ニューヨークでかつて活躍した芸術家たちのアトリエが、今もなおその姿を保ち続けている

BY M.H. MILLER, PHOTOGRAPHS BY JASON SCHMIDT, TRANSLATED BY YUMIKO UEHARA

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画像: アッパーウエストサイドにある、ミルトン・エイヴリーのアトリエ。夫と同じく画家だった妻サリーが使い、やはり同じく画家の娘マーチが受け継いだ。室内のほぼすべてが、ミルトンが亡くなった1965年のままだ。傷のついた床も、壁も、塗り直されていない。手前はイームズのラウンジチェアと、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエによるバルセロナ・チェア。額装された3枚の絵は、いずれもミルトン・エイヴリーの作。左から、《Bather(泳ぐ人)》(1961年)、《Blue-Eyed Girl(青い目の少女)》と《Artist in Green Beret(緑のベレー帽の芸術家)》(ともに1962年)。

アッパーウエストサイドにある、ミルトン・エイヴリーのアトリエ。夫と同じく画家だった妻サリーが使い、やはり同じく画家の娘マーチが受け継いだ。室内のほぼすべてが、ミルトンが亡くなった1965年のままだ。傷のついた床も、壁も、塗り直されていない。手前はイームズのラウンジチェアと、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエによるバルセロナ・チェア。額装された3枚の絵は、いずれもミルトン・エイヴリーの作。左から、《Bather(泳ぐ人)》(1961年)、《Blue-Eyed Girl(青い目の少女)》と《Artist in Green Beret(緑のベレー帽の芸術家)》(ともに1962年)。

 ヨーロッパでは昔から、有名な芸術家の仕事場をそのまま保全する伝統がある。彫刻家オーギュスト・ロダンが住んだパリ郊外の家もそのひとつだ。ワルシャワには、ミッドセンチュリーの前衛画家でデザイナーでもあったエドヴァルト・クラシンスキのアトリエが残っている。青いテープを用いたミニマリズム作品で知られるクラシンスキは、ソ連時代に建てられた高層アパートメントの1室を使っていた。画家のフランシス・ベーコンがロンドンで使っていたアトリエは、1998年にダブリンのヒュー・レイン・ギャラリーに移設され、3年かけて、紙切れ1枚の配置に至るまで元どおりに復元された。ヨーロッパではこうした仕事場が見学可能になっていることが多いが、ニューヨークでは多くが非公開で、ウェッセルマンのアトリエも一般公開はしていない。しかし、アメリカの都市拡大の論理とは相反するようではあるが、こうした空間を、たとえ当初の用途を終えたあとだとしても、ずっと残しておきたい理由がある。保全されたアトリエは、いわば生きた記録保管庫なのだ。芸術家を現在にとどめさせ、幸運にもここで作品を目にする学者や蒐集家たちにとって、作品の現実味をいっそう高めさせている。

画像: ミルトン・エイヴリーが、娘と家族の愛犬ピカソを描いた作品(1942年)。住居兼アトリエのリビングに飾られている。室内にはエイヴリーの作品が多数。家具の多くは作品に登場したもの(この写真のロッキングチェアも)。

ミルトン・エイヴリーが、娘と家族の愛犬ピカソを描いた作品(1942年)。住居兼アトリエのリビングに飾られている。室内にはエイヴリーの作品が多数。家具の多くは作品に登場したもの(この写真のロッキングチェアも)。

画像: 間仕切りに飾られた絵葉書や展覧会のポスター。

間仕切りに飾られた絵葉書や展覧会のポスター。

 実のところニューヨークには、このように保全された場所が想像以上にたくさんある。ウェッセルマンのアトリエのほかに、たとえばチェルシーには、2010年に亡くなった画家で彫刻家のルイーズ・ブルジョワが使っていたタウンハウスが、雑然とした雰囲気もそのままに残っている。クイーンズには、2018年に亡くなった画家ジャック・ウィッテンーー今年、MoMA(ニューヨーク近代美術館)で回顧展が開催された――が、かつての馬車小屋を改装して使っていたアトリエがある。ハドソンスクエアには、コンセプチュアル・アートの旗手ジェフリー・ヘンドリックスと画家のブライアン・ブチャクがともに暮らしていた家がある。多くは家族や友人の尽力で保全されているが、ときにはなりゆきや偶然のたまものとして、かつての姿がそのまま残る場合もある。アッパーウエストサイドにあるモダニズム画家ミルトン・エイヴリーの住居兼アトリエが、その一例だ。妻のサリー・ミシェル・エイヴリーが――彼女も画家で、イラストレーターとして1940~50年代に『TheNew York Times Magazine』で数多くの作品が掲載されていた――1965年の夫の死去後も、夫が使っていたリビングの同じテーブルで数十年にわたり創作活動を続けた。彼女が2003年に100歳で亡くなると、娘である画家のマーチ・エイヴリーが受け継いだ。現在は92歳のマーチが今もそこに住む。母娘ともに大きな改装はしていないので、両親の作品があふれる室内には、ふたりが生前使っていた家具の多くがそのまま残っている。唯一頻繁に変化があるのは壁の作品だ。ミルトン・エイヴリーの絵が、ちょくちょく入れ替えて飾られている(今年、11月にはニューヨークのギャラリー「Karma」で展覧会を開催)。

画像: サイドテーブルに、友人や家族から贈られた品々。女性の上半身を表現した緑色のセラミック像と、その前にあるタイルは、娘マーチが高校時代に作ったもの。編み細工のかごには、晶洞石、三葉虫の化石など、家族旅行の思い出のもの。

サイドテーブルに、友人や家族から贈られた品々。女性の上半身を表現した緑色のセラミック像と、その前にあるタイルは、娘マーチが高校時代に作ったもの。編み細工のかごには、晶洞石、三葉虫の化石など、家族旅行の思い出のもの。

 保全された室内は、まるで時空の交差点だ。卓越した芸術家一家のレガシーだけでなく、マンハッタンの過ぎ去った時代を語るストーリーが、今も息づいている。芸術家が自分の望む場所で暮らし、活動をすることが、今よりも容易だった時代だ。1930年代に設置されたインターホンすら、博物館の展示品といってもいい。マーチの息子で、今年56歳になるショーン・キャバノーに言わせれば、これは保全の試みというより、もっぱら実利的な放置なのだという。キャバノーの祖父母の生活と創作を支えたこのアトリエは、今も母マーチ・エイヴリーを支えている。誰かのために今も機能しているものを壊してはいけない――そうではないだろうか?

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