パリ・ルーヴル美術館のコレクションから「愛」をテーマに選りすぐりの絵画を集めた『ルーヴル美術館展 愛を描く』、日本の近代美術の名作の意外な裏側に迫る『重要文化財の秘密』、近年世界的に再評価が進む写真家・深瀬昌久の日本初の大回顧展。3つの展覧会のみどころを紹介する

BY MASANOBU MATSUMOTO

『ルーヴル美術館展 愛を描く』|国立新美術館

画像: フランソワ・ジェラール 《アモルとプシュケ》、または《アモルの最初のキスを受けるプシュケ》1798年 パリ、ルーヴル美術館 PHOTO © RMN-GRAND PALAIS (MUSÉE DU LOUVRE) / TONY QUERREC / DISTRIBUTED BY AMF-DNPARTCOM

フランソワ・ジェラール 《アモルとプシュケ》、または《アモルの最初のキスを受けるプシュケ》1798年
パリ、ルーヴル美術館
PHOTO © RMN-GRAND PALAIS (MUSÉE DU LOUVRE) / TONY QUERREC / DISTRIBUTED BY AMF-DNPARTCOM

 西洋美術を古くからみると、そこにはざまざまな「愛」の様相が発見できる。ローマ・ギリシア神話に登場する神々の、ときにスキャンダラスで復讐劇にも発展する恋のドラマ。キリスト教絵画に見られる、博愛のこころや家族愛、自己犠牲的な愛のかたち。17世紀、18世紀になると、現実社会に生きる人間をモデルにした愛も、画家たちの主題になった。たとえば、優雅にダンスを踊りながら恋の駆け引きをする上級市民たち、酒場で顔を寄せ合う庶民などーー。

 パリ・ルーヴル美術館の膨大なコレクションの中から、愛を切り口に精選した73点の絵画を紹介する本展。愛の多彩なありよう、そして画家たちはそれをどのような工夫や演出をもって絵にしたのか、が大きなテーマだが、「愛」というキーワードで見ると、いわゆる名作も新鮮に目に映って楽しい。

 みどころのひとつ、フランソワ・ジェラールの《アモルとプシュケ》が描いているのは、愛の神キューピットが、妻となるプシュケの額にそっと唇を寄せるシーン。その頭上には一羽の蝶がひらひらと舞い、じつにロマンティックだ。19世紀の画家シェフェールの大作《ダンテとウェルギリウスの前に現れたフランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの亡霊》は、ダンテの叙事詩『神曲』の「地獄篇」が主題。画面の対角線上に大胆な構図で描写されているフランチェスカとパオロ。この男女の悲しい恋路は(ふたりは、男の兄の嫉妬により、ナイフで刺され死んでしまう)、いまも多くの人を夢中にさせるラブストーリーだ。

画像: アリ・シェフェール《ダンテとウェルギリウスの前に現れたフランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの亡霊》1855年 パリ、ルーヴル美術館 PHOTO © RMN-GRAND PALAIS (MUSÉE DU LOUVRE) / MICHEL URTADO / DISTRIBUTED BY AMF-DNPARTCOM

アリ・シェフェール《ダンテとウェルギリウスの前に現れたフランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの亡霊》1855年 パリ、ルーヴル美術館
PHOTO © RMN-GRAND PALAIS (MUSÉE DU LOUVRE) / MICHEL URTADO / DISTRIBUTED BY AMF-DNPARTCOM

『ルーヴル美術館展 愛を描く』
@国立新美術館
開催中。6月12日(月)まで。
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東京国立近代美術館70周年記念展『重要文化財の秘密』|東京国立近代美術館

画像: 竹内栖鳳 《絵になる最初》 重要文化財 1913(大正2)年 京都市美術館蔵 後期(5月2日~5月14日)のみ展示

竹内栖鳳 《絵になる最初》 重要文化財 1913(大正2)年 京都市美術館蔵 後期(5月2日~5月14日)のみ展示

 美術作品が面白いのは、その評価が「絶対」ではないことだ。2020年、ブラック・ライヴス・マター運動の波を受け、アメリカを含む世界各地で黒人の奴隷制度に関与した人物の銅像が撤去される出来事があったように(同じく2020年、大英博物館でも創立に寄与した人物の銅像が奴隷貿易に関与していたことを理由に展示場所を移され、美術界の大きなニュースになった)、美術作品は、その時代、その社会の思想や価値観によって、評価が一転することもある。

 この『重要文化財の秘密』展は、そうした美術品の評価の特殊性を企画自体に盛り込んでいる点で、非常に意義深い。展示作品は、東京国立近代美術館が収蔵する明治以降の重要文化財51点。これらがなぜ、どのような評価の変遷を経て、重要文化財になったのかーー日本の近代美術史に隠された意外なエピソードにも迫る。

 中には制作当時「問題作」と言われたものも、時代を超えていま現代の問題を意識させる作品もある。たとえば、初代宮川香山の明治14年の作《褐釉蟹貼付台付鉢》。1990年代以降、明治の輸出工芸にまつわる研究の進展が後押しし、重要文化財に指定されたそうだが、長らくこの作品は装飾過多な「悪趣味なもの」という見方が強かった。大正2年に描かれた竹内栖鳳の《絵になる最初》は、脱衣を躊躇する若い女性モデルがモチーフ。男性画家と女性モデルの視線の力学を画題にしているという点で、現代的な「問題作」と言えるだろう。

画像: 初代宮川香山 《褐釉蟹貼付台付鉢》 重要文化財 1881(明治14)年 東京国立博物館蔵 通期(3月17日〜5月14日)展示 IMAGE:TNM IMAGE ARCHIVES

初代宮川香山 《褐釉蟹貼付台付鉢》 重要文化財 1881(明治14)年 東京国立博物館蔵 通期(3月17日〜5月14日)展示 
IMAGE:TNM IMAGE ARCHIVES

東京国立近代美術館70周年記念展『重要文化財の秘密』
@東京国立近代美術館
3月17日(金)から5月14日(日)まで。
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『深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ』|東京都写真美術館

画像: 《無題》〈サスケ〉より 1977-1978年 個人蔵 © MASAHISA FUKASE ARCHIVES

《無題》〈サスケ〉より 1977-1978年 個人蔵
© MASAHISA FUKASE ARCHIVES

 近年、海外のアカデミックな写真研究者の間では、日本の1970年から80年代の写真作品に注目が集まっているそうだ。なかでも大きな関心が寄せられ、再評価の渦中にあるのが2012年に没した深瀬昌久だ。

 自分自身や妻・洋子を含む家族、また愛猫など身近な存在にカメラを向け、日本における「私写真」のジャンル開拓に大きく寄与した深瀬。1974年、ニューヨーク近代美術館で開催された『ニュー・ジャパニーズ・フォトグラフィー』展では、土門拳や東松照明、森山大道らとともにその作品が紹介され、以降、世界各国の展覧会に出品してきたが、日本ではその生の作品をまとめて鑑賞できる機会は決して多くなかった。

 日本初となる深瀬の大回顧展『深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ』は、初期から晩年まで、その創作世界を存分に味わえる構成だ。10年あまりの月日をかけて妻・洋子を撮った「洋子」シリーズ(『ニュー・ジャパニーズ・フォトグラフィー』展にも出品されたシリーズである)から、長年生活をともにした愛猫を収めた「サスケ」、浴槽に潜り、水中で口からブクブクとあぶくを立てながら自撮りした晩年の傑作シリーズ「ブクブク」まで。ユーモラスな遊戯心があり、愛に満ちて、狂気も潜む。イメージによるコミュニケーションが主流になった現代においても、視覚言語としての新鮮さを持ち、強く目の奥に残る深瀬作品が一堂に会する。

画像: 《屠、芝浦》〈遊戯〉より 1963年 東京都写真美術館蔵 © MASAHISA FUKASE ARCHIVES

《屠、芝浦》〈遊戯〉より 1963年 東京都写真美術館蔵 
© MASAHISA FUKASE ARCHIVES

『深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ』
@東京都写真美術館
開催中。6月4日(日)まで。
詳細はこちら

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