「アーティストから敬愛されるアーティスト」の典型であるアレックス・カッツ。彼は画家として恐らく史上最長かつ持続的なキャリアを築いてきた。95歳の彼は作品を完璧なものにするために、今も多忙な日々を送っている。2022年10月21日からNYで大回顧展が開かれるカッツの軌跡を全3回にわたってお届けする

BY AMANDA FORTINI, PHOTOGRAPHS BY ALEC SOTH, TRANSLATED BY T JAPAN

 ニューヨークのソーホー地区の一角にあるアレックス・カッツの自宅兼スタジオ。彼はここで1968年からずっと暮らして、作品を作り続けてきた。この場所に足を踏み入れるのは、カッツが作り出す美の世界の根源である彼の頭脳の中に直接入り込むような感じだ。ある夏の日の朝遅く、強い日射しにさらされた彼のロフトに着くと、この7月に95歳になったカッツが、キッチンの端の空間にいた。その場所で、彼は紫色のシャクヤクの絵の試作に向かって、筆で最後のタッチを加えていた。彼の記念碑的な作品群はこうして何度も試作を重ねた末にでき上がるのだ。壁には多くの作品が掛けられ、居間や隣のスタジオのあらゆるところにも作品が立てかけられている。そんな大量の絵画とともにごくシンプルな家具があり、キッチンには筆と絵の具が詰まった鉄製のカートが置かれていた。仕事と生活を決して切り離すことができない様子がそれらすべてから伝わってくる。キッチンの先にある部屋に続くドア越しに、ほとんど人前に出ることのない妻、94歳のエイダの銀髪の姿が、影のようにちらっと見えた。1957年にふたりが出会ってから、カッツはさまざまな表現方法で1000回以上も彼女を描いてきた。快活なカッツは、細身の身体と見事に禿(は)げ上がった頭によって、洗練されたエレガンスを醸し出している。彼は自己紹介めいた言葉はいっさい抜きで私に話しかけてきた。「僕はベネチアに行くんだ」と言い、開催予定であるらしい展覧会のことを暗ににおわせた。絵の具が染みついたカーキパンツを身に着けキャンバス製の汚れたスニーカーを履いている姿は、作品の制作に忙殺されている画家らしい。左目の横には白い顔料が乾いて小さくちょこんとこびりついている。彼は私に、ベネチアでの展覧会はまだ準備段階なのだと言い、「あの草の絵のように、題材のすべてが草」という絵画を描くことを考えていると言う(近年、彼は大規模な抽象画の題材として草や木を明るい緑と黄色で描いてきた)。もしくは「水を題材に描いたあの黒い絵画のような感じかも」とも言う(彼は1980年代後半から、街の景観やメイン州のある小川の様子などさまざまな対象を題材に、暗めの色で描いた作品を創作しており、最近では漆黒のインクで海を描いた作品もある)。「それでね」と彼は言う。「真夜中にふと思いついたんだ。クレア・マッカーデルを題材にするのはどうだろう?って」

画像: アレックス・カッツ 彼のニューヨーク市内のスタジオで2022年6月16日に撮影。約80年間ずっと作品を描き続けてきたアーティストである彼の回顧展が、この秋、グッゲンハイム美術館で開催される ALEX KATZ PAINTINGS © 2022 ALEX KATZ/LICENSED BY VAGA AT ARTISTS RIGHTS SOCIETY (ARS), NEW YORK

アレックス・カッツ
彼のニューヨーク市内のスタジオで2022年6月16日に撮影。約80年間ずっと作品を描き続けてきたアーティストである彼の回顧展が、この秋、グッゲンハイム美術館で開催される
ALEX KATZ PAINTINGS © 2022 ALEX KATZ/LICENSED BY VAGA AT ARTISTS RIGHTS SOCIETY (ARS), NEW YORK

 カッツは長年ファッションに興味を抱いてきた。たとえば《Pas de Deux(パドドゥ)》(1983年)という作品では、肩パッドの入った服を着た5組のカップルを描いている。カッツが今回思いついたのは、20世紀半ばのアメリカを代表するスポーツウェアのデザイナーのクレア・マッカーデルだ。機能的で、奇をてらわない彼女の作品は、第二次世界大戦中に人気を博した(たとえばバレエ用品メーカーのカペジオは、戦時中の物不足の折に彼女にバレエシューズの製作を依頼している。また、ウエスト部分に鍋つかみが紐で装着されているワンピースも彼女の代表作だ)。あらゆる形態のアートにおいて、よけいな装飾を好まないカッツは、マッカーデルのデザインの「素朴さ」を好ましいと思っていると力説した。「彼女の作品は現代にこそふさわしい。今は、何においても、実物よりもよく見せようとする虚栄心まみれの時代だから」と彼は言う。「彼女の服のコンセプトは、溶接作業を一日中やって家に帰って、庭でハンバーガーを調理したりする、そのすべての行動を同じ衣服を着たまま済ませられることなんだ」

 カッツの話し方は、彼が絵を描く手法と似ている。ユーモアがあり、ものごとの本質を鋭く突く。この類い稀で魅力的な特質は、彼のすべての絵画に共通している。たとえば、彼の作品の中でも最もよく知られている、1950年代後半に彼が描きはじめた、品のあるシンプルな肖像画がそうであり、巨大な抽象画に近い風景画もその一例だ(カッツは風景画を「環境画」と形容する。この言葉は、絵画の実際のサイズの巨大さと、遠近法を利用して表現することで絵がさらに大きく見えるという手法の両方を指している)。アーティストで画家のデヴィッド・サーレはこう記している。

「私の友人のひとりは、カッツの絵画はたとえ3万フィート(約9㎞)上空を飛んでいる飛行機から落下したとしても、誰が描いたものか判別できると考察していた」。この言葉は、カッツの作品の根幹をなす特徴のどれにもほとんどあてはまる。それはつまり、平らな地平線や水平線、彼のスタイルに裏打ちされた感受性と、彼独特の色彩表現などだ。それは彼ならではの物の見方にも通じる。

「僕は、アメリカ文化にはすごいエネルギーがあると思う」とカッツは言い、私たちが彼のスタジオを歩き回って驚くほど大きなサイズの絵画を見ているときも、まだマッカーデルのことを話していた。彼の絵画は、極度に誇張された大きさと押し出しの強さで、いかにもアメリカンという印象だ(後ろの壁に立てかけられているのは草原を描いた風景画で、横幅6mはある)。1958年に死去したマッカーデルは、生涯一貫してアメリカらしいアーティストだったが、彼女の当時の圧倒的な人気を別にすると、彼女のことを今も記憶しているのは、ファッション専門家以外には、ほとんどいない。カッツも同様に、“画家たちの間で人気がある画家”という立場だ。彼が達成した商業的な成功と露出度に反して──彼は1951年以降、250以上の個展と約500のグループ展に出展してきた──カッツの存在が知られているのはほとんどアート界に限られ、現代アートの主流にいる巨匠たち(たとえばジャスパー・ジョーンズやロバート・ラウシェンバーグなど)の知名度には遠く及ばない。

画像: カッツのソーホーのスタジオにある絵画。分断された肖像画や、花を描いた作品も ALEX KATZ PAINTINGS © 2022 ALEX KATZ/LICENSED BY VAGA AT ARTISTS RIGHTS SOCIETY (ARS), NEW YORK

カッツのソーホーのスタジオにある絵画。分断された肖像画や、花を描いた作品も
ALEX KATZ PAINTINGS © 2022 ALEX KATZ/LICENSED BY VAGA AT ARTISTS RIGHTS SOCIETY (ARS), NEW YORK

 この秋開催される彼の回顧展は、驚異的なほど長い年月にわたって力強く展開されてきた彼のキャリア全体を網羅するものであり、この回顧展によって、彼の知名度は、ついに押しも押されもせぬレベルに到達するかもしれない。キュレーターのキャサリン・ブリンソンが手がける展覧会『Alex Katz: Gathering(アレックス・カッツ:集い)』はニューヨークのソロモン・R・グッゲンハイム美術館で10月後半に開催される。ブリンソンいわく、この展覧会の中で最も古い作品は、カッツの母を題材にしたデッサンの上にインクを塗って描いた小ぶりの絵画で、1946年作のものだ。「僕は77年間絵を描いてきた」とカッツは言う。「こんな機会を与えられた画家は、ほとんどいないと思う」という言葉は、この回顧展のことだけではなく、恐らく彼の長いキャリアのことも指しているのだろう。面白いことに、グッゲンハイム美術館にとっては、カッツが、これまで尊敬を集めながらも主流派ではなかったことが、彼の回顧展を開催する決め手となった。「私は彼のことをずっと敬愛してきた」と言うのは、同美術館のディレクターを務めるリチャード・アームストロングだ。彼は、カッツが85歳になってから今までのここ10年の業績が、特に輝かしいと評する。「そして私たちは、うちの美術館の所蔵作品の中に彼の作品が一点もないことに気づいたんだ。私たちが知る限り、彼はグッゲンハイムでは一度も作品を展示したことがない。なんてことだ、これは完全な見落としだ、と思ったよ」

 この展覧会は、カッツにとって二度目の大規模な回顧展となる。一度目は1986年にホイットニー美術館で開催された。一風変わった、とことん正直な心情を綴った彼の2012年発行の自叙伝『Invented Symbols: An Art Autobiography(発明された象徴たち:あるアートの自叙伝)』は、彼の息子で、詩人であり美術批評家であるヴィンセント・カッツが、父親の音声録音を編集してまとめたものだ。その自叙伝の中で、カッツは、最初の回顧展が終了した際に、振り返ってこう語っている。「画家たちの中には、自分の回顧展が終わったあとに、さらにキャリアを重ねて、自らの代表作となる作品を描く者もいることに僕は気がついた。そんな作品は、以前の作品より少し出来が悪いか、もしくはちょっとだけうまくなっているわけだが、それは大した問題ではない。僕は芸術世界の中で、不安定で恐ろしい場所に自分を放り込みたかった」。それから36年間、彼はその言葉どおりに実行してきた。巨大で圧倒的な風景を描くために、彼は90代の今でも脚立に上る。夜の闇を描くために、長年ずっと持ち続けてきた光への興味をまったく違う方向に変換させた。花をやさしいタッチで描いたのも、新しい挑戦だ。また、その続編となる作品では、ある人物のイメージを何度もモチーフとして使った。アーティストで映像作家のアーサー・ジャファは、カッツの手法を自らのカタログに載せたエッセイの中で、まるで漫画の中に出てくるキャラクターの作画か、モンタージュのようだと形容している。

 作家のF・スコット・フィッツジェラルドは、カッツのクールで洗練された絵画を愛したに違いない人物のひとりだ。フィッツジェラルドが「アメリカ人の人生に第二幕はない」と書いたのは有名だが、カッツは、60歳になる頃に最初の回顧展を行ってから、まったく新しいセカンドキャリアを築いてきた。カッツの作品は美しく、技術的にも新しい工夫に満ちている。それは、自らの芸術的本能に従いつつ、同時に時代の新しい変化にも敏感であり続けている証拠だ。だが、それと同じように重要なのは、彼自身の忍耐力や自らを律する力、そして芸術を通して人生を生きるという不変のこだわりだ。「彼は人生を、たったひとつのことに捧げてきた」と言うのは、ニューヨークのグラッドストーン・ギャラリーの共同経営者であり、アート・ディーラーのギャビン・ブラウンだ。彼は米国内でのカッツの代理人を務めている。ブラウンは私にこう言う。「彼はちょっと変わった極楽鳥のような存在だ。ダンスを完璧に踊ろうとし、または、巣作りを極めようとしている。アートを作ることは彼のDNAに刻み込まれている。それが彼の人生の課題なんだ。ある意味ではごく小さな課題だが、今の時代においては、かつてないほど貴重な価値をもつんだ」

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