個展のたびに作品が完売するほどの人気を集める造形作家・小前洋子。陶芸を習い始めたのは58歳のときだという。そんな彼女の自宅とアトリエを訪ね、創作の源となるものや、日々の暮らしとこれからについて話を聞いた。

BY NAOKO ANDO, PHOTOGRAPHS BY MANA LAURANT

>小前洋子─そのつぼはどこから来てどこへ行くのか【前編】

画像: 自宅の外観。片流れの屋根の高い方向に、広いウッドデッキのテラスがある。右奥に見えるのがアトリエ。敷地は約140坪。広い庭には、元からあった古い榎に加えて、百日紅やフェイジョア、梅、金柑などを植えた。「夏はずっと草刈りをしています」

自宅の外観。片流れの屋根の高い方向に、広いウッドデッキのテラスがある。右奥に見えるのがアトリエ。敷地は約140坪。広い庭には、元からあった古い榎に加えて、百日紅やフェイジョア、梅、金柑などを植えた。「夏はずっと草刈りをしています」

 2002年、52歳で移住。早速畑を始めてみたものの、畑には向かない砂混じりの土壌で、なかなか収穫に結びつかなかった。「鋤を振るううちに、"これじゃない" と気づいてしまって、畑は諦めました」
 そして近所の友人に、公民館の無料陶芸教室に誘われた。
 58歳で、初めて陶土にさわった。
「1年間通って先生に言われたとおりにつくってみたけれど、どうにも面白くない。でも、教室を修了した人が集う陶芸クラブで自分の好きなようにつくってみたら、それがつぼになって、がぜん面白くなったのです。形の中に空気が入ることで、内側に力がパーンとみなぎるのを感じました」
 それからは、つぼばかりつくっている。

画像: 自宅の棚の上。枝が挿してあるのは小前の作品。友人がつくってくれた愛犬ポーの写真集、散歩の途中で拾った面白い形のものなどが並ぶ。

自宅の棚の上。枝が挿してあるのは小前の作品。友人がつくってくれた愛犬ポーの写真集、散歩の途中で拾った面白い形のものなどが並ぶ。

「さまざまな形が心に降ってきます。それをスケッチして、粘土で実際の形にします。紐状の粘土を積み上げていく過程で、"あ、今、魂が宿った" と気づく瞬間があります。そこからは、つぼが完成まで導いてくれるのです。口縁までたどり着いて完成すると、最高に気持ちがいいですね」
 2014年、64歳で初めて個展を開いた。
「私のつぼは、心の入れ物なのだろうと思います。個展をしている間、どなたがどのつぼを迎えるのか、かなりの確率でわかります。自分の心に合うつぼに出合い、その場で抱きしめる姿が、とても愛おしいのです」

相棒のポーをかたどったつぼは、ベッドサイドに。

 ふたつと同じものがない小前のつぼは、常に変化し続けてきたが、近年、さらに大きな変化を迎えている。
「制作過多で左手を痛めてしまい、従来の"紐づくり" から、"タタラ" と呼ばれる、板状の粘土を組み合わせてつくる制作法に変えています。自然には存在し得ない直線的な形ですが、命ある生きもののように見えるのが、またとても楽しいのです」
 形は変わっても、強いパワーを放つ、心のうつわであるという本質は変わらない。 

画像: 現在取り組んでいる直線の作品。

現在取り組んでいる直線の作品。

 幼い頃の小前が好きだったことが、絵を描くこと以外にもう一つある。家の間取り図を書くことだ。家族構成や理想とする暮らしを想像しながら、方眼紙に繰り返し書き続けていたという。希望に沿う土地が見つかり、夢をかなえるときがやってきた。
「イラストレーターというソフトを使って、自分で平面図と立面図を書いて、地元の工務店に依頼しました。立面図まで書いてくる人は今までいなかったと、大工さんは目を丸くしていましたね。素材も部材も、すべて自分で選びました」

画像: ワークスペースの棚。人の顔が描かれたふたつのつぼも、小前の作品。右上は、ニューヨークに住む友人の子どもが描いた古い絵で、とても気に入り、「アンジンクチン」の案内状などにも使わせてもらった。今も大切に飾っている。

ワークスペースの棚。人の顔が描かれたふたつのつぼも、小前の作品。右上は、ニューヨークに住む友人の子どもが描いた古い絵で、とても気に入り、「アンジンクチン」の案内状などにも使わせてもらった。今も大切に飾っている。

 間取り図はこうだ。正方形の空間を時計にたとえると、12時0分の針の位置にクロゼットを配置。6時の位置に玄関、1時方向にキッチン、11時方向にワークスペースとバスルーム。3 時から9時までの下半分は仕切りのない空間で、ダイニングテーブルとソファとベッドが置かれている。約50㎡という実際の面積よりもかなり広さを感じる。開放感と暮らしやすさを両立させた、美しく合理的な住まいだ。
「家をデザインして建てることは、これまでの仕事の集大成のようなものでもあり、人生の経験としてとても面白い時間でした」

自宅のダイニング。テーブルの上に置かれているのは小前の作品。壁の奥はクロゼットになっている。

画像: 撮影時にランチを振る舞ってくれた。豆のスープ、トレビスのサラダ、イワシのマリネ。とてもおいしい。

撮影時にランチを振る舞ってくれた。豆のスープ、トレビスのサラダ、イワシのマリネ。とてもおいしい。

 この家に、近頃は新しい友人が海を越えてやってくるという。
「数年前に知り合ったフィンランド人の友人たちです。ここに二人の友人が2 週間滞在したこともありますし、私もフィンランドを訪ねて、彼らの家に泊めてもらいます」
 やってくるのは人間だけではない。数年前に相棒の愛犬ポーを見送ってからは、玄関先で猫がくつろぐようになった。現在のレギュラーメンバーは、ハチワレのトニーと茶トラのスティーブ。雄の仲良しカップルだ。時折、キョンも庭を横切る。
「24年前に引っ越してきたときに比べると、くせが強めな人がどんどん移住してきていて、面白いですよ」

以前来ていた別の猫をスティーブ(右)が追い払い、トニー(左)を連れて、一緒に来るようになった。

小前の作品や個展の情報についてはインスタグラム@yoko.komae.works、日々の暮らしは@yoko___komで見
ることができる。

 以前、小前が「ここだ」と感じたのは、個性的な人を惹きつける磁力のようなものなのだろうか。いすみ市の自然、暮らし、人間関係。そのすべてを創作の源としながら、小前の作品は魂を帯びる。次の個展で、直線のつぼがずらりと並ぶ様子が楽しみだ。

画像: いちばん親しかった親友が描いた自画像。生前、小前に「絵を描きなよ、描かないと後悔するよ」と言っていたという。それが遺言となった。

いちばん親しかった親友が描いた自画像。生前、小前に「絵を描きなよ、描かないと後悔するよ」と言っていたという。それが遺言となった。

画像: そんな親友の言葉を受けて、近頃描いている絵。

そんな親友の言葉を受けて、近頃描いている絵。

家の周囲には古い木が繁る森や竹林があり、散歩が楽しい。面白い形のものは拾って帰る。

画像: 小前洋子 (こまえ・ようこ)東京都生まれ。セツ・モードセミナー卒業後、ヨーガンレールに入社し、布雑貨、服飾雑貨などのデザイナーを務める。友人と「アンジンクチン」を立ち上げ、独立。解散後はフリーランスに。2002年、千葉県いすみ市に移住し、’08年に作陶を開始。

小前洋子
(こまえ・ようこ)東京都生まれ。セツ・モードセミナー卒業後、ヨーガンレールに入社し、布雑貨、服飾雑貨などのデザイナーを務める。友人と「アンジンクチン」を立ち上げ、独立。解散後はフリーランスに。2002年、千葉県いすみ市に移住し、’08年に作陶を開始。

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