BY ELLIE PITHERS, PHOTOGRAPHS BY CLÉMENT VAYSSIERES, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO
リスボンから130㎞ほど南下し、アレンテージョ海岸のメリデス村へと車を走らせる。そこからラグーン沿いの未舗装のデコボコ道を大西洋に向かって数分進むと、イタリアカサマツの茂みから飛び出したコンクリートの塔が目に入る。屋根に丸い穴が開いた、高さ8.5mのどっしりした円筒形の塔は、一見宇宙船のようだ。だがそのオーナーであるフランス人シューズデザイナー、クリスチャン・ルブタン(58歳)によると、この建物は〈奇想天外さ〉を表現しているのだという。「僕はここを『ラ・フォリー』(註:仏語で、奇矯、また、遊楽のための18世紀築の豪華な別荘の意味がある)と呼んでいる。楽しむためのスペースだから」
ルブタンは少なくとも年に2回、ここメリデスにやってくる。毎年4月にはウィンター・コレクションのデザインを考え、夏には8歳になる双子の娘たちとバカンスを過ごしている。農業地帯にありながらこの村は裕福なクリエイターたちの注目エリアとなりつつあり、ドイツのアーティスト、アンゼルム・キーファーやベルギーの建築家ヴィンセント・ヴァン・ドゥイセンなどがセカンドハウスを構えている。ルブタンは十数年かけてこの村内の350エーカー(約140万㎡)の土地を入手した。だが過剰開発を防ぐのが目的なので、大部分は空き地のままになっている。
メリデスでの彼の拠点は、ラグーンに面したコンパウンド(註:集合邸宅)だ。フラットハウス8棟で構成され、彼の家族分以外に、ゲスト6人分の寝室がある。最近建てた別の新しいヴィラにはさらに4人、「ボートハウス」と呼んでいる別の建物にはさらに6人のゲストが宿泊できる。ゲスト用のスペースをこれだけ多く用意しながら、彼自身は人をもてなすのは得意ではないという(実際の彼はとても社交的だが)。ルブタンはプライバシーを守りたいのだ。複数の居住空間が点在するこの敷地を、彼はフランスの有名なコミック『アステリックス』(註:古代ローマ時代のガリアが舞台)の村になぞらえる。「村人たちはふだん別々の小屋に住んでいるけれど、好きなときに集まって、一緒にランチやディナーを楽しむんだ」
「ラ・フォリー」は設計から施工まで7年を要し、2021年に完成した。リビングルームだけがあるこの建物は、自然に人々が集う場所になった。ここから20分ほど坂を下ったところにある、敷地内のテラスに腰かけながらルブタンが話をしてくれた。「もう新しい建物は必要ないと思っていたけど、海が見渡せる美しい空間は欲しいような気がして」
広さ130㎡の円塔「ラ・フォリー」のデザインソースとなったのは、インドのジャイプルにある「ジャンタル・マンタル天文台」(18世紀に造られた石や大理石製の巨大な天文観測施設)と、ラジャスタン地方の階段井戸(驚くほど急な階段で知られた古代の地下貯水槽)だ。「ラ・フォリー」は鉄筋コンクリート製で、石灰塗料を塗った厚さ20㎝の壁に、三角形の風穴が開いている。
1階のソファに座って天井を仰げば、大きな丸窓から空が見える。壁に沿うように設けられたX型の階段(註:中間地点の踊り場から上がることも下ることもできる階段)をジグザグに上がっていくと、そこはルーフトップだ。何キロも続く水田を貫いて、海のほうに広がってゆくラグーンを、障害物なしに一望することができる。この建物は、ヨーロッパでルブタンの一連のブティックをデザインしたエジプト人建築家、タレク・シャンマ(41歳)が設計した。3フロアもある背の高い円塔は、地域特有の藁葺き屋根の平屋とは一線を画す存在だ。もともと〈パーティと瞑想のための空間〉として造ったそうだが、ルブタンはまだ瞑想を趣味として取り入れてはいない。「いつか瞑想したくなったら、すぐここに来ればいいから」
「ラ・フォリー」は夏の盛りでも静かで涼しく、日中はスピリチュアルなムードさえ漂う。だが夜になると、大理石板の下に設けられた一連のLEDが灯り、クラブさながらの印象に変わる。この照明デザインはフランス人のライティング・エンジニア、エリック・エレーヌが手がけた。調光システムの設定によっては催眠効果をもたらすかのような色調になり、のトーンはエレーヌが長年コラボレートしてきたアメリカ人アーティスト、ジェームズ・タレルのインスタレーションを彷彿させる。「アンバー色の光がやわらかに広がり、いきなり青みがかったかと思うと、徐々に光が薄らいでいく」。建築家のシャンマが説明する。「でも夜の帳とばりが下りると、調光システムが狂ったみたいに色とりどりの光を放ち始めて、パーティがスタートするんだ」
「ラ・フォリー」が2021年夏に竣工してすぐに、ルブタンは当時の恋人ルイ・フレイタス(メリデスにあるライフスタイルストア「ヴィダ・ドゥラ」の共同創業者)のためにバースデイパーティを開いた。かなり大規模で150人ものゲストを招いたそうだ。「照明演出はバッチリだったよ」とルブタンは回想する。「でもルーフトップには誰も上らせなかった。真ん中に穴が開いた構造が、酔った人たちには危険だから」