PHOTOGRAPHS BY SASU TEI(W), STYLED BY TOMOKI SUKEZANE, EDITED BY SATOKO HATAKEYAMA
「おはようございます」とスタッフに一礼をし、彼は撮影スタジオに颯爽と入ってきた。挨拶を交わし雑談をする際の穏やかな語り口と、時折額にシワを寄せるクセは、3月まで放映されていた朝ドラの「八郎さん」そのもの。誠実で生真面目な役柄がまだ重なって見える。しかしそのイメージは、数分後にきれいさっぱりと裏切られることになる。カメラの前でしなやかな動きでポーズをきめてみせる姿は、シンガーソングライターとしての顔も持つアーティスト「松下洸平」そのものだったからだ。
「もともとは音楽をやっていたのですが、他に夢中になれることはないかと模索していたときに、ミュージカルのオーディションを受けてみないかと誘われたのが俳優を目指そうと思ったきっかけです。それまでの音楽活動では、お客さんがなかなか集まらなくて苦しいときがありました。なのでミュージカルの舞台に立ったとき、共演者のファンの方々がほとんどでしたが、劇場が満席という状況が本当にうれしくて、楽しくて。多くの方に自分を見ていただける喜びに加え、役柄で自分の気持ちが大きく動くことにも魅力を感じて、芝居を続けたいという思いが強くなりました」
音楽家から俳優に活動をシフトする際、葛藤やとまどいはなかったのか? という問いには「やりたいという気持ちと、勢いもあったのでまったく」と笑ってみせた松下。いったん音楽活動を休止し、そこからの10年は舞台やミュージカルを中心に多くの作品に出演。2018年の舞台作品「母と暮せば」で第73回文化庁芸術祭演劇部門にて新人賞を獲得。また、同作と、同年のミュージカル「スリル・ミー」で第26回読売演劇大賞優秀男優賞と杉村春子賞を受賞。演技力への評価は着実に高まっていった。
そして翌2019年に獲得したのが、NHK連続テレビ小説のヒロインの相手役だ。過去に三度ほどオーディションにトライするも実らず、ほとんど諦めかけていた松下が、4回目の挑戦で初めて意識したのが、力を抜いて等身大の今の自分を見てもらおうということだったという。
「求められるものを考えすぎるのではなく、10年間、舞台を経験してきた自分を信じて、気負わずに挑んだのが『スカーレット』のオーディションだったんです」
悲願の朝ドラ出演を果たし、実力に裏打ちされた繊細な演技で、俳優としての知名度も全国的なものとなった現在。司馬遼太郎の名作を原田眞人監督が手がけ、斎藤一を演じた映画『燃えよ剣』の公開が今後に控えており、新選組で一二を争う剣豪の若き日を松下がどう演じてみせるのか、その姿にも注目が集まる。また一時休止していた音楽活動も再始動するなどアーティストとしての活躍にも大いに期待したいところだ。
「音楽は自分の中から詞やメロディを生み出していく作業なので、ゼロから完成形までひとりで作り上げていくものです。一方で俳優という仕事は、まず脚本があり、演出家がどういう考えで俳優を動かしたいかをこちらが読み取る作業が大切で、大勢で作り上げる仕事です。芝居を始めた頃は、それまで使ったことのない脳みそをフル回転させる必要があって、不甲斐ないと思うことが多々ありました。でも、完成させる楽しさは芝居も同じだと、音楽をやっていたからこそ実感できた気がします。自分の内にある引き出しの中から生み出す作業は音楽も芝居も一緒だと思っています。『ありがとう』という台詞を何パターン言えるか。『ありがとう』という歌詞にどういう音をのせるか。何百、何千パターンとある中からチョイスしていく作業は、どちらも同じことですから」
折悪しく、この春に開催する予定だったライブは延期となったが、松下自身は家にいる時間を楽しみつつ、準備を進めながら再開の時期を待ちわびているという。
「芝居と音楽がつながっているように、僕の中ではプライベートも仕事も同じように楽しい時間。ハッキリとした境目はないんです。今は暇さえあれば好きな絵を描いて過ごしています。音楽は届ける人がいてこそ成立するし、芝居は見てくださる人がいて完成する仕事。その方たちのことを想いながら、作り出す喜びを嚙みしめています。こんな楽しい仕事はないです。幸せです」
厳しい局面にあっても決して絶えることのないクリエーションへの情熱。その炎は、松下洸平の内なる世界でこれからも静かに燃え続けていくに違いない。
HAIR BY HIRO TSUKUI(PERLE). MAKEUP BY YOSUKE NAKAJIMA(PERLE)
松下洸平(KOHEI MATSUSHITA)
1987年、東京都生まれ。美術系の専門学校を卒業後、2008年より「洸平」名義でシンガーソングライターとしてメジャーデビュー。翌年、ミュージカル「GLORY DAYS」で俳優デビュー。2010年には本名の「松下洸平」に芸名を改め、俳優としての活動を本格的に始める。趣味の絵は、コピックとアクリル絵の具を駆使した細密画を得意としている。延期となったライブや出演作の最新情報は公式サイトにて