70年以上前、デザイナーのオズヴァルド・ボルサーニは、ミラノ郊外に家族のための邸宅を建てた。それは、ひとつの時代の枠にとらわれないデザインだった。そして今、その建物は、イタリアのモダニズム・デザインがたどってきた山あり谷ありの道筋と、その底力を物語る生きた証しとして存在している

BY NANCY HASS, PHOTOGRAPHS BY MIKAEL OLSSON, TRANSLATED BY HARU HODAKA

 少年時代のトンマーゾ・ファントーニは、1980年代の初めに親戚の邸宅を訪れるたびに庭を走り回った。その家は、彼の祖父であるデザイナー兼建築家のオズヴァルド・ボルサーニが1945年に完成させた。ミラノから車で20分ほど北に行ったところにあるバレドの大通り沿いに建てられたその家の外側には、蔦で覆われた9メートルもの高さの壁が巡らされている。壁の内側にある石畳の小道を、トンマーゾ少年は兄のジャコモとともに自転車で競走しながら走り抜けた。兄弟は、漆喰と煉瓦でできたシンプルな造りの大邸宅の傍らにある小さなプールで泳いだりもした。邸宅の屋根は平坦なタイル張りで、居間の約4メートルの高さの窓から縞状に差し込んだ光が、幾何学模様の寄せ木細工の床や、シャープな角のあるモダンな家具に反射する。家具や床のデザインは少年たちの祖父が手がけ、塔のような形をした陶器製の暖炉は、オズヴァルドの友人で芸術家のルーチョ・フォンタナがデザインした。

画像: 広い踊り場に置かれたオズヴァルド作の家具とともに、彼の世界観を完成するのは、エンリコ・ラギ作のフルジェンツィオの娘シルヴィアの彫像と、タローネが描いた絵画

広い踊り場に置かれたオズヴァルド作の家具とともに、彼の世界観を完成するのは、エンリコ・ラギ作のフルジェンツィオの娘シルヴィアの彫像と、タローネが描いた絵画

 邸宅のあるじ本人は、めったに家におらず、孫たちが遊んでいるのを見る機会もほとんどなかったが、70代の年齢で、半世紀にわたる彼のキャリアの終わり近くなっても、まだフルタイムで働き、新しい作品のアイデアを練り、いかに形にするかを考えていた。「当時のことで、僕がいちばん覚えていることと言えば」と語るのは、45歳になったトンマーゾだ。彼は現在ミラノに拠点を置く建築事務所のオーナーで、彼の兄が事務所の取締役を務めている。「祖父が扉を開けて入ってきたときの声だ。低くて深く、落ち着いた声だった」

画像: 主寝室と隔てられた部屋には、オズヴァルド・ボルサーニが1957年にデザインした組み立て式の本棚と、エウジェニオ・ジェルリが手がけた椅子がある。どちらもオズヴァルドが双子の兄弟のフルジェンツィオとともに設立した企業、テクノ社で製作された。壁に掛かっているのはフルジェンツィオの妻、カルラ・ボルサーニの肖像画で、画家グイド・タローネの作品だ

主寝室と隔てられた部屋には、オズヴァルド・ボルサーニが1957年にデザインした組み立て式の本棚と、エウジェニオ・ジェルリが手がけた椅子がある。どちらもオズヴァルドが双子の兄弟のフルジェンツィオとともに設立した企業、テクノ社で製作された。壁に掛かっているのはフルジェンツィオの妻、カルラ・ボルサーニの肖像画で、画家グイド・タローネの作品だ

 

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