森林資源が豊富な日本では、各地で木工家具づくりが行われてきた。西洋の家具に範を仰ぎながらも、独自に技術を取り入れて発展を遂げてきた日本の家具の産地を通して、手仕事の神髄に触れる旅をする。前編では山形の天童木工を訪ねる――

BY KANAE HASEGAWA, PHOTOGRAPHS BY NORIO KIDERA

ジャパニーズ・モダンを生んだ
山形・天童木工

画像: 本社に隣接する工場へつながる一般見学者用通路。工場見学は要問い合わせ。

本社に隣接する工場へつながる一般見学者用通路。工場見学は要問い合わせ。

 厚さ1ミリほどの薄い単板をバウムクーヘンのように何層にも重ね、アルファベットのXの字のように曲げて組み立てられたスツール。蝶が舞っているような「バタフライスツール」という名のこの椅子を作っているのが、山形県天童市で1940年に創業した天童木工。成形合板と呼ばれる技法が用いられているこの椅子は、薄い単板を、木目の方向を互い違いに接着剤で貼り合わせ、型に入れて曲げ、最後に熱を加えて作られる。この技法の利点は、無垢材より軽い家具を作ることができるところだ。木目を互い違いに重ねることで、薄いながらも強靭で、かつ展性のある合板ができる。

 この技術は1850年代からアメリカで、1880年代にはソビエトですでに量産体制が整い、イギリスでは20世紀初頭に成形合板で飛行機が作られ、ドイツでは1928年に自家用車に実用化されていた。そしてフィンランドとアメリカでは成形合板を用いた家具が量産された。こうした海外での実例を知り、天童木工も戦後の1947年、成形合板技術を取り入れた家具づくりに取り組むことになった。「天童木工の成り立ちは、第二次世界大戦中、地域の若い男子が徴用に駆り出されるのを防ぐために、近郊の10の村の大工や建具・将棋駒づくりの職人たちが集まり、協働で木工組合を設立したことに端を発します」と天童木工の森山馨社長は話す。

 しかし、陸軍省と海軍省の指定工場となり、初期の仕事は弾薬箱づくり、戦後は進駐軍の住宅の家具の製作をすることになったというのは、なんとも皮肉なこと。そんな折、国の指導機関である仙台の工芸指導所の所員であったデザイナーの剣持勇に指導を受ける。「戦後、進駐軍からの需要は長く続くものではないと考え、将来性のあるものを作りたいと思案していた頃です。当時の技術者は剣持さんに出会い、成形合板技術についての多くを知りました。成形合板は、家具が壊れる大きな要因となる接合部が少なく、短期間に大量生産が可能。取り組もうと意を決したんです」と森山は続ける。

 とはいえ当時の天童木工には、現在の私たちが家庭で使っている"洋家具" というものに対する知識はほとんどなかった。「とにかく挑戦でした。なんとしてもこの技術を活かして日本の家具を作ろうという気持ちだったと思います」と森山は言う。こうした不屈の精神が成形合板技術を高めることになった。商工省(現・経済産業省)から海外視察に赴いた剣持は、1950年代の欧米で住空間を彩るモダン家具の存在を意識した。そして戦後の日本では、近代化しつつも、西洋の家具とは異なる"ジャパニーズ・モダン" を生み出したい、そんな思いがあった。だから自身が携わるほか、戦後の日本の暮らしを改善しようと志した建築家やデザイナーを天童木工に紹介した。

 1956年、柳宗理によるデザインのバタフライスツール、1964年、丹下健三が設計した国立代々木競技場第二体育館の観客席などは、そうしたつながりから誕生した。そういった家具は、山形の駅から病院、企業の応接室、家庭でも使われ、この地で暮らす人々にとって、どこかで出合い、使ったことのあるもの。入社して8 年目の菅原美羽はこう言う。「地元に世界的に有名な家具メーカーがあるなんてかっこいいと思って就職しました」。バタフライスツールは欧米で作られていると思い込んでいる外国人も多いと聞く。その評判は着実に世界に届いている。

画像: 天童木工 住所:山形県天童市乱川1 の3 の10 info@tendo-mokko.co.jp 公式サイトはこちら

天童木工
住所:山形県天童市乱川1 の3 の10 
info@tendo-mokko.co.jp
公式サイトはこちら

画像: 「バタフライスツール」の製造現場。ミルフィーユのように重ねられているのが単板。これらの両面に接着剤を塗り、木目を互い違いに重ねて型に入れ成形し、その後、形を整えて研磨し、2枚の合板を組み合わせるなど、すべての工程は分業となっている

「バタフライスツール」の製造現場。ミルフィーユのように重ねられているのが単板。これらの両面に接着剤を塗り、木目を互い違いに重ねて型に入れ成形し、その後、形を整えて研磨し、2枚の合板を組み合わせるなど、すべての工程は分業となっている

画像: ジャパニーズ・モダンを生んだ 山形・天童木工
画像: 座面と脚が一体化したミニマルな「バタフライスツール」

座面と脚が一体化したミニマルな「バタフライスツール」

画像: 本社2階にあるショールームには天童木工の家具がずらりと並ぶ。奥には戦時中に製作した弾薬箱と、戦後のちゃぶ台も展示されている。誰でも見学可能

本社2階にあるショールームには天童木工の家具がずらりと並ぶ。奥には戦時中に製作した弾薬箱と、戦後のちゃぶ台も展示されている。誰でも見学可能

画像: 1886年に温泉が湧き出て開湯し、温泉でも有名な天童。温泉街にある宿では天童木工の家具が多く使用されている。なかでも「ほほえみの空湯舟 つるや」は全館畳敷き、日本庭園を取り囲む回廊の造りで、どこからでも庭園を眺めることができる。泉質はナトリウム、カルシウム、硫酸塩泉。客室の中には源泉かけ流し露天風呂つきの部屋も 住所:山形県天童市鎌田本町2 の5 の14 公式サイトはこちら

1886年に温泉が湧き出て開湯し、温泉でも有名な天童。温泉街にある宿では天童木工の家具が多く使用されている。なかでも「ほほえみの空湯舟 つるや」は全館畳敷き、日本庭園を取り囲む回廊の造りで、どこからでも庭園を眺めることができる。泉質はナトリウム、カルシウム、硫酸塩泉。客室の中には源泉かけ流し露天風呂つきの部屋も

住所:山形県天童市鎌田本町2 の5 の14
公式サイトはこちら

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