BY NANCY HASS, PORTRAIT BY DANIEL STIER, TRANSLATED BY MIHO NAGANO
ミニマリストたちが抱える衝動というのは、じつは人間の頭脳の知的で複雑な働きと密接に結びついている。建築家は整然とした住空間のパラダイスをつくり出すために寸分違わぬ片持ち梁(註:梁の一端だけを固定して空間を大きくとる構造)の建物をいくつも設計し、室内装飾家は一脚のモダニズムの椅子の存在感が薄れるのを恐れて、リビングルームにサイドテーブルを置かない決断を下す。
徹底して無駄を排除するそうした厳密さは、メイフェアにあるロンドン会員制クラブ「ファイブ・ハートフォード・ストリート」ではお目にかかることはない。ここでは、工業用のペンダント型の照明や、外を眺められるようカーテンをつけない巨大な窓の下、メープル材のディナーテーブルでアルコール抜きのきまじめな晩餐会が催されたりはしない。
代わりに、ピエール・フレイのファブリックで彩られた壁や天井に囲まれた屋根裏部屋に潜り込んで、羽毛がいっぱい詰まったソファの上に置かれた青緑色や深紅のクッションに身を沈めよう。周囲の情景は、鮮やかな赤色をしたアンティークのムラーノ・ガラスのランプから漏れる光でかすかに照らされている。そうしてジンフィズをひとくち飲み、刺繡が施されたシューマッハ社製のリネンのカバーがかけられた、ベッドほどもある大きなオットマンの上にグラスを置くのだ。
リファット・オズベック
かつてファッションデザイナーだったリファット・オズベックが、過剰なまでに歓喜に満ちたバロック式の寺院をイメージしてつくりあげたこの「ファイブ・ハートフォード・ストリート」は、ロンドンを拠点とする新進気鋭のデザイナーたちの美意識を体現している。デザイナーたちの多くは英国生まれではない(65歳のオズベックはトルコ出身だ。とはいえ、彼は1969年からずっとロンドンに住んでいるのだが)。規律正しく、時には厳格で冷たい感じさえするミニマリズム思想の影響は、現代のインテリアのあちこちに見てとれる。そうしたミニマリズムに抗って、彼らは英国のマキシマリストの伝統─華麗さや移り気、自信に満ちたエキセントリックさを自分たちなりに表現している。
そんな彼らのデザインは、頭脳で思考するという段階をはるかに飛び越えてしまっているように見える。中世の英国の栄華の香りが残るコッツウォルズの平野と、プラティーハーラ王朝が栄え贅を極めたラージプート時代のインドと、20世紀の奇抜なデザイナーでありアーティストのトニー・デュケットが所有していた、ユーカリの木が生い茂るビバリーヒルズの敷地と――。これら時代も空間も飛び越えたさまざまな場所を、心の赴くままゆったりと列車に乗って走り抜けるような、そんな感覚なのだ。
彼らは時に東方趣味のファンタジーや植民地主義に正面から向き合い、時にはそれを回避しながら果敢に模様や色を混ぜ合わせ、幾重にも重ね、過去の記憶に浸って快感を味わい尽くそうとする。それゆえに、この秘密めいたデザイナーの一派が手がけるいかにも英国らしい作品には、一風変わった楽観主義が宿っている。一方、彼らが次々に手がける邸宅やホテル、ロンドンに続々と増えつつある会員制クラブは、その意図に反して、むしろモダンに見える。たとえば、ベアタ・ホイマンがケーキショップをイメージしてデザインした天井の装飾は、今やロンドンじゅうの住宅で使われている。
あるいは、メイフェアにある会員制チェスクラブのゲームルームのシルク張りの壁板に、フラン・ヒックマンが特注で描いた熱帯の夜の風景や、ジャン・コクトーの絵皿のおちゃめなオマージュを思わせるルーク・エドワード・ホールの食器。最近マーティン・ブルドゥニズキがロココ風に改装した、かつて60年代を象徴するディスコ兼サパークラブだったメイフェアの「アナベルズ」も必見だ。その奇抜で幸福感を強調したインテリアは、退屈な時代への強烈な批判となっている。
フラン・ヒックマン
彼らの手がける部屋の中には、帝国時代の面影がいまだに根強く残っている。そのように歴史のすべてを包括した桃源郷を表現しようとするあまり、植民地主義の弊害は吟味されないままだ。ウェスト・ロンドンにあるアパートで、インド更紗を現代風にアレンジした装飾のワークショップを開いている45歳のリタ・コーニグは言う。「私たち英国人って、人からちょっとおかしいと思われようとまったく気にしないんですよ」