少年時代の記憶の一コマから、『ツイン・ピークス』製作中の風景まで。インタビュー&周囲の証言で綴る鬼才の横顔

BY ALEX BHATTACHARJI, TRANSLATED BY NHK GLOBAL MEDIA SERVICE

画像: “ワイルド・アット・ハート”―― 心の中はワイルドなリンチ、 2017年2月、ロサンゼルスにて撮影 PORTRAIT BY CHRIS McPHERSON

“ワイルド・アット・ハート”―― 心の中はワイルドなリンチ、 2017年2月、ロサンゼルスにて撮影
PORTRAIT BY CHRIS McPHERSON

「私はデヴィッド・リンチ、モンタナ州ミズーラ生まれ、イーグルスカウトです」とデヴィッド・リンチ監督は大真面目に言う。「これは父への愛と敬意を込めて言っているのです」

 1月20日生まれ。四年に一度、彼の誕生日は米国大統領の就任式と重なる。1961年、15歳の誕生日には、リンチは所属するイーグルスカウト[アメリカのボーイスカウトに与えられる最高の進級記章]のメンバーたちとともに、ジョン・F・ケネディの宣誓式の会場でVIPを席に案内する役目をおおせつかった。彼は、4人の大統領を乗せたリムジンのパレードの沿道に立っていたという―アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソン、ニクソンの4人だ。「車の窓ガラスに触れられそうだった。それほど近かったよ」と彼は言い、パントマイムのように手を伸ばして見せる。

 そのいかにもアメリカ的な育ちは―ある種の暗さがそこには潜在することをうかがわせるが―リンチの作品を理解する手がかりになる。『ツイン・ピークス』は、2シーズンだけ放送された当時(1990年~1991年)、米国のテレビ番組の見方を変えたといわれる。舞台となった太平洋岸北西部の架空の町について、リンチはこう語る。「私はこの世界を愛し、ここに住む人間も愛している。私の古い友人―そう、彼らは旧友のようなものだ。ときどき彼らのことを思い出しては、どうしているだろうかと考える」

 旧友たちはリンチによって何年も前に「完全に死んだ」と宣告されたものの、どうやら元気にやっていたようだ。リンチが「新『ツイン・ピークス』」と呼ぶ作品は、動画配信サイト「Showtime(ショウタイム)」でデビュー。共同クリエイターのマーク・フロストはこれまでも定期的に"再結成ツアー"の可能性をリンチと話し合ってきたが、2012年にチャンスの到来を実感した。「僕はデヴィッドに言ったんだ。『あの番組の終わり方は、誰も納得できないものだ――自分たちは特にそうだ――今、始めたことをやり終える機会が与えられた』と。そのときに紡がれた糸が、今につながっている」

 

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