70年以上前、デザイナーのオズヴァルド・ボルサーニは、ミラノ郊外に家族のための邸宅を建てた。それは、ひとつの時代の枠にとらわれないデザインだった。そして今、その建物は、イタリアのモダニズム・デザインがたどってきた山あり谷ありの道筋と、その底力を物語る生きた証しとして存在している

BY NANCY HASS, PHOTOGRAPHS BY MIKAEL OLSSON, TRANSLATED BY HARU HODAKA

 オズヴァルドは控えめな性格ながら、ほかのアーティストとのコラボレーションに情熱を注いだことでよく知られている。何十年ものキャリアを通して、彼のスタイルは多様性に富み、あらゆる方向から美を追求することにオープンだった。その証拠は、邸宅のあらゆる場所に宿っている。ルーチョ・フォンタナとの友情は、1930年代にミラノでふたりが出会って以来、ひときわ固く結ばれた。フォンタナはアルゼンチン生まれのイタリア人アーティストで、1950年代に一色で塗られたキャンバスをナイフで切り裂いた作品を発表して絶賛された。彫刻家でもある彼の作品は、オズヴァルドのヴィラのいくつかの部屋を埋め尽くしている。メインのリビングには、フォンタナがデザインした3.5メートルの高さの暖炉があり、そこには戦士たちが戦う姿が彫り込まれている。

 そのほかにも重要なイタリアのアーティストたちの作品が室内にあふれている。多くはこのヴィラに頻繁に訪れていたなじみ客だった。彼らはきっと緑色のメノウのダイニングテーブルでアーティチョークをつまんだり、フォンタナが提唱した空間主義などの新しい運動について議論したりしていたのかもしれない。空間主義とは、伝統的な絵画を強く否定し、立体的な3次元の作品や体験を重要視した運動だ。アーティストのアントニオ・ヴォルタンと風景画家のアドリアーノ・スピリンベルゴが作ったウォルナット材の手彫りの引き戸が、リビング空間と、少し床が高くなったダイニングルームとの仕切りになっている。リビングの隅には、トランプ遊びやチェスの意匠を象眼した大理石のゲームテーブルが置かれている。この意匠を考えたのは、1950年代から60年代にかけて活躍した実験映画の監督、マルチェロ・ピッカルドだ。メインの階段を降りたところには、蜘蛛のような形をした銅像がある。これはトスカーナ生まれの彫刻家アジェノーレ・ファブリの作品だ。ファブリの一大傑作といえば、1954年の≪イノシシ狩り≫と題された彫刻だが、この作品は現在、ミラノ市立中央図書館が入っている建物パラッツォ・ソルマーニの庭に飾られている。

画像: 主寝室には、オズヴァルドがデザインしたガラス製ペンダント照明と、フォンタナが手がけたテーブルがある

主寝室には、オズヴァルドがデザインしたガラス製ペンダント照明と、フォンタナが手がけたテーブルがある

 オズヴァルドがデザインした数十の家々同様、このヴィラにも、彼がその後テクノロジーに傾倒していくことを予言するかのような、きらりと光るしかけがいくつもある。地下のバーの背後にあるパネルには、スピリンベルゴが描いた道化師の絵が踊り、そのパネルをスライドさせるとバーテンダーが隠れて見えなくなるしかけだ。タイル張りの浴室の床には、パイプが何本か埋め込まれていて、床を暖めることができ、ダイニングテーブルの下には使用人を呼ぶためのボタンが設置されている。

画像: プレイルームには、フォンタナが手がけたセラミックの飾り板をあしらったバーが。その背後は、アドリアーノ・スピリンベルゴが製作した、金メッキを施したガラス製モザイクの壁

プレイルームには、フォンタナが手がけたセラミックの飾り板をあしらったバーが。その背後は、アドリアーノ・スピリンベルゴが製作した、金メッキを施したガラス製モザイクの壁

 オズヴァルドが70年以上前に建てたヴィラは今も同じ構造のまま残っているわけだが、家具もそっくり当時のままというわけではない。オズヴァルドは同じ状態を維持することを決して意図してはいなかった。彼とその親族たちは、時々家具の配置換えをし、スタジオから出荷された新作を持ち込んだりした。その中には、ヴァレリアが1960年代にデザイナーのアルフレッド・ボネッティとともに創った、コニャック色をした革のソファもあった。今でも一族は時折、隣接した建物に所蔵されたアーカイブをざっと探して家具の入れ替えをする。たとえば、布張りの「P110」カナダ・チェアを新たに、もう一度室内に迎え入れるのを楽しんだりしている。オズヴァルドの子孫たちはこのヴィラを琥珀の中に閉じ込めて化石化させてしまうことを拒否し、トンマーゾとジャコモが子どもの頃に自転車に乗って藤棚の下を走り抜けたときのようなスリルを、なんとしても維持しようとしているのだ。常に変化し永遠に存在する家。そこでは驚くような新しいアイデアが次々と湧き出て、歴史に彩りを加えていく――それはまるでオズヴァルド自身のような存在なのだ。

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