BY REIKO KUBO
デジタル化の波を受け、変革を迫られているのは世界共通の風景だ。映画『冬時間のパリ』では、老舗出版社の幹部アランと、彼が担当編集を務めてきた作家レオナールを中心に、文学や出版から人生の価値観まで、とめどない会話が繰り広げられる。同時に、二組の夫婦、同僚、友人らの恋愛事情も、冬のパリを舞台に活写される。ギヨーム・カネ、ヴァンサン・マケーニュ、ジュリエット・ビノシュら演技派スターを束ね、パリのリアルを映し出すのは、『パーソナル・ショッパー』(カンヌ国際映画祭・監督賞受賞)などで知られるフランスを代表するオリヴィエ・アサイヤス監督。
「もともと世界と私たちの生活が、デジタルへの移行、適応を強いられ、どのように変化しているのかというテーマを10年くらい前から描きたいと思っていたんです。保険会社の話でもよかったんだけれど、自分にとっては慣れ親しんだ文学や映画の業界の方が当然描きやすかったのでね。旧友の編集者と作家が対話するファーストシーンが最初に浮かんで、対話が原動力となってストーリーを転がしていく方法に魅力を感じて。とても楽しく脚本が書けたので、観客にも楽しんでもらえるだろうと。とてもおしゃべりな映画だけれど、タランティーノの映画ほどじゃないから安心してください(笑)」
監督として長編デビューする以前は、編集者として映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」に携わり、その後も監督業の傍ら、映画に関するエッセイ、伝記、対談集などを出版してきたアサイヤス監督。美人で優秀な同僚とデジタル化を推進しながらも、紙の本を愛してやまない編集者アランには、監督自身の声が投影されていそうだ。
「確かに業界は時代に順応するよう知恵を絞っているけれど、本という紙の媒体に強い思い入れを持つ層がまだ少なからずいることは数字にも表れている。Eブックの方が紙の書籍より安いというメリットによって、爆発的な変化が起こっているとも思えない。映画も同じで、確かにオンライン・シネマによって、素晴らしい映画も自宅で安く観られるようになったけれど、映画館に人が足を運ばなくなったわけではない。若者も映画館に行くし、作家主義の野心的な作品を観たいというシニア層も多くいる。少なくともフランスにはね。確かに、そのシニア層は僕も含めて、だんだん歳をとっていくけれど(笑)。変化として言えるのは、昔は存在しなかった様々なフォーマットを通して映画に到達することが簡単になったということ。ホームシアターで観たり、アイパッドや携帯電話でも観ることができる。本も映画も選択肢が多様化したということと捉えています」
ところで『冬時間のパリ』の原題は、『Doubles Vies(二重生活)』、英語タイトルは『Non Fiction』。“Doubles Vies”は、不倫をテーマにしたレオナールの小説のタイトルであり、彼と秘密の関係を持つ、ある女性のもうひとつの人生に重ねられてもいる。“ノンフィクション”の方は、私生活の出来事の中に普遍的なものを探り当てようとするレオナールの小説作法に因んでいるが、彼は自身の不倫相手を勝手に小説に登場させることで読者からプライバシーを侵害しているとして非難を浴びている。
「インターネットがなかった時代は、歴史も文学もそのルーツ、起源となるものを、個々が自分自身と対話して考察していたけれど、今ではインターネットによって、すべてが白日の下に晒される。そしてオープンになればなるほど、表層的な言葉しか吐き出されなくなっている。だから僕はもちろんレオナールの味方です。やや自虐的だけれど(笑)」
アランには人気ドラマシリーズの看板を張る女優の妻セレナ(ジュリエット・ビノシュ)がいて、レオナールには選挙を前に忙しい政治家秘書の妻ヴァレリー(ノラ・ハムザウェイ)がいる。ところが二人揃って、妻とは倦怠期にあるご様子だ。しかし結婚してようとしていまいと、恋愛してなきゃ始まらないのがフランス人と言わんばかりに、映画では彼らが会話と情事を大らかに楽しむ姿が描かれもする。
「今回はカップルの物語に“インモラル”とも言える関係も描いていて、そういう場合、心が血を流すことも往々にしてあるけれど、コメディ・トーンを選んだ結果、インモラルな関係がポジティブなことだってあり得るという描き方をした。そもそも、息苦しくなるような夫婦やカップルの関係を続けるべきじゃないというのが僕の持論なので」
混沌としたビジネス状況に、絡み合った人間関係。しかしアサイヤス監督がインスピレーションを得たという巨匠エリック・ロメールの映画さながらに、冬時間の夫婦二組にはやがて穏やかな春の日差しが訪れる。
「1999年に僕が撮った映画『8月の終わり、9月の初め』は、光の画家ピエール・ボナールの絵をイメージしていました。今回、明晰さ、軽さを求めた結果、ボナール的な光を再発見することになった。年を重ねるごとに、光の方へと歩んでいく自分がいる。撮り終えてみて、そのことが実に興味深かったですね」
『冬時間のパリ』
12月20日(金)より、Bunkamura ル・シネマほか全国順次ロードショー
公式サイト