第二次世界大戦の戦禍で失われた住宅を供給するため、迅速に組み立てられ、必要に応じて解体して別の場所へ移築する、という非常事態から生まれたフランスの仮設住宅が、今、アートやデザインのコレクターの間で高く評価されている

BY KANAE HASEGAWA

 鋼鉄などの金属と板材といった、工場で標準化された資材を使い、現地で短期間に建てられる組立式住宅は、戦後の復興を急ぐフランスで、戦災地の国民の住空間をつくるために、フランスの建築家、エンジニアのジャン・プルーヴェ(1901~1984)が考案し、設計した。

画像: パリのギャラリスト、パトリック・セガンが南フランスのヴァール県に所有する、手つかずの自然が残る敷地に移築した9つの組手式住宅のひとつ。元は1944年に作られた6メートル四方の住宅 JEAN PROUVÉ, 6x6 DEMOUNTABLE HOUSE, 1944 © Galerie Patrick Seguin

パリのギャラリスト、パトリック・セガンが南フランスのヴァール県に所有する、手つかずの自然が残る敷地に移築した9つの組手式住宅のひとつ。元は1944年に作られた6メートル四方の住宅
JEAN PROUVÉ, 6x6 DEMOUNTABLE HOUSE, 1944

© Galerie Patrick Seguin

 住宅は工業製品として入手可能になった鉄骨を躯体に、家の中央軸上に背骨のように通したスチールの支柱(axial portal frame)が家全体を支える構造をとっている。壁は躯体の間に木製パネルをはめ込む、合理性と実用性を重視したもの。こうした住宅は現在まで続く震災などの被災地の仮設住宅の原型ともいえるかもしれない。

 住宅を合理的につくるこの工法は、当時のフランスでは画期的だった。それはまた家の内部に構造上の仕切りの必要性をなくし、(日本の伝統的家屋のように)必要に応じて間取りを変更できる自由さを生んだ。日本の木造家屋は古くから大工が木組みを工夫することで、組み立て、解体、移築を可能にしてきたが、歴史的に煉瓦や石造の建物が多いヨーロッパでは、建物を解体して別の場所へ移築するという発想は一般的ではなかった。文字通り、建物は不動産であった。

画像: ジャン・プルーヴェによる6メートル四方の住宅を、茶室から着想を得た内装と間取りに改変した JEAN PROUVÉ, 6x6 DEMOUNTABLE HOUSE, 1944 © Galerie Patrick Seguin

ジャン・プルーヴェによる6メートル四方の住宅を、茶室から着想を得た内装と間取りに改変した
JEAN PROUVÉ, 6x6 DEMOUNTABLE HOUSE, 1944  

© Galerie Patrick Seguin

 戦中から戦後にかけて、戦禍で疲弊した国と国民のための建物や家具をつくることに意を尽くしたジャン・プルーヴェは、日本で熱狂的な支持者をもつ。実業家の前澤友作やクリエイティブディレクターのNIGO®をはじめとしたクリエイターが、プルーヴェの活動に惹かれ、彼の家具やインテリアの一部をコレクション、活用するなどしている。それはプルーヴェの活動に、社会的正義、大戦後の疲弊から復興をとげてきた日本人の自助努力に通じるものを感じるからかもしれない。プルーヴェは2022年に東京都現代美術館で大規模展「ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで」が開催され、広く知られることになった。同展では家具・建築など約120点が紹介された。

 しかし、組立式住宅は、解体が可能ゆえにその存在価値が評価されないまま散逸することもあり、プルーヴェによる「動産」の住宅は現存数が限られている。それでも、戦後の社会史を語る資料性の高い建築とあって、美術館の所蔵品になっているものもあれば、個人コレクターが作品として購入しているものもある。

 そんな「家」のコレクターのひとり、パリのギャラリスト、パトリック・セガンはプルーヴェの活動の社会性を知って以来、その活動の意義を今に伝えるため、1991年から組立式住宅を探し求め、1939年から56年にかけて建てられた、さまざまなサイズの方形の家を所有してきた。「改修を加えたり、水道、ガスを引いたりすることで今でも過不足のない暮らしができるようにつくられているんです」とセガンは言う。そして展覧会やアートフェアに出品することで、約80年経った今、こうした住宅の現代的意味を伝えようとしてきた。

 間取りに可変性があるため、英国の建築家リチャード・ロジャースによる改装を経て南仏のホテル「Villa La Coste」に客室として移築されたり、ファッションデザイナーの故アズディン・アライアが改装して自身のアパルトマンに取り込んでいる組立式住宅もある。

画像: 1944年に建てられた外構を残しながら、床から天井まで広がるガラス窓が、傾斜地からの眺望をピクチャーフレームのように切り取る。閉ざされた空間である茶室のあり方を開放的に再解釈し、西洋の視点から捉えた茶室の世界観を表現した JEAN PROUVÉ, 6x6 DEMOUNTABLE HOUSE, 1944 © Galerie Patrick Seguin

1944年に建てられた外構を残しながら、床から天井まで広がるガラス窓が、傾斜地からの眺望をピクチャーフレームのように切り取る。閉ざされた空間である茶室のあり方を開放的に再解釈し、西洋の視点から捉えた茶室の世界観を表現した
JEAN PROUVÉ, 6x6 DEMOUNTABLE HOUSE, 1944  

© Galerie Patrick Seguin

「プルーヴェ住宅の意義は自立する最小限の部材で合理的に設計されていること。それでいて、時代が変わっても、住み手の用途に応じて内部に手を加えて住み続けられる汎用性にあります。戦争という非常時から考案されたこれらの住宅が、今でも有用であることを多くの人に知ってもらいたい」とセガンは言う。人が洋服を着替えるように、イメージチェンジをしても、骨格が変わらなければ、建築の本質を守ることができるということだろう。

 セガン自身、南仏ヴァール県の自身の所有地に9棟の組立式住宅を移築し、外形がいずれもキャビンのように似通うこれらの住宅に、どうすれば命を吹き込むことができるか考えてきた。そこで、単一の空間でありながらも、ひとつの世界をつくり出せる茶室のあり方をヒントに、住宅のひとつ、6メートル四方の「6×6 Demountable House」の内部を改装した。

画像: 板の間の半分に畳を敷き、日本で探し求めた簾をしつらえた JEAN PROUVÉ, 6x6 DEMOUNTABLE HOUSE, 1944 © Galerie Patrick Seguin

板の間の半分に畳を敷き、日本で探し求めた簾をしつらえた 
JEAN PROUVÉ, 6x6 DEMOUNTABLE HOUSE, 1944

© Galerie Patrick Seguin

「茶室の建築様式を忠実に再現するというよりも、茶室という空間のもつ世界観や人をもてなす気持ちを取り入れようとしました。茶室は、素材や建具のプロポーション、そして空間そのものの体験に意識が集中しやすい環境だと思うんです」とセガンは言う。日本で買い求めた簾や竹細工などをパーティションにし、畳敷きの間と、ヴィンテージ家具を置いた板の間とに仕切った。

画像: 屋根を取り外し、外壁の板パネルとガラスを外し、最後に鉄鋼の躯体を解体して、パリに移築する JEAN PROUVÉ, 6x6 DEMOUNTABLE HOUSE, 1944 © Galerie Patrick Seguin

屋根を取り外し、外壁の板パネルとガラスを外し、最後に鉄鋼の躯体を解体して、パリに移築する
JEAN PROUVÉ, 6x6 DEMOUNTABLE HOUSE, 1944  

© Galerie Patrick Seguin

「オープンプランの構造を生かし、外形は元のまま、箱の中に茶室から着想した空間をつくることにしました。これはあくまで茶室に対する西洋的な視点に基づくもので、正統な茶室であることを主張するものではありません」と続ける。それは、プルーヴェの世界に日本とのつながりを取り込む試みでもある。

「プルーヴェはル・コルビュジエのもとで働いた前川國男や坂倉準三とも交流があり、日本建築に共鳴することが多かったのです。また、プルーヴェの建築事務所で1969年から76年まで彼の活動を支えた日本人建築家の早間玲子の存在があります」

 プルーヴェと日本とのつながりを継承する試み、茶室の心を抱いた「6×6」の住宅は、10月20日から25日に開催されるパリのアートフェア「Design Miami.Paris」におけるセガンのギャラリー「Galerie Patrick Seguin」で世界初公開され、その空間を体験できる。

公式サイトはこちら

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