「アメリカン・バレエ・シアター」のイタリア人スターダンサー、ロベルト・ボッレは、長年、カンパニーを去っていくバレリーナたちの退団公演のパートナーを務めてきた。そして、ついに先日、彼自身に“そのとき”がやってきた

BY GIA KOURLAS, PHOTOGRAPHS BY KRISTA SCHLUETER, TRANSLATED BY HIKARU AZUMA

 彼は、踊りを完全に辞めてしまうわけではない。この先も、そんな引退公演はたくさんあるだろう。しかしそれが、彼の温かさと優雅さを惜しむアメリカン・バレエ・シアターで行われることはもうない。退団公演の翌日、ボッレはアメリカン・バレエ・シアターで経験してきたことや今後について、笑いをたっぷり交えて語ってくれた。以下は会話を抜粋して編集したものである。

画像2: アメリカン・バレエ・シアターを
去ったロベルト・ボッレ。
だがダンスにさよならは言わない

—— 退団公演で、いちばん心に残っていることは?

『マノン』は、僕がアメリカン・バレエ・シアターで最初に披露した演目でしたが、そのとき最初のソロのパートで、観客がみな息を止めているのがわかり、まるで音楽が引き伸ばされたような感覚になったのを覚えています。今回もその時と同じ感覚を経験しました。また、僕が舞台に登場した瞬間に観客がみんな拍手を送ってくれて、“大丈夫。みんなが僕の味方だ”と感じたんですが、拍手していたのは実はダンサーやスタッフ、それからコーチたちだったんです。彼らが僕にかけてくれた言葉や、僕に対して抱いてくれている愛に、誇りを感じました。

—— バレエ界の大物、イリーナ・コルパコワは、カーテンコールのとき、あなたに何と言っていたのですか?

 僕は、彼女が大好き(笑)。僕がニューヨークに来るたびに、彼女は僕に「あら! あなた、全然変わらないわね。もしかすると若返ったかも」って言ってくれる。カーテンコールの時、彼女が言ってくれたのは、「踊りをやめてしまってはだめよ。私たちはあなたにもっと踊ってほしいの。だから、やめないで」って。

—— なぜ、このタイミングでアメリカン・バレエ・シアターを去るのですか?

 ケヴィンも僕も、いまがアメリカン・バレエ・シアターを去る良い時期だと思いました。いまの僕に重要なのは、イタリアでのいくつかのプロジェクトに集中すること。メトロポリタン歌劇場(アメリカン・バレエ・シアターの本拠地)でのシーズンと同時期にイタリアでもフェスティバルがあって、僕はそれをより発展させ、大きくしたいと思っています。僕は、新しいことを創造する可能性を持っている。またイタリアでそれを実現する力を持っている。もし僕がやらなければ、他に誰ができるのだろうって思っています

画像3: アメリカン・バレエ・シアターを
去ったロベルト・ボッレ。
だがダンスにさよならは言わない

—— アメリカン・バレエ・シアターでの最初のシーズンでは、どのように自分を適応させていったのですか?

 アレッサンドラ(フェリ)が僕に話を持ち掛けてくれたときは、「なんてことだ、まさか!」って。とても不安でしたよ。システムもまったく違いますし、1週間に8つの公演があり、そしてレパートリーの変更もあるメトロポリタン歌劇場でのシーズンは、世界中ほかに例がないですからね。ある意味、非常識。よりスピード感を持って準備して、少ないリハーサルで舞台に立たなければならないのですから。

—— アメリカ的なやり方ですね?

 その通り。アレッサンドラが僕に、「これを乗り越えれば、怖いものはない」と言っていたことを覚えています。アメリカン・バレエ・シアターのダンサーは素晴らしい。スカラ座をはじめヨーロッパのダンサーたちが、ここのダンサーたちの働き方を見れば、きっと自分たちの置かれている環境に不満を言うことはなくなると思いますね。

—— あなたは芸術家の家庭の出身ではありませんね。なぜダンスを始めたのですか?

 学校の友人がバレエを始めて、彼女がレッスンの様子を話してくれたり、いくつかの動きを見せてくれて。僕はそれにとても興味を抱いたんです。僕は、その学校でただ一人の男子生徒でしたが、それでもとても気に入りました。そして11歳のときに、母の友人がスカラ座バレエ学校に挑戦してみたら、とすすめてくれたのです。

—— 幼くして家族と離れるということは、あなた自身にどのような影響を与えましたか?

 寂しくて、何度も一人で泣きましたね。友だちの友だちの、そのまた友だちのような、僕自身はよく知らない、年配の女性のアパートに小さな部屋を借りていました。とても大変なことでしたが、ダンサーのような職業に就く場合、早く大人にならなければなりません。こうして自分自身の生き方の変化が、性格も変えてくれたのだと思います。

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