歌舞伎ワールドへようこそ。劇場の扉、時空の扉、そして心の扉を開いて、絢爛たる異世界へと誘う連載。第一回に続き、片岡仁左衛門さんに“時代物”の見どころをうかがった

BY MARI SHIMIZU, PHOTOGRAPHS BY KEISUKE ASAKURA

 歌舞伎の演目のなかでも、武士の世界を描く“時代物”(註1)。言葉や生活様式、物事の価値観などに現代との隔たりこそあれ、描かれているのは普遍的な人間ドラマであると、連載第一回で教えてくれた仁左衛門さん。実際に3月の歌舞伎座を訪れると、仁左衛門さん演じる盛綱の一挙手一投足を食い入るように見つめる観客に出会うことができた。注目の首実検の場面では、固唾を呑む、その音さえも聞こえてしまいそうな静けさで、臨場感あふれる“現場”となっていた。

 4月も引き続き歌舞伎座に出演する仁左衛門さん。演じるのはやはり時代物『実盛物語』の主人公・斎藤実盛だ。この役について語る仁左衛門さんの言葉の中から、前回とはまた違った視点で時代物を味わうためのヒントを探してみたい。

画像: 片岡仁左衛門(KATAOKA NIZAEMON) 歌舞伎俳優。1944年生まれ。すらりとした容姿、華のある芸風、爽やかな口跡で、現代の歌舞伎を代表する立役のひとり。義太夫狂言の主役、荒事、上方の和事から色悪まで、幅広い芸域で活躍。『菅原伝授手習鑑』の菅丞相をはじめ、当たり役も数多い。十三代目片岡仁左衛門の三男。1949年に本名の片岡孝夫で初舞台。1998年に十五代目片岡仁左衛門を襲名。2006年紫綬褒章受章、日本芸術院会員。2015年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。2018年には文化功労者に選出された

片岡仁左衛門(KATAOKA NIZAEMON)
歌舞伎俳優。1944年生まれ。すらりとした容姿、華のある芸風、爽やかな口跡で、現代の歌舞伎を代表する立役のひとり。義太夫狂言の主役、荒事、上方の和事から色悪まで、幅広い芸域で活躍。『菅原伝授手習鑑』の菅丞相をはじめ、当たり役も数多い。十三代目片岡仁左衛門の三男。1949年に本名の片岡孝夫で初舞台。1998年に十五代目片岡仁左衛門を襲名。2006年紫綬褒章受章、日本芸術院会員。2015年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。2018年には文化功労者に選出された

『実盛物語』の舞台は源平の時代。源氏の大将、源義賢の妻である葵御前は、臨月の身で、とある農家に匿われている。そこに姿を現すのが平家の侍、斎藤実盛だ。時は平家全盛の世。源氏への詮議は厳しく、それは成人だけでなく子供や胎児にまで及び、見つかれば命を取られるという状況である。

 一見、登場人物たちはシンプルな敵対関係にあるようだが、そこにはいくつかの真実が隠されている。そして彼ら、彼女たちをつなぐ鍵は、農家のあるじの孫・太郎吉が琵琶湖で見つけた“白旗を握りしめた女の腕”である。

 仁左衛門さんが初めて実盛を演じたのは1972年、26歳の時だった。それは子供の頃からせりふをよく真似していたという憧れの役。「先輩方の素敵な舞台を拝見すると、パァーっと華やかになさっているんです」。実盛は思慮分別に富み、情理をわきまえた人物。時代物に登場する典型的な“爽やかで格好いい侍”の役どころだ。その華やかさを舞台に現出させるには技術が必要で、それを習得するには年月がかかる。「初役のときは、がむしゃらにやっていたら最後まで声がもちませんでした」と笑い、「せりふというのは言葉ではなく、心を伝えなければなりません。それをお客様の耳にスーッと馴染んでいくように届けなければならないのです」と、実盛という人物を演じる難しさを語る。

画像: 『実盛物語』斎藤実盛=片岡仁左衛門 PHOTOGRAPH BY TAKASHI KATO

『実盛物語』斎藤実盛=片岡仁左衛門 
PHOTOGRAPH BY TAKASHI KATO

 技術に加え体力も必要だ。実盛には特有の“しんどさ”があるという。「この役はとにかく出ずっぱりで、常に芝居の流れに関わっています。『勧進帳』(註2)の弁慶もそこは同じなのですが、弁慶は舞台の上で体力をすべて使いきってしまったとしても役として成立します。けれど実盛はそうはいかない。最後まで余裕をもって、常に爽やかにそこにいなければならないのです」

 全編を貫いているその爽やかさこそが、この役の最大の魅力。仁左衛門さんがそれを最も象徴していると感じるのは、太郎吉との終盤でのやりとりだという。——琵琶湖で見つかった“白旗(源氏の象徴)を握りしめた女の腕”は、太郎吉の母のものであり、その腕を斬り落とした張本人こそが実盛であることが判明する。太郎吉は、幼子ながら母の仇を討とうと実盛に勝負を挑む。それを受けて実盛は、太郎吉が成人して挙兵したときに討たれてやると約束するのである。小さな子供を相手にそんなことを、しかもさらっと言ってしまうところに、何ともいえない格好よさがある。

 

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