「アメリカン・バレエ・シアター」のイタリア人スターダンサー、ロベルト・ボッレは、長年、カンパニーを去っていくバレリーナたちの退団公演のパートナーを務めてきた。そして、ついに先日、彼自身に“そのとき”がやってきた

BY GIA KOURLAS, PHOTOGRAPHS BY KRISTA SCHLUETER, TRANSLATED BY HIKARU AZUMA

 ロベルト・ボッレは、昔の詩人が着るような素朴なシャツを、まるでハイファッションのように着こなす。彼はバレリーナを空中でくるくると回転させ、まるで彼女たちが布か何かでできているかのように軽々と受け止める。近年、自国のダンサーの才能を伸ばそうと、海外スターの入団を避ける傾向にある「アメリカン・バレエ・シアター」において、彼はカンパニー最後の、偉大な国際的ダンサーのひとりでもある。先日開かれた彼の退団公演、ケネス・マクミラン振付の『マノン』は、ひとつの時代の終わりを意味するものであった。

 退団公演は、ロベルト・ボッレにとって原点に立ち戻るようなものになった。アメリカン・バレエ・シアターとの最初の公演も、アレッサンドラ・フェリの誘いで2007年に踊った『マノン』(フェリは自身の退団公演『ロミオとジュリエット』においても、彼をパートナーに選んだ)で、その後の2009年、彼はプリンシパルダンサーとして、アメリカン・バレエ・シアターに入団する。

画像: 2009年よりアメリカン・バレエ・シアターのプリンシパルダンサーを務めた、バレエ界のイタリア人スター、ロベルト・ボッレ。ケネス・マクミラン振付の『マノン』が、カンパニーでの退団公演となった

2009年よりアメリカン・バレエ・シアターのプリンシパルダンサーを務めた、バレエ界のイタリア人スター、ロベルト・ボッレ。ケネス・マクミラン振付の『マノン』が、カンパニーでの退団公演となった

 現在44歳になったボッレは、舞台上でも、それ以外でも、その華麗さで人々を魅了している。それは彼が、まるでファッションショーから抜け出してきたかのようなルックスだから、というだけでなく、バレエ界でもっとも陽気で魅力的な性格の持ち主だからでもある。イタリアのピエモンテ地方に生まれた彼は、11歳の時にミラノのスカラ座バレエ学校でトレーニングを受け始め、その後、19歳でスカラ座バレエ団に入団。21歳でプリンシパルに任命された。

 アメリカン・バレエ・シアターの芸術監督ケヴィン・マッケンジーは、ボッレのことを、「究極の職業倫理と感受性を兼ね備えた芸術家だ」と語り、また「彼とパートナーを組むことは、ダンサーにとっての憧れだ」とも述べている。

画像1: アメリカン・バレエ・シアターを
去ったロベルト・ボッレ。
だがダンスにさよならは言わない

 ボッレにとって最後となるカーテンコールでは、ダンサーやスタッフが舞台上で彼にキスや花を浴びせていたが、中でも女性ダンサーたちはとくに悲しそうに見えた。退団公演の数日前に、ケヴィン・マッケンジーがボッレに話したところによると、バレリーナたちは何年も前から彼のオフィスを訪れては、「ボッレと踊りたい」と頼みに来ていたそうだ。

「それはとても嬉しいことですね」とボッレ。「僕にとって、良いパートナーであることは、とても重要なこと。彼女たちが主役ですから。今まで、僕はさまざまな場所で、バレリーナの引退公演のパートナーを頼まれてきました。2015年にはパロマ・ヘレーラとジュリー・ケント、それからオーレリー・デュポン。その後はゼナイダ・ヤノウスキー、そしてアレッサンドラ・フェリ。あるとき、僕は自分にこう言いました。『お前はバレリーナたちを全員引退させそうだぞ』って」。

 

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