工房に通い、職人とともに作り上げたのは、サンルイならではの六角形のカットが施されたガラスのドームだ。中には逆向きに時を刻む時計の機構が仕掛けられている。

「半球は7つ作りましたが、厚さがそれぞれ違います。職人たちには、楽器を吹くように厚さを変えて欲しいと頼みました。頭でっかちな考えに思われたかもしれないけれど、長い月日一緒にいたので理解してもらえるのではと思い頼みました。完成した時は、工房内の小さなスペースで職人たちを招いて展覧会も開いたんです。思った以上の人が来てくれて、あの時は感動しましたね」

画像: パリ郊外のパンタンにあるアート・スペース<マガザン・ジェネロー>で開催中のアーティスト・レジデンシーの展覧会「転移のすがた Formes du transfert 」 COURTESY OF FONDATION D'ENTREPRISE HERMÉS

パリ郊外のパンタンにあるアート・スペース<マガザン・ジェネロー>で開催中のアーティスト・レジデンシーの展覧会「転移のすがた Formes du transfert 」
COURTESY OF FONDATION D'ENTREPRISE HERMÉS

画像: 2011年にスタートしたアーティスト・レジデンシーのプログラムに参加した作家34名の作品から展示が構成されている COURTESY OF FONDATION D'ENTREPRISE HERMÉS

2011年にスタートしたアーティスト・レジデンシーのプログラムに参加した作家34名の作品から展示が構成されている
COURTESY OF FONDATION D'ENTREPRISE HERMÉS

 このエピソードをペジョーに話すと、「アーティストも職人も、共同制作することで、自分がいつもいる場所から出て、新しいところへ向かうことができるのです」と述べ、彼自身もまた、それを目の当たりにしたという。

「パリでもアーティスト・レジデンシーの展覧会を開催しているのですが、先日、トークイベントが行われました。そこに参加したアーティストと職人が口を揃えて言っていたのが、レジデンシーを通してそれぞれがいつもの考え方から離れるチャンスを得たということだったのです。このプログラムで財団が最も大事にしているのは、アーティストにたっぷり時間を与えることです。この時間は、その場所に飛び込み、没入していただくために必要なものであり、それはまたエルメスという世界に出会うための時間でもあります。職人の働きぶり、彼らの使う道具類、そうしたものと出会い、観察する。この時間はアーティストだけでなく職人にとっても、お互いに『知り合う』ために必要なものです」

「時間」もまた、エルメスと財団が共有する理念だ。ゆっくりと時間をかけ、理解をし、物づくりを行い、そしてそれを世の中に伝えてゆく。こうした独自の時間軸の中で物事が動いてゆくエルメスにおいて、「アートは空気のようにそこにある」と小平は振り返る。そしてペジョーもまた、微笑みを浮かべながら述べる。「ええ、アートはエルメスにとって、それがなければ生きてゆけない空気のような存在なのです」

画像: ローラン・ペジョー 1977年生まれ。2006年〜2012年パリ国立オペラで教育プログラム「Ten months of School and Opera」の共同ディレクターを務める。2018年パリ教育委員会アート&カルチャー部門代表に就任。2020年エルメス財団の副ディレクターを経て、2021年ディレクターに就任する © OLIVIER METZGER FONDATION D'ENTREPRISE HERMÈS

ローラン・ペジョー
1977年生まれ。2006年〜2012年パリ国立オペラで教育プログラム「Ten months of School and Opera」の共同ディレクターを務める。2018年パリ教育委員会アート&カルチャー部門代表に就任。2020年エルメス財団の副ディレクターを経て、2021年ディレクターに就任する
© OLIVIER METZGER FONDATION D'ENTREPRISE HERMÈS

「転移のすがた」アーティスト・レジデンシー10周年記念展
会期:~4月3日(日)
会場: 銀座メゾンエルメス フォーラム 8・9階
住所:中央区銀座5-4-1 
開館時間:11:00~19:00(入場は18:30まで)
※ギャラリーは基本、銀座店の営業に準じております。開館日時は予告なしに変更の可能性がございます。詳細は公式サイトをご確認ください。
入場料: 無料
電話:03(3569)3300
公式サイトはこちら

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