写真は表現の道具を超えて、時間の概念を解き明かす手段となりうる。杉本博司の展覧会を見ることは、彼が重ねてきた哲学的思考を追うことだ

BY YOSHIO SUZUKI, PORTRAIT BY MASATOMO MORIYAMA, EDITED BY MICHINO OGURA

画像: 杉本博司(すぎもと・ひろし) 1948年生まれ。’70年渡米、’74年よりニューヨークと日本を拠点に活動。代表作に〈ジオラマ〉〈海景〉〈劇場〉シリーズがある。2017年には構想から10年の文化施設「小田原文化財団 江之浦測候所」開設。演出と空間を手がけた『At the Hawk’s Well / 鷹の井戸』が’ 19年秋パリ・オペラ座で上演。『苔のむすまで』『現な像』『アートの起源』(すべて新潮社)など著書多数。’01年ハッセルブラッド国際写真賞受賞、’10年秋の紫綬褒章、’13年フランス芸術文化勲章オフィシエ受章。’23年日本芸術院会員就任。

杉本博司(すぎもと・ひろし)
1948年生まれ。’70年渡米、’74年よりニューヨークと日本を拠点に活動。代表作に〈ジオラマ〉〈海景〉〈劇場〉シリーズがある。2017年には構想から10年の文化施設「小田原文化財団 江之浦測候所」開設。演出と空間を手がけた『At the Hawk’s Well / 鷹の井戸』が’ 19年秋パリ・オペラ座で上演。『苔のむすまで』『現な像』『アートの起源』(すべて新潮社)など著書多数。’01年ハッセルブラッド国際写真賞受賞、’10年秋の紫綬褒章、’13年フランス芸術文化勲章オフィシエ受章。’23年日本芸術院会員就任。

 ジャングルにいるオナガザルだろうか、その群れ。野生動物の生態を記録する写真家の仕事は偉大だ。ときには野生動物を前に命をかける。しかしながら、これはちょっと違う。この撮影者はジャングルには行っていない。ニューヨークにいたのだ。博物館にあるジオラマを見たことがあるだろう。地球上のどこかの場所、あるいは古代から現代までのどこかの時代のシーンを書き割りのように再現している立体模型。背景は絵で、その場所の植生などを写し取り、動物たちはといえば、実は剝製や標本である。

 今や野生の様子を映像などで見たいと求めればそれは可能なありがたい時代だ。手軽に図鑑や絵本でも見られる。しかしジオラマは背景以外は立体的だし、原寸大の再現だ。簡単に観光などには行けないジャングルの奥地だったり、とんでもない極地だって目の前に現れたりする。それを見ると写真を撮りたいという人も多いだろう。けれども、プロの写真家しか使わない機材を使い、しかも人間の視覚の仕組みや哲学的な教養を根底にもち、大真面目に大袈裟に大判カメラで撮影してきたのが現代美術作家の杉本博司だ。そしてこの〈ジオラマ〉シリーズは彼の活動の初期から現在まで続いている。

 写真というものは撮影された瞬間を止めてその情景を封じ込める術だ。どこかの時点をたいていは数十分の1秒とか数百分の1秒で切り取る。時間は流れているが、それを止め、切り出すように。剝製がそこにあり続ける時間を写真が止める。もともと博物館は剝製を
使ったジオラマで時を止めてしまっているわけだが、それをそもそも時を留める道具であるカメラによって、写し取ったらどうなるのか。

 一般的に人間をはじめ動物の目は二つ。これは世界を立体として捉えるための装備だ。しかし、普通、カメラのレンズは一つ。つまり写真にしてしまうと世界は平板な二次元に置き換えられてしまう。もう一つのたくらみ。ジオラマをモノクロ写真で捉えることで、情報量を制限することがもたらす妙もある。

画像: 〈ジオラマ〉シリーズ。ニューヨークのアメリカ自然史博物館などで撮影。このシリーズの初期作品をMoMAが買い上げ、収蔵となった。今回の展覧会ではゴリラ、オナガザルなどの霊長類やアウストラロピテクス、クロマニヨン人など人類の祖先を撮影したものを特に展開。展覧会タイトルの「絶滅」を意識しているのか。 杉本博司《アビシニアコロブス》1980年 ゼラチン・シルバー・プリント。HIROSHI SUGIMOTO / COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

〈ジオラマ〉シリーズ。ニューヨークのアメリカ自然史博物館などで撮影。このシリーズの初期作品をMoMAが買い上げ、収蔵となった。今回の展覧会ではゴリラ、オナガザルなどの霊長類やアウストラロピテクス、クロマニヨン人など人類の祖先を撮影したものを特に展開。展覧会タイトルの「絶滅」を意識しているのか。

杉本博司《アビシニアコロブス》1980年 ゼラチン・シルバー・プリント。HIROSHI SUGIMOTO / COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

画像: 特定の部族の生活の様子を再現したジオラマの写真も展示。これはケニア西部とウガンダ東部に居住するポコット族。 杉本博司《ポコット族》2025年 ゼラチン・シルバー・プリント。HIROSHI SUGIMOTO / COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

特定の部族の生活の様子を再現したジオラマの写真も展示。これはケニア西部とウガンダ東部に居住するポコット族。

杉本博司《ポコット族》2025年 ゼラチン・シルバー・プリント。HIROSHI SUGIMOTO / COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

 杉本はニューヨークのアメリカ自然史博物館にジオラマを見に行き、片目をつむってみたという。それは写真家には習慣のようなものだろう。常に目の前の風景の立体感を捨て、写真に撮ったらどうなるかを考えてしまう。そしてこれも写真家ならではの能力だが、
目の前の風景がモノクロームに置き換わった状況を即座に把握できるものだ。そのとき、書き割りの中の剝製の動物たちがまるで生きているように感じたという。

 生きているものを静止させる写真の中では、逆に死んでいるものが生きているように見えた。考えてみれば、長い時間の流れの中では動物は死んでいることのほうが常態(亡骸があるかないかは問題ではない)で、生はその個体にとっての一瞬の祝祭にすぎなかったのだ。
20世紀のイタリアのある詩人が詠んだ一節が思い浮かぶ。「死がやってきておまえの目を奪うだろう」。生よりも遥かなものとしてある死。

 時が止まった情景がそこにあり、時を止める道具を駆使する杉本。非現実が現実になり、ニューヨークの街中にある博物館の一角にいるのにアフリカのジャングルに突然迷い込ませることになる。博物館ではアフリカ、南米、北極に一瞬にして飛んで行ける。そこに存在する動物たちがジオラマになっているだけではない。絶滅してしまった動物たちがそこでは生きているし、遠く我々の祖先、アウストラロピテクスやクロマニヨン人の生活も再現されている。

 つまり、カメラは一般的にいえば時を止める装置だが、杉本にとってそれは止まった時間を動かす装置であり、空間移動、時間旅行の道具にもなりうることを示している。

 杉本博司は1948年、東京都生まれ。立教大学で経済学を学び、’70年、ロサンゼルスのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインに留学。’74年からニューヨークで作家活動に入る。ニューヨーク近代美術館(MoMA)の新人写真家のためのポートフォリオレビューに応募し、〈ジオラマ〉シリーズが伝説の名キュレーター、ジョン・シャーカフスキーによって見いだされ、購入され、同館コレクションとなる。

 杉本の時間の概念の考察はさらに深まっていく。その頃、杉本は禅僧・道元の『正法眼蔵』を読み、「時間」の概念などを考え、フッサールの現象学に関する著作を読み、意識の働きについて思考していたようだ。

 杉本はある自問自答をする。「映画一本を一枚の写真に写したらどうなるか」。その問いを立てたとき、彼の頭の中には作品〈劇場〉の完成形が浮かんでいたことだろう。

画像: 〈劇場〉シリーズの初期作。アールデコの建築が美しい。映画が上映されている間、シャッターを開ける。さまざまなシーンを映したスクリーンは白く飛び、周囲のインテリアを浮かび上がらせる。 杉本博司《U. A.プレイハウス、ニューヨーク》1978年 ゼラチン・シルバー・プリント。HIROSHI SUGIMOTO / COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

〈劇場〉シリーズの初期作。アールデコの建築が美しい。映画が上映されている間、シャッターを開ける。さまざまなシーンを映したスクリーンは白く飛び、周囲のインテリアを浮かび上がらせる。

杉本博司《U. A.プレイハウス、ニューヨーク》1978年 ゼラチン・シルバー・プリント。HIROSHI SUGIMOTO / COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

 イメージで浮かんでいても、それを作品として仕上げなければならない。最初の実験のとき、ニューヨークの場末の映画館に大判カメラを持ち込んだ。映写技師などに気づかれないように端のほうに席を取り、上映開始とともにカメラのシャッターを開け、上映終了時に
シャッターを閉じた。杉本のカメラに詰められたフィルムは映画一本分の光を浴びた。その光はスクリーンを輝かせ、照り返しは映画館内部の装飾を描き出した。

 このとき撮影したサンプルを携え、MoMA収蔵作家という肩書をもって、映画館をまわった。これで映画館の端の席に隠れることはない。2階席バルコニーの中央にカメラを構えることもあった。それでも初期のうちは映画館を貸しきる力も金銭的余裕もなく、それゆえ、前方の観客が写し込まれている作品もある。

 スクリーンには絵が現れるから意味がある。そこでは人生や恋愛や別離や再会が描かれる。あるいは戦争や挑戦なども。それに人々が感動し、さまざまな印象を与えられ、ときに各人の生き方に影響を与えることもあるだろう。しかし、そういうストーリーが展開されたスクリーンにカメラを向けて、いくつもの場面が展開されたそれをすべてのみ込もうとすると、それは真っ白な長方形になってしまう。数えきれないシーンが繰り広げられ、そのあとかたとして長方形はそこにある。映画を見ていたときにはしばし忘れていた映画館のインテリアが描き出され、先ほどまで喜怒哀楽を催させたものはたとえていえば、一時の夢のようなものだったことを教えている。

 19世紀前半、写真が発明され、それが進化、発展して、19世紀が終わりとなる頃、映画が現れた。杉本はその進化とは逆に、映画を一枚の写真で取り込もうと考えたのだった。映画が1 秒間に24コマの写真を連続で見せることで場面を動かしているとすれば、2時間の映画なら、17万枚余りの写真で構成されていることになる。それを一枚の写真に集約してしまおうという観照。

 近代化は人々を都市に集める。労働力が必要だからだ。都市には集合住宅がつくられ、人々は合理的で効率的、衛生的な近代生活を送る。都市は急速に姿を変える。人々が集まれば、娯楽も必要になる。そうして、多くの映画館が1920年代〜30年代につくられた。アメリカにおいては第一次世界大戦後からの急速な近代化、繁栄と重なっている。さらにこの国にはオペラの文化がなかった。そのぶん、映画館は瀟洒な劇場のようなものや当時大流行していたアールデコの壮麗な様式を備えているものが多い。

 この〈劇場〉シリーズは、ドライブインシアター、廃墟になってしまった映画館にスクリーンを張って撮影したシリーズ、またイタリアのオペラ劇場の撮影へと発展している。

画像: 杉本自らが構想、設計した文化施設「江之浦測候所」はもともとはミカン山だったところ。その小高い丘から見る相模湾の海景。多くの船が航行するが元旦だけは往来がなくなり、撮影のチャンス。 杉本博司《相模湾、江之浦》2025年 ゼラチン・シルバー・プリント。HIROSHI SUGIMOTO / COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

杉本自らが構想、設計した文化施設「江之浦測候所」はもともとはミカン山だったところ。その小高い丘から見る相模湾の海景。多くの船が航行するが元旦だけは往来がなくなり、撮影のチャンス。

杉本博司《相模湾、江之浦》2025年 ゼラチン・シルバー・プリント。HIROSHI SUGIMOTO / COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

 杉本の作品で最もよく知られているのが〈海景〉シリーズだろうか。横位置の画面の上半分を空だけが占め、下半分は海(または湖)。そもそもの発想は、水を撮りたいということだったという。一時帰国の際に日光の華厳の滝、紀伊の那智の滝などをまわった杉本はその水の一滴が大海をなすことに思いを馳せ、やがて海景へと導かれていった。

 そうして考えていると、古代の人々と現代の我々が共通して見られる同じものはこの海の風景しかないのではないだろうかとの思いにたどり着いた。画面の中には建築も船も飛行機も何もない。空があり、海がある、以上。杉本は1980年、家族旅行でジャマイカに出かけた折に、雲ひとつないカリブ海を撮影した。南の海はたいてい、積乱雲が立ち上っているものだが、それがなかった。満足できるものが奇跡的に撮れた。以後、いくつかの海を撮りに行ったが現像プロセスの難しさから、しばらくは成功せず、安定して制作できるようになるまでには10年近くの時間がかかった。アメリカ東西海岸、ヨーロッパ各地、中近東、日本はじめアジアの海を収めてきた。

 もう一つ、この〈海景〉を撮る理由は杉本の個人的な記憶にもつながるもののようだ。少年時代、東海道本線(旧線)の通称「眼鏡トンネル」から海が現れた感動。それはまるで映画のコマ落としのように。その記憶が杉本を〈海景〉の撮影に駆り立ててきた。

画像: 白色光がガラスなどで屈折した際に虹色になるのは各単色光の屈折率の違いによるものであることを発見したのは、17〜18世紀に英国で活躍した科学者で神学者のアイザック・ニュートンである。その現象を彼はプリズムを用いた実験により、証明した。杉本もそれにならい、東京のアトリエの大きな部屋にプリズムを設置した。真冬の早朝、窓から差し込む光を分光し、各色を漆喰の壁に投影し、それをポラロイドで撮影した。杉本の作品は時間の概念を可視化するものが主流だが、このように科学の実験がもとになって、形になっているものもある。暗室内で高圧の電流を起こし、そのスパークでフィルムに直接、感光させ、そこから得られる模様で構成する〈放電場〉シリーズも科学の実験のようなプロセスから生まれたものだ。 杉本博司《Opticks 087》2025年 タイプCプリント。HIROSHI SUGIMOTO / COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

白色光がガラスなどで屈折した際に虹色になるのは各単色光の屈折率の違いによるものであることを発見したのは、17〜18世紀に英国で活躍した科学者で神学者のアイザック・ニュートンである。その現象を彼はプリズムを用いた実験により、証明した。杉本もそれにならい、東京のアトリエの大きな部屋にプリズムを設置した。真冬の早朝、窓から差し込む光を分光し、各色を漆喰の壁に投影し、それをポラロイドで撮影した。杉本の作品は時間の概念を可視化するものが主流だが、このように科学の実験がもとになって、形になっているものもある。暗室内で高圧の電流を起こし、そのスパークでフィルムに直接、感光させ、そこから得られる模様で構成する〈放電場〉シリーズも科学の実験のようなプロセスから生まれたものだ。

杉本博司《Opticks 087》2025年 タイプCプリント。HIROSHI SUGIMOTO / COURTESY OF GALLERY KOYANAGI

 少年の頃の感動や夢を大切に持ち続け、作品に昇華させているものがさらにある。〈Opticks〉と名づけられた、プリズムの分光によって発生させた色を捉えたものだ。絵の具などを使わず色彩を作品にした。杉本の東京のアトリエの一つにスペクトル観測装置として巨大なプリズムを設置し、窓から差し込む太陽光をそのプリズムによって7色に分解し、ポラロイドカメラで撮影する。それをもとに、大きなプリントを作成するのがこのシリーズだ。画家がカンヴァスの上に絵の具を駆使して描いた抽象画とはまったく違う工程で生まれた。

 さて、展覧会のタイトル、『絶滅写真』だ。これは悲観か、自虐か。いや、およそ200年という意外にも長くなかった銀塩写真の歴史を振り返り、その技術を最も高め極めた彼が自ら幕を引こうという決意であるととってもいいのかもしれない。彼の最後の思索が「滅びの美」にたどり着いたのなら、それを見せてもらうことにしよう。

『杉本博司 絶滅写真』
会期:6月16日(火)~ 9月13日(日) 
会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
東京都千代田区北の丸公園3-1
公式サイトはこちら

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