見逃していた人気タイトルの過去作や話題のドキュメンタリーからヒューマンドラマまで、イッキ見必至の大人が楽しめるおすすめドラマをまとめて紹介する

BY KANA ENDO

※本記事の内容は、取材時点の情報になります。最新の配信状況は公式サイトをご確認ください

時代の先輩に教わる女性としての生き方

『レッスン in ケミストリー』

仕事や家事で疲れた心にパワーを与えてくれる
 舞台は1950年代アメリカ。優秀な化学者であるエリザベスは、強い男尊女卑の風潮に苦しみながらも、実験助手として研究所に勤めていた。あることを理由に研究所を不当解雇されてしまうが、料理が得意だったことから、テレビ局で料理番組のホストを務めることに。番組を通して、当時軽んじられていた専業主婦に力を与え、レシピとともに大切なことを訴えかけていく。

画像: エリザベスを演じたのは『ルーム』でアカデミー賞主演女優賞に輝いたブリー・ラーソンで、エグゼクティブ・プロデューサーにも名を連ねる。同僚の天才化学者カルヴィン役は、ルイス・プルマン画像提供:Apple TV+

エリザベスを演じたのは『ルーム』でアカデミー賞主演女優賞に輝いたブリー・ラーソンで、エグゼクティブ・プロデューサーにも名を連ねる。同僚の天才化学者カルヴィン役は、ルイス・プルマン画像提供:Apple TV+

 本作はボニー・ガーマス著の同名ベストセラー小説を原作にしたフィクション。良妻賢母といったような、かつて社会の理想とされた女性像に当てはまらないエリザベスや隣人のハリエットのような女性たちが、1950年代当時、自分らしく生きることがいかに難しく、理解されなかったかが描かれる。物語の舞台である時代と比較すると、現代女性たちの生き方の選択肢が増えたかを実感することができる一方で、職業におけるジェンダーギャップなど未だに解決していない問題があることにも気づく。本作はフィクションだが、現実にもエリザベスのような女性がいたからこそ、私たちは自由に職業を選び、間違っていることに対してはNOと言える権利と勇気を獲得したといえるだろう。

 無駄な会話はせず、自分に与えられた仕事を黙々とこなし、一見愛想のないように見えるエリザベスだが、完璧なラザニアを求め、まるで化学実験のように70回以上も試行錯誤を繰り返したり、愛犬に奇妙な名前を付けたりと、可愛らしい一面も見せる。また、専業主婦こそ家族の栄養管理を行う最も立派な仕事だと訴え、男性たちにも気づきを与えていく姿には圧倒される。エリザベスと同世代の今90代前後の女性たちは本当に苦労したのだろうなと、感謝の気持ちが溢れるとともに、次の世代のために、エリザベスのように勇気をもって、より良い世界を築けるようにしていかなければならないと改めて思わせてくれる作品だ。

画像: 隣人のハリエット(中央)を演じたのは、『THE UPSIDE/最強のふたり』や『バース・オブ・ネイション』で知られるアヤ・ナオミ・キング画像提供:Apple TV+

隣人のハリエット(中央)を演じたのは、『THE UPSIDE/最強のふたり』や『バース・オブ・ネイション』で知られるアヤ・ナオミ・キング画像提供:Apple TV+

『レッスン in ケミストリー』
Apple TV+で独占配信中
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女優マーゴット・ロビーがプロデュース!現代社会の問題を学ぶ作品

『メイドの手帖』

どんなに貧しくても希望を失わずたくましく生きる主人公に勇気をもらえる
 アレックスの彼氏ショーンは酔っ払うと物にあたり、攻撃的な言動を繰り返しており、限界を感じたアレックスは、2歳の娘マディを連れてトレーラーハウスを逃げ出す。あるのは数十ドルの現金と車のみ。友人宅に泊まろうとするもそこにはショーンの親友が集っていたり、母親は双極性障害だったりと、誰にも頼れず車の中で一夜を過ごす。福祉事務所を訪れ支援住宅に入居しようとするが、それには給与明細が必要と言われ、仕事をしようにもマディを保育所に預けるお金はない。さらに頼みの綱であった車も失い完全に詰んだ状態に。経費を引くと手元に残るのは数ドルというひどい条件ながら、住宅の清掃をするメイドの仕事を見つけ、マディのために自分のために必死で生きていこうとする。

画像: アレックス役は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のマーガレット・クアリーが演じた。マーゴット・ロビーはエグゼクティブ・プロデューサーとしてクレジットされている© NETFLIX

アレックス役は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のマーガレット・クアリーが演じた。マーゴット・ロビーはエグゼクティブ・プロデューサーとしてクレジットされている© NETFLIX

 本作はニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーとなったステファニー・ランドの自叙伝『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』に着想を得ており、オバマ前大統領の2019年推薦図書にも選出されている。

 アレックスが受けていたのは精神的な虐待で、暴力などの肉体的な虐待ではないことから、警察に届け出ることができず、支援サービスを受けることができない。また当事者のアレックスでさえ「本当のDVを受けている人に悪いから……」とシェルターに入ることを躊躇する。カウンセラーに「本当の虐待って何?あなたが受けているのも虐待だ」と言われようやく自分の状況を把握する。モラハラという言葉が浸透したことにより、精神的なDVへの認識は高まったとはいえ、それでもなお虐待といえば傷跡が残るようなものを連想しがちで、それをベースにした福祉制度しかないという矛盾を本作では描いている。

 学歴もなく、職歴もなく、若くしてシングルマザーになったアレックスに対して、社会は優しくない。それどころか自業自得と言われたりする。またアレックスの母親も元夫から虐待を受けた経験があり、母から娘に負の連鎖が続いてしまっているのだ。しかし娘のマディには自分と同じ思いをさせたくないという思いが原動力になり、どん底から這い上がっていく姿には感服してしまう。さらに本作では、ショーンを100%ダメ男に描かないことで、よりリアルにDV被害者と加害者の現実を映し出しているといえる。断酒会に通い仕事もダブルシフトで家族を支えようと奮闘するショーンに希望を見出すアレックスは、行ったり来たりを繰り返してしまう。

 客観的に見れば早く彼から離れたほうが賢明という判断ができるが、当事者となるとばっさり切り捨てることができないのは当然で、それゆえに周囲の支えが重要になってくるのだろう。しかし、アレックスには頼れる人はほぼいないに等しく、自分一人で前進していかなければならない。その葛藤に胸が締め付けられる。ホームレスになっても、職を失っても夢を諦めず、自分の力で歩む人生を取り戻したアレックスの強さや、支える人々の優しさに、明日を生きる勇気をもらえる作品だ。

Netflixシリーズ『メイドの手帖』独占配信中
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『マイク・タイソン』

最強チャンピオンの激動の人生を描いた
 アメリカ・ボクシング界のレジェンドで、元世界3団体ヘビー級統一王者、マイク・タイソンの激動の人生を元に描いた作品。13歳で37回の逮捕歴があり、少年院は第2の故郷のようだったと語る。少年院のカウンセラーがボクシングのチャンピオンと知り、勝負を挑むが、こてんぱんにやられ、ここが最初の転機に。優等生になったらパンチの仕方を教えてやるというカウンセラーの言葉に触発され、心を改め真面目な少年院生活を送る。出所後、恩師となるカス・ダマトの元で修行し、18歳でプロデビューを果たし、1986年、20歳という史上最年少の若さでWBCヘビー級王者となり、富と名声を手に入れるが再び波乱万丈の人生が幕を開ける。

画像: マイク・タイソン役には『ムーンライト』で主演を務めたトレヴァンテ・ローズが抜擢され、本人の特徴的な話し方などを再現し見事に演じきった© 2023 DISNEY AND RELATED ENTITIES

マイク・タイソン役には『ムーンライト』で主演を務めたトレヴァンテ・ローズが抜擢され、本人の特徴的な話し方などを再現し見事に演じきった© 2023 DISNEY AND RELATED ENTITIES

 試合は世界中で放映され、世界的なスターとなったタイソンだが、その人生は一筋縄でなかったことは想像に難くない。16歳で母を亡くし、20歳で王者となる直前、父のような存在であった恩師であるカスを亡くしている。その後、1991年には頼りにしていた姉のデニースも亡くしてしまうといったように、喪失の多かった青年期を過ごし、精神は不安定に。ドラッグや女性への暴力事件などボクシング以外でも世間を賑わせることとなってしまう。しかしたとえ犯罪をおかしたとしても、根強い差別の残る社会で彼の存在は人種差別や貧困にあえぐ人々にとって一筋の光であったことは間違いない。

 若くして成功を手に入れたアスリートを利用しようと群がった大人、特にプロモーターであるドン・キングの責任は大きい。メンタルヘルスをケアすることもなく、人生のメンターを早くに亡くし、ロールモデルがいなかった彼が破滅に向かっていくのは必然だったかもしれない。またマイク・タイソン自身はこの作品制作に関わっておらず、SNSに「この物語を支持しないで欲しい」とポストしている。しかしこのことは、この作品が偏見なく事実を客観的に描き出しているともいえるのではないだろうか。アメリカン・ドリームの先にあるものは、果たして幸せだったのかを考えさせられる作品だ。

『マイク・タイソン』ディズニープラスのスターで独占配信
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笑いだけじゃない!知的でクリエイティブな大人のためのコメディ

『僕は乙女座』

身長4メートルの主人公が伝えたかったこととは
 カリフォルニアに住むクーティは、身長4メートル。育ての親から21歳になるまで外に出てはいけないと言われ、高い壁で囲まれた自宅の敷地内で、文字通り息の詰まる生活をしていた。ついに好奇心が抑えられなくなったクーティは、約束を破って外の世界へ飛び出してしまう。テレビとコミックブックでしか外の世界を知らなかったクーティは、現実とのギャップに驚きながらも、友達と遊び、ファストフードを味わい、恋に落ちソーシャルライフを楽しむ。怪我をした友人のスキャットが保険に加入していないことを理由に、病院での治療を断られ死んでしまうことをきっかけに、権力と闘う仲間を見て、自分にできることは何かを考え始める。

画像: クーティ役は『ムーンライト』や『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(声)のジャレル・ジェローム© AMAZON CONTENT SERVICES LLC

クーティ役は『ムーンライト』や『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(声)のジャレル・ジェローム© AMAZON CONTENT SERVICES LLC

 本作はさまざまなメタファーによって構成されている。クーティの身長が4メートルというのは、一部のアメリカ社会では、黒人男性がそれほどの脅威と思われていることを表していると考えられるし、クーティとは反対に身長20センチほどの小さな人たちも登場するが、彼らは確かに存在しているのに、その存在を無視されているホームレスやLGBTQ+の人々を表しているのだろう。またクーティが恋に落ちるフローラは、高速で動くことができる能力をもつ。というか彼女にとって普通のスピードが、他の人間にとっては数倍の速さであるため、フローラはわざとゆっくり動くことで社会のスピードに合わせているのだ。これもメタファーで、自分では普通だと思うことが、社会では異質とされるので、仕方なく社会に合わせて生きざるを得ない人々、例えば自閉スペクトラム症や多動症などの人々を描いていると思われる。

 資本主義への痛烈な批判と、人種差別への抗議に満ちた非常に社会的な作品ではあるが、個性豊かな登場人物たちが愉しませてくれる。ファションやスタイルだけでなく、作品内に出てくるアニメ作品や、ハンバーガーショップなどもスタイリッシュで、まるで90年代のミュージックビデオを見ているようだ。そのファンタジックでエッジィなストーリーの裏に隠された、これまでのダイバーシティやブラックライブズマターの考え方から一歩進んだ、ニューロダイバシティやインターセクショナルな視点をもつことの大切さに気づかせてくれる。

『僕は乙女座』
Prime Video で独占配信中
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『シュリンキング:悩めるセラピスト』

人と関わること、友人や家族が愛おしいと思える
 妻を事故で亡くしたジミーは、悲しみのあまり酒にあけくれ自暴自棄な生活を送っていた。高校生の娘アリスはそんな父親にうんざりしており、隣人のリズのみが頼みの綱。そんな破綻した毎日を過ごしていたジミーは、セラピストとしてなんとか仕事をしているものの、患者の話に真摯に耳を傾けられる心の余裕はなかった。ある日、夫からモラハラを受けている患者に対して、セラピストとしてはダブーとされている本音をぶちまけてしまう。が、自分に正直になることで何かが変わったことに気づき始める。

画像: ジミー(左)を演じたのはドラマ『ママと恋に落ちるまで(原題:How I met your mother)』のジェイソン・シーゲル。友人のブライアン(右)はドラマ『アグリー・ベティ』のマイケル・ユーリー©APPLE TV+

ジミー(左)を演じたのはドラマ『ママと恋に落ちるまで(原題:How I met your mother)』のジェイソン・シーゲル。友人のブライアン(右)はドラマ『アグリー・ベティ』のマイケル・ユーリー©APPLE TV+

 Apple TV+で配信されている『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』が最終話を迎え、“テッド・ラッソロス”を味わっている方もいるかもしれないが、この『シュリンキング:悩めるセラピスト』がロスを救ってくれそうだ。本作では『テッド・ラッソ〜』でロイ・ケント役を演じたブレット・ゴールドステインが製作・脚本に名を連ね、テッド・ラッソらしさも感じられる作品となっている。『テッド・ラッソ〜』では、サッカーを通して、マネジメントやチームワーク、リーダーシップを主軸に主人公のメンタルヘルスを描いたが、本作ではセラピストという悩める人を救う立場の人間のメンタルヘルスや、その周りに集う人々が抱えるさまざまな悩みを描き出す。意地悪なキャラクターや皮肉な表現というものはほぼ現れず、登場人物全員が心優しく、見ているだけでセラピーのように心が癒やされていく作品だ。

 ジミーは妻を亡くし、娘のアリスに愛想を尽かされているが、患者と本音で向き合い懐に入っていくことで、娘との関係も改善し自分が救われていく。ハリソン・フォード演じるポールは頭の硬いベテランセラピスト。パーキンソン病を抱えていることに悩み、家族との関係もぎくしゃくしていたが、プライドを捨て素直に助けを求めることで皆が優しく受け止めてくれる。ジミーの隣人であるリズは空の巣症候群でアリスの世話を焼くことで気を晴らしていたが、ジミーの親友であり同僚のギャビーと仲直りすることで、お互いをシスターフッド的に支え合う。人間関係は時に我々を疲れさせ、辟易することもあるが、本作を観ると友人や家族がいることに感謝し、人との関わりを大切にしたくなる。

Apple TV+『シュリンキング:悩めるセラピスト』 配信中
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『プラトニック』

軽快な笑いに込められた中年が抱く不安と輝き
 夫と3人の子どもたちと共に典型的な専業主婦として生きているシルヴィア。クラフトビールの醸造家としてヒップなバーで働いているウィル。かつては親友としてつるんでいた二人だったが、結婚してそれぞれの生活を営むようになり疎遠になっていた。しかしウィルが離婚したことを知ったシルヴィアは久々に連絡を取ってみる。お互い40代になり、幸せながらもどこかモヤモヤしたものを抱えていることに気づき意気投合。昔のようなはちゃめちゃな生活が戻ってくる。

画像: シルヴィアをローズ・バーン、ウィルをセス・ローゲンが演じる。二人はコメディ映画『ネイバーズ』で主人公の夫婦役を演じており、本作で再びタッグを組んだ。監督・脚本も『ネイバーズ』で監督を務めたニコラス・ストーラー©APPLE TV+

シルヴィアをローズ・バーン、ウィルをセス・ローゲンが演じる。二人はコメディ映画『ネイバーズ』で主人公の夫婦役を演じており、本作で再びタッグを組んだ。監督・脚本も『ネイバーズ』で監督を務めたニコラス・ストーラー©APPLE TV+

 シルヴィアは専業主婦になる前は夫と同じ弁護士だった。かつての同僚がシルヴィアと同じように子育てをしながら昇進したという話を聞き、私は……と心がざわつく。一方ウィルは、バーのビジネスは軌道に乗り順風満帆のようにみえるが、付き合い始めた年下の彼女との圧倒的なジェネレーションギャップに気づきショックを受ける。実は本作は、40代〜50代の中年世代が陥りやすい“ミッドライフクライシス”を描いているのだ。第2の思春期とも呼ばれるこの時期、シルヴィアとウィルはこれまでの人生を振り返り、将来に漠然とした不安を抱えている。そんな時に再会した二人は20代の時のように、仲間の誕生日パーティで朝まで飲み明かしたり、コスプレして遊びに出かけたり、急に髪を染めたりと、思いっきり人生を楽しむ。とことん羽目を外したことで、周りの人々に迷惑をかけるが、それでも一緒にいてくれる家族や仲間、自分が築いてきた大切なものが見えてくる。そして過去の自分ではなく今の自分にしかできないことを見つけ、再びお互いの人生に花を咲かせていく。

 また本作ではシルヴィアとウィルは決して恋愛関係にならない。シスターフッドやバディものが、同性間の連帯を強調するあまり異性との対立を煽ってしまう事象を見事にクリアし、性別を超えた連帯を描いているのはとても清々しい。コメディの力により、どこまでも陽気で心地良く見られる作品だが、その笑いの裏には現代を生きる大人に必要な新しい視点が込められた作品だ。

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事実をもとに描いた、真夏に観たいクライムサスペンス

『クラウデッド・ルーム』

犯人は思いもよらない人物だった──
 1979年のニューヨーク。ダニー・サリバンは、ロックフェラーセンターで起きた発砲事件の容疑者として逮捕される。ダニーが共犯者として名を挙げた友人のアリアナや一緒に住んでいたというイスラエル人のイツァクなど、ダニーを取り巻く人物はことごとく姿を消しており、ダニーにさらなる疑いの目が向けられる。臨床心理士のライアは、幼少期から現在までのダニーの話を聞くうちにひとつの仮説に行き着く。ダニーを取り巻く人物たちは一体どこに消えてしまったのか、その答えは彼の人生そのものに隠されていた。

画像: 『スパイダーマン』シリーズで人気のトム・ホランド(写真右)がダニー・サリバンを演じるとともに、製作総指揮にも名を連ねる。ライア役はアマンダ・サイフリッド(写真左)©APPLE TV+

『スパイダーマン』シリーズで人気のトム・ホランド(写真右)がダニー・サリバンを演じるとともに、製作総指揮にも名を連ねる。ライア役はアマンダ・サイフリッド(写真左)©APPLE TV+

 内気ながら親友と呼べる友人にも恵まれ、彼なりに楽しく過ごしていたダニーだが、危なっかしくピンチに陥ることもしばしば。そんな時はいつも誰かに助けられてきた。物語は事件当日や子供時代の話を、ダニーがライアに語っていくスタイルで進んでいくが、どこか不穏さが漂い、中盤以降のエピソードで物語は一気に加速していく。本作の一番の見どころはトム・ホランドの見事な演技だ。撮影終了後、一年間の休養を取ると宣言したことからも分かるように、ダニー役は俳優としての力量が試される非常に難解な役柄である。ドラマシリーズ初主演でこの難しい役を演じきり、さらに製作総指揮も務め様々な問題に対処しなければならなかったトム・ホランドのプレッシャーは計り知れないが、キャリアを代表する作品になったのではないだろうか。

 また、本作は実際に起きた事件を元に書かれた、とある本に着想を得たドラマだ。作品名を知ってもネタバレにはならないものの、何も知らない状態で鑑賞する方が楽しめると思うので細かな言及を避けるが、ぜひ本作に隠されたサプライズでヒヤッと背筋を凍らせて欲しい。鑑賞後、答え合わせ的にもう一度観たくなること必至だ。

画像: ダニーの友人ジョニー役で、イーサン・ホークとユマ・サーマンの息子であるレヴォン・ホーク(写真右)が出演。ショーランナー、脚本、製作総指揮を務めたのは、映画『ビューティフル・マインド』でアカデミー賞脚色賞を受賞したアキヴァ・ゴールズマン©Apple TV+

ダニーの友人ジョニー役で、イーサン・ホークとユマ・サーマンの息子であるレヴォン・ホーク(写真右)が出演。ショーランナー、脚本、製作総指揮を務めたのは、映画『ビューティフル・マインド』でアカデミー賞脚色賞を受賞したアキヴァ・ゴールズマン©Apple TV+

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『ブラック・バード』

連続殺人犯か目立ちたがり屋か──生死をかけた綱渡りの潜入捜査
 麻薬売買で富を得ていたジミー・キーン。逮捕され10年の実刑判決を受けるが、誰とでもすぐ打ち解ける性格をかわれ、FBIから潜入捜査と引き換えに釈放をするという取引きを持ちかけられる。その任務とは、18人の連続少女殺人の疑いで収監されているラリー・ホールに近づき、遺体の埋葬場所を聞き出すことだ。重犯罪者用の刑務所で命の危険にさらされながら、持ち前のコミュニケーション能力で警戒心の強いラリーと親しくなっていくジミー。ラリーは真犯人なのか、それとも注目されたいがために虚言を繰り返しているだけなのか、ついに真実が明らかになる。

画像: 鼻持ちならないドラッグディーラーから、窮地に陥っていく囚人兼密告者への見事な変貌を演じきったタロン・エガートン。製作総指揮にも名を連ね、本作でエミー賞リミテッド・シリーズ部門の主演男優賞にノミネートされている©APPLE TV+

鼻持ちならないドラッグディーラーから、窮地に陥っていく囚人兼密告者への見事な変貌を演じきったタロン・エガートン。製作総指揮にも名を連ね、本作でエミー賞リミテッド・シリーズ部門の主演男優賞にノミネートされている©APPLE TV+

 潜入捜査を命じられるジミー・キーンを演じたのは、『キングスマン』でブレイクし、『ロケットマン』でエルトン・ジョンを演じたタロン・エガートン。容疑者のラリー・ホールは『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』や『ブラック・クランズマン』で存在感を発揮し、『リチャード・ジュエル』でその演技力を爆発させたポール・ウォルター・ハウザーだ。

 本作は主にこの二人の会話劇で進行していくが、もはやそれは演技バトルと言っても過言ではない。当初、自身の過去を自慢気に語るジミーだったが、ラリーはそれが誇張だと見破る。お互い辛い少年時代を過ごしたことを知り、次第に親交を深めていくふたり。しかし実生活ではきっと交わることのない“陽キャ”と“陰キャ”の迎合は、常に危うさを秘めており、思わず手に汗握ってしまう。驚くべきはこの作品が事実に基づいたドラマということだ。脚色されているとは言えFBIがこれほどまでに危うい捜査を行っていたことは衝撃的である。エンドクレジットで明かされる事実に最後までゾッとさせられるはずだ。

画像: 不気味な連続殺人犯役を演じさせたらポール・ウォルター・ハウザーの右に出る者はいない。本作でエミー賞リミテッド・シリーズ部門の助演男優賞にノミネートされた。6話完結なので猛暑の週末に一気見するのがおすすめ©APPLE TV+

不気味な連続殺人犯役を演じさせたらポール・ウォルター・ハウザーの右に出る者はいない。本作でエミー賞リミテッド・シリーズ部門の助演男優賞にノミネートされた。6話完結なので猛暑の週末に一気見するのがおすすめ©APPLE TV+

Apple TV+『ブラック・バード』 配信中
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『ラブ&デス』

悲劇の原因は一体誰にあったのか──テキサス州で実際に起きた事件を追う
 舞台は1980年代のアメリカ。キャンディは、テキサス州の郊外で、エリート企業に勤める夫と子供二人とともに何不自由なく暮らす専業主婦。敬虔なキリスト教徒で、仲間とともに教会の役員を務めていた。ある日、魔が差したキャンディは、友人のアランに不倫をしないかと持ちかける。お互いに深入りをしないことをルールに逢瀬を重ねる二人だったが、アランの妻はどこか怪しげな二人の雰囲気を感じていた。そして衝撃的な事件が起きてしまう。

画像: 主人公のキャンディ・モンゴメリー(写真中央)を演じるのは、『アベンジャーズ』シリーズでワンダ・マキシモフ/スカーレット・ウィッチを演じるエリザベス・オルセン©2023 WARNERMEDIA DIRECT, LLC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO MAX™ IS USED UNDER LICENSE.

主人公のキャンディ・モンゴメリー(写真中央)を演じるのは、『アベンジャーズ』シリーズでワンダ・マキシモフ/スカーレット・ウィッチを演じるエリザベス・オルセン©2023 WARNERMEDIA DIRECT, LLC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO MAX™ IS USED UNDER LICENSE.

 MCU初のTVシリーズ『ワンダヴィジョン』でも感じたが、エリザベス・オルセンは、アメリカ郊外で生活する善良な母役が非常によく似合う。整った顔立ちとスタイルをもちながら、気取ったところは全く無く、誰からも愛される近所の人気者といった役どころは、彼女の十八番と言っても良いだろう。翻ってアラン役のジェシー・プレモンスは、プライベートでもパートナーであるキルスティン・ダンストとの夫婦役で出演した『パワー・オブ・ザ・ドッグ』での名演が記憶に新しいが、本作でも寡黙で目立たない存在ながら、女性を魅了する男を見事に演じている。本作の救いは、そんな二人が、体の関係だけではなく、まるで親友のように心を通わせていく点だ。不倫は許されるものではないが、シスターフッドともバディものとも異なる、利害関係のない純粋な男女間の友情に心が震える。

 本作はアメリカで実際に起こった事件をベースにしているが、当時、平和な郊外とあまりにもかけ離れた凄惨な事件や裁判の行方は大きな関心を集めたという。すべての不幸の発端は、キャンディの出来心から始まったように見えるが、きっとそうではない。夫の無関心やアランの不注意、もろく繊細なアランの妻の心情などが積み木のように重なって、ギリギリのバランスで成り立っていた日常生活が、僅かな心の揺れにより崩れてしまったのだ。幸せというのはいとも簡単に失われてしまうものであり、平穏な毎日を過ごせていることがどれだけありがたいことかを本作は思い出させてくれる。関わっている人物の中に悪人がいないことも、この事件の悲惨さをさらに際立たせ、関係者それぞれの心情が理解できるがゆえ、辛さが増す。ただ事件の描写は生々しいので、視聴の際はご注意を。

画像: アラン・ゴアを演じたジェシー・プレモンスは、本作でエミー賞リミテッド・シリーズ部門の助演男優賞にノミネートされている。脚本を担当したのは、『ビッグ・リトル・ライズ』、『フレイザー家の秘密』などを手掛けたデヴィッド・E・ケリー©2023 WARNERMEDIA DIRECT, LLC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO MAX™ IS USED UNDER LICENSE.

アラン・ゴアを演じたジェシー・プレモンスは、本作でエミー賞リミテッド・シリーズ部門の助演男優賞にノミネートされている。脚本を担当したのは、『ビッグ・リトル・ライズ』、『フレイザー家の秘密』などを手掛けたデヴィッド・E・ケリー©2023 WARNERMEDIA DIRECT, LLC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO MAX™ IS USED UNDER LICENSE.

『ラブ&デス』
U-NEXTにて見放題で独占配信中
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地下都市で暮らすのはなぜなのか、謎解きSFサスペンス

『サイロ』

地下都市で暮らすのはなぜなのか、謎解きSFサスペンス
 舞台は近未来。人々はサイロと呼ばれる筒状の地下都市で自給自足をして暮らしている。下層階に住む人は、ボイラーのメインテナンスや機械修理などの重労働を担い、高層階に住む人は、役人や医者といったエリートたち。144階あるサイロにはエレベーターはなく、上下移動は螺旋階段のみ。サイロでは「外に出たい」という言葉は禁句で、それを言った者は有無を言わさずに地上に出されてしまい死んでしまう。地上には有害物質が蔓延しているとされているが、果たしてそれは事実なのか。疑問を持った人々は、自ら外に出て死んでしまったり、謎の事故死を遂げていったりする。サイロの謎を解明しようとしていた恋人ジョージを亡くしたジュリエットは、機械部から高層階で働く保安官へと異例の昇進を果たし、ジョージの死の真相やサイロの闇を調査し始める。

画像: ジュリエット役のレベッカ・ファーガソンは主演とともに製作総指揮にも名を連ねる©APPLE TV+

ジュリエット役のレベッカ・ファーガソンは主演とともに製作総指揮にも名を連ねる©APPLE TV+

 ニューヨーク・タイムズのベストセラーに掲載されたヒュー・ハウイーの小説『ウール』、『シフト』、『ダスト』からなる『サイロ』三部作をもとに作られたドラマ。ディストピア世界を描いたSF作品は数多くあるが、『サイロ』の白眉な点は、序盤で語り手が変わるという巧妙な演出や、現代における縦社会を模したサイロの空間デザインに加え、レベッカ・ファーガソンやその他の主演陣の演技力だ。ファーガソンが演じるジュリエットは保安官に任命されるが、サイロでの保安官というのは、警察庁長官のように警察官のトップの役職で、裁判官や刺客と対等にやり合う。その姿は危なっかしさもあるが実に清々しく、彼女の力強い眼差しとスラッとした体躯により見事にハマり役となっている。点と点だった事象が線となり面となっていき、回を追うごとにぐんぐんストーリーに惹きつけられていく。

 近未来とはいうものの、テクノロジーは発展しておらず人々はアナログな暮らしをしている。技術力がないわけではなく、協定と呼ばれる法律によって高精度なツールを作ることが禁止されており、これには何かしらの思惑があることが暗示される。また子供をつくる権利は抽選制かつ、1年間に限るという謎の規則を筆頭に、数多くの厳しい規制があるが、多くの人々は疑問を感じず、自分たちを守るためのものだと信じている。一体なんのために、いつサイロは作られたのか、そしてサイロ以前の記憶はなぜないのか。様々な伏線を回収しながら刑事ドラマのように物語は進んでいく。シーズン2の製作も決定したということなので、原作同様ロングシリーズになることを期待したい。

画像: ジュリエットと対立することになるサイロ司法部の警備隊長、ロバート・シムズは、ラッパーのコモンが演じる©APPLE TV+

ジュリエットと対立することになるサイロ司法部の警備隊長、ロバート・シムズは、ラッパーのコモンが演じる©APPLE TV+

Apple TV+『サイロ』シーズン1配信中
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強大な力に立ち向かった勇気ある女性たちを描くドラマ

『THE GOOD MOTHERS』

マフィア一族のなかで生きていくしかなかった母親たちの葛藤を描く 
 ジャーナリストのアレックス・ペリーによる同名のノンフィクション小説を基に制作された、イタリアのドラマ。イタリア4大マフィア組織の一つでカラブリア州を拠点にしている“ンドランゲダ”は、暴力的で卑劣かつ最も裕福な組織として恐れられていた。新しく検察官に任命されたアンナ・コレスは、“ンドランゲタ”を撲滅させるため、組織内の女性たちに照準を合わせた戦略をたてる。一族に嫁いだ女性や娘として生を受けた女性など、マフィア一族としての生活を余儀なくされた3人の女性に証人保護プログラムを受けるように説得する。彼女たちとその子供たちを組織から脱出させるとともに、権力構造を弱体化させ、内部から組織を崩壊させようとするのだが。

画像: 左から、組織の中心カルロ・コスコの娘のデニス、ジュゼッピーナ・ペッシェ、検察官アンナ・コレス、マリア・コンチェッタ・カッチョラ、デニスの母親レア・ガロファロ。彼女たちを中心にストーリーは描かれる© 2023 DISNEY AND ITS RELATED ENTITIES.

左から、組織の中心カルロ・コスコの娘のデニス、ジュゼッピーナ・ペッシェ、検察官アンナ・コレス、マリア・コンチェッタ・カッチョラ、デニスの母親レア・ガロファロ。彼女たちを中心にストーリーは描かれる© 2023 DISNEY AND ITS RELATED ENTITIES.

 本作は2010年という設定だが、文明化された社会の話とは思えないほど、マフィア一族の中は完全に男性優位社会で、女性は結婚によりファミリー同士の絆を深める道具や財産としてしかみなされていない。マリアとジュゼッピーナは若くして子供を生み、夫は収監中。暴力的な義父や冷酷な義母に虐げられ、外出する自由や携帯電話を使う自由も奪われながら、子どもたちだけを希望の灯火にして暮らしている。組織の権力者の娘デニスの母・レアは証人として生きる道を選んだが、各地を転々とする生活が娘のためにならないと、夫の元に戻ってしまう。

 そこに手を差し伸べたのが、検察官のアンナだったが、この証人保護プログラムが不完全。外部と接触できてしまったり、後をつけられたりと安全性に欠け、不自由な生活に子どもたちは元の家に戻りたいと言い始める。女性たちを救い、悪を崩壊させるために闘うアンナの戦略は素晴らしいが、相手も死にものぐるいで攻めてくる。子どもたちのために死をも恐れず闘った3人の母親たちだが、その呪いのような鎖から簡単には解放されない。また世界にはマフィアだけではなく、DVや劣悪な職場などから抜け出せない女性たちや子供たちも多くいる。本作は、そういったコミュニティから抜け出すことがいかに難しいかを伝えてくれる。

『The Good Mothers』
ディズニープラスのスターで独占配信中
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『ザ・ディプロマット』

『HOMELAND』好きにおすすめ! 現代の国際情勢を描いた政治サスペンス
 カブールに外交官として赴任する予定だったケイトだが、イラン沖で英国空母が爆破される事件が起き、空席だったポストの駐英米国大使に急遽就任することに。これまで中東地域で優れた手腕を発揮してきたが、マナーを重んじるイギリスでは勝手が違い戸惑いを見せる。イランが犯人だと決めつけ報復しようとするイギリス首相、それに同調しようとするアメリカ大統領を前に、中東で培った人脈と持ち前の機転を利かせ、首相と大統領に考えを改めるよう説得する。CIAやイギリス外務大臣、影で糸を引く者たちと協力しながら、一触即発状態のなか、巧妙な駆け引きが始まる。

画像: ケイト・ワイラーをディズニー・チャンネル出身のケリー・ラッセル、夫のハル・ワイラーを『オールド』、『ファーザー』などのルーファス・シーウェルが演じる。ケリー・ラッセルは製作総指揮としても名を連ねている©NETFLIX

ケイト・ワイラーをディズニー・チャンネル出身のケリー・ラッセル、夫のハル・ワイラーを『オールド』、『ファーザー』などのルーファス・シーウェルが演じる。ケリー・ラッセルは製作総指揮としても名を連ねている©NETFLIX

 本作は、人気シリーズ『グレイズ・アナトミー』『HOMELAND/ホームランド』を手掛けたデボラ・カーンがショーランナーを務めることから、配信前から話題になっていた。アメリカ、イギリス、イラン、ロシアなどの代表や、外相、暗躍者など、それぞれの思惑が錯綜し、状況は刻一刻変化する。スピード感を持って展開していくので、ストーリーについていくのが大変な部分もあるが、これこそリアルな描写なのだろう。中東では、危険を顧みず体当たりで活躍してきたケイトだったが、駐英大使となると着飾って雑誌のインタビューに応じたり、腹の探り合いをしたり、挙句の果てには政治の世界へ引きずり込まれそうになったりと現場以外の仕事に辟易しながらも、手腕を発揮し手に汗握る状況を見事に切り抜けていく。夫のハルとは離婚寸前という設定だが、仲が悪いわけではなく親友や相棒のような関係性で、従来の離婚寸前カップルとは異なる描かれ方で好感が持てる。

 またロシアによるウクライナ侵攻などの時事ネタも盛り込まれ、フィクションながら現実味のあるストーリーとなっている。空母の爆破の首謀者は誰なのか、ケイトの大使抜擢の裏に見え隠れする思惑や、ハルの怪しげな動きなど、回収されていない伏線も多数あるので、シーズン2の配信が待ち遠しい。

画像: ホワイトハウス首席補佐官のビリー(左、ナナ・メンサー)やCIAロンドン支局長のエイドラ(右、アリ・アン)などのデキる女性たちがケイトをサポートするシスターフッド要素も見逃せない©NETFLIX

ホワイトハウス首席補佐官のビリー(左、ナナ・メンサー)やCIAロンドン支局長のエイドラ(右、アリ・アン)などのデキる女性たちがケイトをサポートするシスターフッド要素も見逃せない©NETFLIX

Netflixシリーズ『ザ・ディプロマット』
シーズン1独占配信中
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『戦慄の絆』

同名映画のリメイク、レイチェル・ワイズの怪演が冴えわたるサイコ・スリラー
ボディーホラーの巨匠、デヴィッド・クローネンバーグ監督による1988年公開の同名映画を基に制作されたドラマ。映画版では双子のマントル兄弟が主人公だったが、本ドラマでは双子のマントル姉妹が主人公となった。エリオットとビヴァリーは一卵性双生児の産婦人科医。姉であるエリオットは、奔放で自己主張が強く、ドラッグやアルコールに依存し、倫理的にアウトな不妊治療の研究に勤しんでいる。一方、妹のビヴァリーは、内向的で真面目。すべての女性に心を寄せ、彼女たちを力づけ支えることができる理想的な出産システムの構築を目指している。プロセスは異なるものの、二人は妊娠、出産、不妊など女性のヘルスケアをより安全で快適にするべく、先進的な出産センターを創設するために投資家を探していた。ある日、ビヴァリーは診察に訪れた女優のジュネヴィーヴと恋に落ちる。それまで何もかも一緒だった双子だが、ジュネヴィーヴの登場で、その均衡が崩れていく。

画像: 映画版のジェレミー・アイアンズと同じように、本作の双子もレイチェル・ワイズが一人で演じ分けている。髪をおろしているのが姉のエリオット、まとめているのが妹のビヴァリー © AMAZON STUDIOS

映画版のジェレミー・アイアンズと同じように、本作の双子もレイチェル・ワイズが一人で演じ分けている。髪をおろしているのが姉のエリオット、まとめているのが妹のビヴァリー 
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 目を覆いたくなるような生々しいシーンや、双子の共依存の不穏さが際立つが、サブテーマである現代を生きる女性の身体を巡る問題にも注目してほしい。ドラマ版は主人公を女性にしたことにより、ストーリーが奥深く多面的に仕上がったのではないだろうか。裕福な人のためだけのシステムになっている代理母や、出産の苦痛、妊娠できる年齢など、すべての女性が直面する不安や悩み、恐怖と屈辱を強いる旧態依然とした出産システムの問題が説得力をもって描かれる。さらに野心的な投資家を巻き込み、事業として成功させていくという女性の起業モノとなっているのも秀逸だ。

 映画版から引き継がれた赤の手術着や姉妹の住居、出産センターのスタイリッシュさ、そして何より一人二役を演じたレイチェル・ワイズの演技が素晴らしい。まずワイズは、エリオットとしてビヴァリーの代役とともにシーンを撮影し、ヘアメイクを変えた後、同じシーンのビヴァリーパートを演じたそう。その際、イヤピースを付けエリオットのセリフを聞きながら演技をしたという。ストーリーやエンディングは映画版とは異なるが、ところどころ映画版へのオマージュも見られ、原作映画ファンも楽しめる内容となっている。激しく残酷なシーンも多いので、食事中の鑑賞はおすすめしない。

画像: ジュネヴィーヴ役は『アンブレラ・アカデミー』のブリトニー・オールドフォードが演じた© AMAZON STUDIOS

ジュネヴィーヴ役は『アンブレラ・アカデミー』のブリトニー・オールドフォードが演じた© AMAZON STUDIOS

『戦慄の絆』
Prime Videoで独占配信中
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2023春、配信開始した注目ドラマ

『BEEF/ビーフ』

日本、韓国、中国からの移民家族が抱える問題から、セルフラブを描いたダークコメディ 
 第95回アカデミー賞作品賞を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』や6月にアメリカで公開が予定されている話題作『Past Lives』(原題)などを手掛けるスタジオ、A24の十八番ともいえるアジア人をフィーチャーした作品。

 韓国系アメリカ人のダニ―・チョウは、水漏れから配線まで何でも請け負う工事業者。モーテルの経営に失敗し韓国に帰ってしまった両親をアメリカに連れ戻すことを目標にしているが、事業はいつも崖っぷち。弟とも喧嘩ばかりで、何をやってもうまくいかず、人生を悲観していた。

 一方、観葉植物のショップ経営で成功したエイミー・ラウは、中国とベトナムにルーツをもつアメリカ人。自らデザインを手掛けたお洒落な一軒家に住み、優しい日系人の夫と幼い娘とともに何不自由なく暮らしているように見えたが、多忙を極め、疲労と不安を抱えていた。そんな2人の駐車場での小さなトラブルが、あおり運転へと発展し、互いに怒りを爆発させ暴走。家族や生活を巻き込んだ嫌がらせ合戦に発展し、人生を狂わせていく。

画像: ダニ―・チョウを、『ウォーキング・デッド』でブレイクし、『バーニング 劇場版』、『ミナリ』、『NOPE/ノープ』など良作に立て続けに出演するスティーヴン・ユァンが演じた ©NETFLIX

ダニ―・チョウを、『ウォーキング・デッド』でブレイクし、『バーニング 劇場版』、『ミナリ』、『NOPE/ノープ』など良作に立て続けに出演するスティーヴン・ユァンが演じた
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 タイトルの“BEEF”という言葉には、牛肉という意味のほかに、不満や文句、抗争などの意味があるという。クラクションを鳴らされ一瞬イラッとしたとしても、すぐ忘れてしまうような些細な出来事なのに、ストレスがマックスの極限状態であった二人は激しい抗争を始めてしまう。これほどまでのバトルに発展してしまうことが、序盤は理解出来なかったが、徐々にダニーとエイミーの抱える根深い問題が詳らかになっていく。

 本作は、周到なメイクやスタイリングの力も借りながら、従来のステレオタイプな在米アジア人としてではなく、現代に生きるアジア系アメリカ人が直面している女性の社会進出や、アジア人ならではの家族問題などをリアルに展開していく。エイミーの部下である白人のミアが、日系ではないエイミーに「ごめんなさい」と日本語で話しかけるのも、在米アジア人が日常的に体験するマイクロアグレッションのひとつだろう。

 またエイミーの夫は日系人で、才能はないがアーティストとして活動する良家のお坊ちゃん。品が良くて優しいが、エイミーは日常生活でも夜の生活でも物足りないと感じていて、つまらないと言ってしまう。日本人男性がそのように思われているのかと新鮮に感じた。日本人役を日本人俳優が演じていないことは少し残念だが、韓国系俳優の層の厚さには驚く。ちなみにInternet Movie Databaseによるとエピソード毎に異なるタイトルバックのドローイングは、アイザック役のデヴィッド・チョ―によるものだそう。

 最終話の解釈は人によってさまざまあると思うが、筆者はセルフラブについて描いていると感じた。一見正反対に見えるダニーとエイミーは実は自分自身を投影した存在で、相手を受け入れることは、自分自身を愛することに繋がる。猛スピード展開していくはちゃめちゃコメディだが、笑いの中に登場人物それぞれが抱える苦痛が垣間見え、性別に関係なく心に響くものがある作品だ。

画像: エイミー・ラウ(写真右)はスタンダップコメディアンとして絶大な人気を誇るアリ・ウォンが演じた。劇中のエイミーと同じように、父親は中国系アメリカ人、母親はベトナム系アメリカ人 ©NETFLIX

エイミー・ラウ(写真右)はスタンダップコメディアンとして絶大な人気を誇るアリ・ウォンが演じた。劇中のエイミーと同じように、父親は中国系アメリカ人、母親はベトナム系アメリカ人
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『BEEF/ビーフ』
NETFLIXで独占配信中
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『キラー・ビー』

悲しみを受け入れ前を向くことを、トキシック・ファンダムをテーマに描く新感覚スリラー 
 黒人女性シンガー、ナイジャの熱狂的ファンであるドレ。生活の中心には常にナイジャがいて、姉のマリッサとナイジャのコンサートに行くことを夢見ていた。ある日、ドレの身に悲劇が起こることで、ナイジャへの憧れに拍車がかかり、ますます彼女に傾倒していく。インターネット上のファンコミュニティに入り浸り、ナイジャのことを悪く言う人々を見つけると、現実世界であらゆる手段を使って攻撃を企て、手に負えないほどエスカレートしていく。

画像: ドレ(写真手前)を演じたのは『モダン・ラブ シーズン2』や『ユダ&ブラックメシア 裏切りの代償』のドミニク・フィッシュバック、マリッサ(写真奥)は、実写版『リトル・マーメイド』でアリエルを演じるハリー・ベイリーの姉、クロエ・ベイリーが演じた。クロエ&ハリー・ベイリーはビヨンセのレーベルにビヨンセ以外で唯一所属しているシンガーでもある © AMAZON STUDIOS

ドレ(写真手前)を演じたのは『モダン・ラブ シーズン2』や『ユダ&ブラックメシア 裏切りの代償』のドミニク・フィッシュバック、マリッサ(写真奥)は、実写版『リトル・マーメイド』でアリエルを演じるハリー・ベイリーの姉、クロエ・ベイリーが演じた。クロエ&ハリー・ベイリーはビヨンセのレーベルにビヨンセ以外で唯一所属しているシンガーでもある
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 本作はドラマ『アトランタ』のドナルド・グローヴァーと『ウォッチメン』のジャニーン・ネイバーズが共同で製作総指揮を務めた。ドナルド・グローヴァーは映画・ドラマプロデューサー、俳優、コメディアンとしても活動する傍ら、チャイルディッシュ・ガンビーノ名義でラッパーとしても活動するアメリカエンタメ界のスター。ビリー・アイリッシュがカルト集団のリーダー役で俳優デビューを果たし、マイケル・ジャクソンの娘、パリス・ジャクソンがホールジーという役名のストリッパーを演じ(実在するホールジーは白人の母と黒人の父をもつシンガー)、オバマ元大統領の娘、マリアが5話の脚本を共同制作するという、ストーリー以外にも語りどころ満載の作品だ。

 冒頭で「本作品はフィクションではない 実在の人物や事件との類似性は意図的なものである」とあるように、劇中で起こる出来事は、実際の事件や、インターネット上の噂を元に作られており、劇中に出てくるシンガー、ナイジャは“クイーンビー”こと、ビヨンセであると思われる。ビヨンセのファンダム「BeyHive(蜂の巣)」に対し、ナイジャのファンダムは原題でもある「Swarm(蜂の群れ)」と名付けられており、6話では突如モキュメンタリーが差し込まれるなど、作品構成も従来のドラマと一線を画す。

 本作は、“推し”への愛情が強すぎるあまり、ふとしたことをきっかけに暴走し、差別的な書き込みや脅迫事件などを引き起こす「トキシック・ファンダム」について描かれているように見えるが、ドレが常軌を逸した行動をとるようになるには理由がある。ドレの推しはナイジャであり姉のマリッサでもある。その最愛の姉の死を受け入れることができず、辛い現実から目を背け、SNSのファンコミュニティの中でだけ生き始める。自分の抱える問題に向き合わず、現実逃避を繰り返すことは、電車の中や食事中などについSNSをのぞいてしまう自分自身にも当てはまる気がしてゾッとした。

 また、この作品を鑑賞した時に思い浮かんだのは、トランプ元大統領の支持者が連邦議会を襲撃した事件だ。あまりにカリスマ的な人物の登場は分断や孤立を生んでしまうこともある。ストーリーは暴力的で暗然としており、鑑賞後すっきりする作品ではないが、黒人女性が一人で生きていくことの辛さや、事件を起こす人は必ず悲しい幼少期を過ごしているという勝手な決めつけなど、さまざまな事柄について考えを巡らせるきっかけになる作品だ。

画像: ビリー・アイリッシュが演じるのは、劇中と同じような事件を起こした自己啓発団体「ネクセウム(NXIVM)」のリーダーを元にしていると思われる。世界中に熱狂的なファンがいるビリーがこの役を演じることが不気味さを際立たせる © AMAZON STUDIOS

ビリー・アイリッシュが演じるのは、劇中と同じような事件を起こした自己啓発団体「ネクセウム(NXIVM)」のリーダーを元にしていると思われる。世界中に熱狂的なファンがいるビリーがこの役を演じることが不気味さを際立たせる
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『キラー・ビー』
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『テトリス』

ゲームのように手に汗握る展開のビジネスコメディ
 ビデオゲームのセールスマンであったヘンク・ロジャースは、ラスベガスの見本市でテトリスに出会う。大ヒットを予感したヘンクは、このゲームの家庭用ゲーム機での販売権を手に入れようと交渉を始める。しかし、怪しげな仲介業者やライバル会社が立ちはだかり遅々として交渉は進まず、業を煮やしたヘンクは、開発元である冷戦真っ只中のソ連に危険を顧みず渡る。共産主義であるソ連との交渉は困難を極め、命をも危険に晒すことになる。

画像: ヘンク(写真中央)役は『キングスマン』、『ロケットマン』のタロン・エガートンが演じた。実在のヘンクはインドネシア系オランダ人なので、ホワイトウォッシュではないかとの指摘もある ©APPLE TV+

ヘンク(写真中央)役は『キングスマン』、『ロケットマン』のタロン・エガートンが演じた。実在のヘンクはインドネシア系オランダ人なので、ホワイトウォッシュではないかとの指摘もある
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「テトリス」は1993年から2020年まで史上最も売れたゲームで、ゲームファンでない人にもその名を広く知られているソフトだ。“テトリス エフェクト”という、長時間ゲームに没頭したものが夢の中や目を閉じた際に現れることを表した造語も生み出すほど、世界中の人々を魅了した。本作はその「テトリス」販売のドラマティックな舞台裏を描いた作品だ。事実を元に作られているが、随所で脚色されており、手に汗握るエンタメ作品に仕上がっている。

「テトリス」は任天堂の携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」の発売時に「スーパーマリオランド」と並んで大きな貢献をしたソフト。ゆえ、任天堂とは切っても切り離せない関係で、当時の社長である山内元社長も劇中に登場するが、これがかなり本人に似ており、ゲームファンの心を鷲掴みにしている。またヘンクが「ニンテンドー・オブ・アメリカ」に赴いた際、発売前のゲームボーイに出会うシーンは、初期ゲームボーイで遊んだことのある人々にとっては感動的なシーンとなるだろう。

 ほかにも、メディア王のロバート・マクスウェル(エプスタイン事件の共謀者とされているギレーヌ・マクスウェルの父)、ソ連共産党書記長のミハイル・ゴルバチョフ(こちらもかなり似ている)などが登場し、ストーリーを盛り上げる。権利関係がかなり複雑なので多少混乱するかもしれないが、細かいことはあまり気にせずとも楽しめる作品だ。崩壊直前のソ連の危うさと資本主義との騙し合いに手に汗握り、ハンクと開発者アレクセイの間に育まれた友情に心が温まる。鑑賞後は「テトリス」がプレイしたくなること請け合いだ。

画像: ヘンクの妻アケミ(写真左)を演じるのは、文音(あやね)。両親は長渕剛と志穂美悦子だ ©APPLE TV+

ヘンクの妻アケミ(写真左)を演じるのは、文音(あやね)。両親は長渕剛と志穂美悦子だ
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『テトリス』
Apple TV+にて独占配信中
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日本では意外と知られていないアメリカで超話題のドラマ

『ホワイト・ロータス / 諸事情だらけのリゾートホテル』シーズン2

白人社会を皮肉たっぷりに描く 
 『ホワイト・ロータス/ 諸事情だらけのリゾートホテル』は、高級リゾートホテル「ホワイト・ロータス」でバカンスを過ごす裕福な宿泊客と、彼らをもてなす従業員たちの一週間を描いたブラックコメディだ。シーズン2では、シーズン1のハワイからイタリア・シチリア島に舞台を移し、陽気な南イタリアの雰囲気に時折差し込まれるシチリア名物の置物テスタ・ディ・モーロが不穏さを醸しながらストーリーが展開していく。

 主な登場人物は、セクハラ発言が絶えない祖父、セックス依存症で離婚危機の父、大学を卒業したてでうぶな息子の3世代家族。人前でも新婚カップルのようにいちゃつく鼻持ちならない夫婦と、彼らに誘われて渋々バカンスに同行した毎朝の新聞チェックとジョギングを欠かさないセックスレスの友人夫婦。そしてシーズン1から引き続き登場の謎多き女性ターニャとそのアシスタントだ。ニューリッチからオールドリッチまで様々なタイプの富裕層と、ホテルのマネージャーやホテルに出入りする娼婦が群像劇を織り成していく。シーズン1同様、冒頭でバカンス中に誰かが死ぬことが匂わされるが、それが誰なのか最終話まで全く予想できない。

画像: コメディエンヌで『アメリカン・パイ』や『キューティ・ブロンド』、アリアナ・グランデの『thank u, next』のMVに出演したジェニファー・クーリッジ(写真中央)は、ターニャ役で見事に再ブレイク。アシスタントのポーシャ(写真左)は『アフター・ヤン』のヘイリー・ルー・リチャードソンが演じた © 2023 HOME BOX OFFICE, INC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO® AND ALL RELATED PROGRAMS ARE THE PROPERTY OF HOME BOX OFFICE, INC.

コメディエンヌで『アメリカン・パイ』や『キューティ・ブロンド』、アリアナ・グランデの『thank u, next』のMVに出演したジェニファー・クーリッジ(写真中央)は、ターニャ役で見事に再ブレイク。アシスタントのポーシャ(写真左)は『アフター・ヤン』のヘイリー・ルー・リチャードソンが演じた

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 シーズン1はエミー賞・リミテッド・シリーズ部門の作品賞のほか4部門を受賞、シーズン2はゴールデングローブ賞・リミテッド・シーズン部門で作品賞と助演女優賞を受賞し、文句なしにアメリカで最も話題になったドラマだ。特にシーズン1から続投したターニャ役のジェニファー・クーリッジは、エミー、ゴールデングローブの両賞で助演女優賞を獲得しており、一躍時の人に躍り出た。シーズン1では、白人富裕層がもつ特権を皮肉たっぷりに描き、ホモフォビア、マチズモというテーマも織り交ぜた。まるで自分たちが弱者にでもなったかのように「白人として生きるのが辛い時代だよね」という描写に苦笑いしてしまう。シーズン2でもシーズン1同様、白人富裕層の高慢さを痛烈な皮肉を込めて描き出し、そこにアモーレの国、イタリアが舞台ということで愛とは、幸せとは何かを問いかける内容となっている。

 シーズン1では白人が先住民族から奪い取った土地にリゾートを建設し、そこで搾取されながら働く地元住民の苦しみも描かれるが、シーズン2では、シチリアに伝わるテスタ・ディ・モーロの伝説が伏線となっているのも見事だ。テスタ・ディ・モーロとは、シチリアに伝わる伝説から生まれた人の顔を象った置物で、不義理を働いた外国人の男の首をシチリアの女が切り落とし、ベランダに飾ったというものだ。ホテルの客室や街角など、時折映し出されるテスタ・ディ・モーロが、不穏さを演出するとともに、物語の伏線となっていく。また、シスターフッド要素も見逃せない。搾取される側である娼婦や娼婦と敵対していたホテルのマネージャーが連帯していく姿は、終始ヒリヒリするストーリーのなかのオアシスのように、平穏で幸せな気持ちにさせてくれる。

 当初1シーズンで終了する予定だったという本作だが、あまりの人気の高さにシーズン2が制作され、シーズン3も予定されているという。米VARIETY誌に掲載されたインタビューで監督マイク・ホワイトは「シーズン1のテーマはお金、シーズン2はセックスでした。シーズン3は、死をテーマに東洋の宗教とスピリチュアルを風刺したコメディになる」と語っている。アジアが舞台になるシーズン3の公開が待ち遠しい。

画像: 娼婦のルチアを演じたシモーナ・タバスコ(写真)とミアを演じたベアトリーチェ・グランノも本作でブレイク。キム・カーダシアンのブランドSKIMSのバレンタインコレクションのモデルを務めている © 2023 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and all related programs are the property of Home Box Office, Inc.

娼婦のルチアを演じたシモーナ・タバスコ(写真)とミアを演じたベアトリーチェ・グランノも本作でブレイク。キム・カーダシアンのブランドSKIMSのバレンタインコレクションのモデルを務めている

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『ホワイト・ロータス / 諸事情だらけのリゾートホテル』シーズン1・2
U-NEXTにて見放題で独占配信中
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『一流シェフのファミリーレストラン』

カオスな厨房は社会の縮図、見事なカメラワークも見逃せない
 カーミーはニューヨークの一流レストランでシェフとして働いていたが、サンドイッチ店「ザ・ビーフ」を経営していた兄の死をきっかけに地元シカゴに戻り、店を受け継ぐことに。しかし「ザ・ビーフ」は、これまでカーミーが働いていたNOMAなどの星付きレストランとは異なり、厨房は古く荒れていて、従業員の足並みはバラバラ。包丁を隠されるなどの嫌がらせを受けつつも、カーミーは店をより良くしようと一生懸命格闘していた。そんな中、アメリカで最も権威のある料理学校を卒業し、有名店で経験をつんだシドニーが「ザ・ビーフ」でスーシェフとして働きたいと応募してきた。優秀な彼女だけがカーミーをリスペクトしており、シドニーに助けられながらレストランの改革に乗り出すが、前職でメンタルを傷つけられており、それがトラウマのようにフラッシュバックしてしまう。さらに店には多大な借金があることが判明し、次第に八方塞がりになっていく。

画像: カーミーを演じたジェレミー・アレン・ホワイト(写真右)は、本作でゴールデングローブ・主演男優賞(喜劇/ミュージカル部門)を受賞した。リッチーを『ドロップアウト〜シリコンバレーを騙した女〜』にも出演しているエボン・モス=バクラック(写真左)が演じた © 2023 FX PRODUCTIONS,LLC. ALL RIGHT'S RESERVED.

カーミーを演じたジェレミー・アレン・ホワイト(写真右)は、本作でゴールデングローブ・主演男優賞(喜劇/ミュージカル部門)を受賞した。リッチーを『ドロップアウト〜シリコンバレーを騙した女〜』にも出演しているエボン・モス=バクラック(写真左)が演じた
© 2023 FX PRODUCTIONS,LLC. ALL RIGHT'S RESERVED.

 物語は厨房を舞台に繰り広げられるため、常に人が動き周り怒号が飛び交い、まるでドキュメンタリーを見ているかのように忙しなく、一瞬たりとも目が離せない。ワンカットで撮影されたシーンもあり、カオスと化したキッチンの様子をリアルに描き出す映像は圧巻だ。現実世界でもピークタイムの厨房はまさに戦場で、いかに円滑に作業を進めることができるかが、料理の味を左右してしまう。これまでのやり方を変えたくないティナやリッチー、やる気に満ちて張り切り過ぎてしまうシドニー、一つのことに執着してしまい協調性をなくすマーカスなど、チームはなかなか一つにまとまらない。しかしカーミーはどんな時も彼らに対してリスペクトを忘れないのだ。汚い言葉でダメ出しもするが、前菜担当でも肉担当でも、全員のことを“シェフ”と呼び、常に彼らをリスペクトしている。うまくいった時は褒めて感謝の意を伝えるうちに、徐々に全員がお互いのことを“シェフ”と呼び始め自然と敬意を持って接するようになっていく。

 会社や学校、また家族であっても、それは異なる意見を持った人間の集合体だ。意見の対立があった時、解決できるか否かは、相手に対する敬意があるかどうかにかかっている。本作はそんなリーダーシップや組織論を描いていく。劇中、意外と料理描写は多くないが、シカゴにしかないというイタリア風ビーフ・サンドイッチが食べたくなるのは必至だ。

画像: 原題は『THE BEAR』。カーミーの幼少期の愛称に由来し、カーミーはパワハラの後遺症で熊に襲われる夢を度々見る。連帯感を出すために全員に同じエプロンを身につけさせ、効率化を図るためオーギュスト・エスコフィエが考案したフレンチレストランの指揮系統、ブリガードを導入するなど、レストラン業界のルールを知ることができるのも醍醐味だ © 2023 FX PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHT'S RESERVED.

原題は『THE BEAR』。カーミーの幼少期の愛称に由来し、カーミーはパワハラの後遺症で熊に襲われる夢を度々見る。連帯感を出すために全員に同じエプロンを身につけさせ、効率化を図るためオーギュスト・エスコフィエが考案したフレンチレストランの指揮系統、ブリガードを導入するなど、レストラン業界のルールを知ることができるのも醍醐味だ

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『一流シェフのファミリーレストラン』
ディズニープラスのスターで独占配信中
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『ドロップアウト 〜シリコンバレーを騙した女』

若き天才実業家から詐欺師へと転落していく実話
「ビリオネアになるのが夢」と語り、スタンフォード大学で勉強に励んでいたエリザベス・ホームズ。在学中に一滴の血液から100種類以上もの検査を可能にする小さな血液検査デバイスのアイデアを思いつき、退学してベンチャー企業「セラノス」を起業する。学費を資金に充てるもすぐに底をつき、投資を募ろうと躍起になっていたエリザベス。プレゼンの日、試作機がうまく作動しないことがわかっていたが、別のデータを使い試作機が完成しているように見せかけた。その後もデータを誤魔化し続けるが、若い女性創業者であったエリザベスはネクスト・スティーブ・ジョブズともてはやされ評判だけが独り歩きしていく。しかし内部告発により不正が発覚し、エリザベスは時代の寵児からシリコンバレー随一の詐欺師へと転落する。

画像: 長年エリザベスの親友で恋愛関係にもあったサニー・バルワニ(写真左)の影響で、エリザベス(写真右)は黒のタートルネックのみを着るようになる。経営面だけでなくパーティでの服装や食べる物までコントロールしたという © 2023 DISNEY AND RELATED ENTITIES

長年エリザベスの親友で恋愛関係にもあったサニー・バルワニ(写真左)の影響で、エリザベス(写真右)は黒のタートルネックのみを着るようになる。経営面だけでなくパーティでの服装や食べる物までコントロールしたという

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 実際に起きた事件を扱った本作は、ABCニュースのポッドキャスト『The Dropout』を基に制作された。ほとんどの登場人物が実名で、シリコンバレー最大の詐欺と言われる事件の内実が生々しく描かれる。特にエリザベス・ホームズを演じたアマンダ・サイフリッドの演技は白眉で、エリザベスの低い声や独特な喋り方を見事に再現し、特殊メイクを施したかのように顔が変わって見えてくる。その演技が高く評価され、エミー賞とゴールデングローブ賞のリミテッドシリーズ部門で主演女優賞を受賞した。

 新しい技術で多くの人を救いたいという理念から、なんとしてでも成功したいという思いに取り憑かれ、開発途中のままサービスを実用化。結果多くの一般人に虚偽の検査結果を提供し、健康を脅かすことになってしまう。本来の目的を失っていくエリザベスの罪は重いが、取締役や出資した企業にもその責任はある。また本作からは倫理そっちのけで、情報をいち早く掴んで、ライバルを出し抜きたいというスタートアップの危うさやシリコンバレーの闇が垣間見える。2022年11月18日、カリフォルニア州北部地区連邦地裁はエリザベスに11年3ヶ月の禁固刑を下した。一方相棒であったバルワニに対しては、12年11ヶ月とエリザベスより長い禁固刑を下している。エリザベスはバルワニを虐待で告訴し、セラノスの失敗の責任をバルワニに押し付けようとしているようだ。まだこの事件は終わっていない。

画像: 社外取締役にはレーガン大統領時代に国務長官を務めたジョージ・シュルツ(写真右/演じるのはサム・ウォーターソン)も名を連ねた。皮肉にもセラノスの悪事を暴いたのはその孫であるタイラー・シュルツ(写真左/演じるのはディラン・ミネット)だった © 2023 DISNEY AND RELATED ENTITIES

社外取締役にはレーガン大統領時代に国務長官を務めたジョージ・シュルツ(写真右/演じるのはサム・ウォーターソン)も名を連ねた。皮肉にもセラノスの悪事を暴いたのはその孫であるタイラー・シュルツ(写真左/演じるのはディラン・ミネット)だった

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『ドロップアウト 〜シリコンバレーを騙した女』
ディズニープラスのスターで配信中
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一気に見たい話題のシリーズ 配信作品

『ザ・クラウン』シーズン5

王室メンバーそれぞれの苦悩が浮き彫りに
シーズン4では、チャールズ皇太子とダイアナ妃の出会いから結婚、エリザベス女王とサッチャー首相の軋轢などが描かれたが、1990年代を描くシーズン5では、チャールズとダイアナの冷めきった結婚生活から別居までが描かれる。また、サッチャーに代わり新たに首相に就任したジョン・メージャーは、王室が所有する豪華ヨット、ブリタニア号の修繕費を国が負担することに疑問を呈し、エリザベス女王と対立する。国民はこれまでの君主制に疑問を感じ始め、新しい時代に即した王室のあり方を求め始める。また後にダイアナの恋人となるドディ・アルファイドとその父モハメド・アルファイドがいかに王室と関わりをもつようになったかも描かれている。

画像: ダイアナを『テネット』や『華麗なるギャツビー』に出演したエリザベス・デビッキが、チャールズを『ザ・ワイヤー』のドミニク・ウェストが演じる © NETFLIX

ダイアナを『テネット』や『華麗なるギャツビー』に出演したエリザベス・デビッキが、チャールズを『ザ・ワイヤー』のドミニク・ウェストが演じる
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 シーズン5ではキャストが一新し、前シーズンのキャストが持つ印象もしくは自身の持っている王室メンバーの印象との違いに戸惑うかもしれないが、それは杞憂に終わるだろう。ダイアナを演じたエリザベス・デビッキは容姿がそれほど似ていないにも関わらず、仕草を見事に習得し、まるでダイアナ妃本人が乗り移ったかのような演技を見せる。これまでのシーズン同様、再現性の高い衣装と相まって、新キャストの『ザ・クラウン』に引き込まれるのに時間はかからない。

 本シーズンの主題はチャールズとダイアナの結婚生活だが、他にもフィリップ王配とマウントバッテン伯爵夫人ペニーとの親密な友情や、マーガレット王女とピーター・タウンゼント大佐との再会など、王室メンバーそれぞれの想いが描かれる。とくに、1992年はエリザベス女王が即位40年祝うスピーチで「アナス・ホリビリス(ラテン語で恐ろしい年の意味)」と述べたように、チャールズとダイアナの別居、アン王女の離婚、アンドリュー王子の別居、そしてウィンザー城の火災など、エリザベス女王にとって、イギリス王室にとって辛い年となった。

 またチャールズは、結婚生活だけでなく皇太子という立場でも葛藤していた。一般的に40代半ばといえば働き盛りであるが、自分は待合室に放置された無用のお飾りのようだと自嘲する。ダイアナの暴露本の出版やTV出演、チャールズとカミラ夫人の電話盗聴など、執拗な報道や不確かな情報など徐々に加熱していくメディアの姿勢も問われる本作だが、エリザベス女王を象徴するブリタニア号が退役すると同時に、ダイアナはアルファイド家のクルーザーでバカンスを過ごすという描写は、いかにも英国ドラマらしい皮肉が込められたシーンだ。既にシーズン6で完結すると発表されており、最終シーズンへの期待が高まる。

画像: エリザベス女王をイメルダ・スタウントン、フィリップ王配をジョナサン・プライスが演じる © NETFLIX

エリザベス女王をイメルダ・スタウントン、フィリップ王配をジョナサン・プライスが演じる
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Netflixシリーズ『ザ・クラウン』
シーズン1〜5独占配信中
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『ユンステイ』

パク・ソジュンやチェ・ウシクの寝起き姿も拝めるほのぼのバラエティ
『ユンステイ』は、韓国人俳優として初めてアカデミー助演女優賞を受賞した、ユン・ヨジョンの名を冠したバラエティ番組だ。シリーズとしては3作目で、シーズン1・2は『ユン食堂』というシリーズ名で、インドネシアやスペインの小さな島でユン・ヨジョン自らがキッチンに立ち、他の俳優陣とともに韓国料理を供する食堂を運営するという企画だったが、コロナ禍で海外での撮影が困難に。ということで、韓国国内でこれまでの食堂に宿泊施設を加えたゲストハウスを運営する『ユンステイ』という企画になった。宿泊客は在韓1年未満の外国人で、韓国の伝統的な家屋「韓屋(ハノク)」に滞在し、韓国宮廷料理に舌鼓を打つ。

画像: 韓国伝統料理の作り方や基本の出汁のとり方などが学べ、韓国料理が作りたくなる演出も見事だ © CJ ENM CO., LTD, ALL RIGHTS RESERVED

韓国伝統料理の作り方や基本の出汁のとり方などが学べ、韓国料理が作りたくなる演出も見事だ
© CJ ENM CO., LTD, ALL RIGHTS RESERVED

 本作のみどころは、豪華な俳優陣が七転八倒するドタバタ感だ。『ミナリ』でアカデミー賞を受賞したユン・ヨジョンを筆頭に、数々の時代劇で王や将軍を演じてきたイ・ソジン、『新感染 ファイナル・エクスプレス』、『82年生まれ、キム・ジヨン』のチョン・ユミ、『梨泰院クラス』のパク・ソジュン、『パラサイト 半地下の家族』のチェ・ウシクと、韓国ドラマや映画で一度は見たことがある錚々たる顔ぶれだ。本シリーズから参加したチェ・ウシクは、一番若く新入りということで、ドライバー、ベルボーイ、ウェイターなど何でもこなさなければならず、常に走り回っているし、料理担当のチョン・ユミとパク・ソジュンが、煮えない小豆や牛肉のミンチと格闘する姿にハラハラする。プライベートでも仲が良いパク・ソジュンとチェ・ウシクがチョン・ユミをからかうシーンは抱腹絶倒必至。寝癖で爆発した髪のまま出演するなど、彼らの飾らない自然体に好感がもてる。

 大人気スターたちがこれほどまでに素の姿をさらけ出せるのは、プロデューサーの手腕によるところが大きいだろう。本作を手掛けるのは敏腕プロデューサーのナ・ヨンソク。『三食ごはん』など数々の人気バラエティ番組を製作した超有名PD(韓国ではプロデューサーのことをPDと呼ぶ)で、韓国でもっとも人気のあるPDの一人だ。韓国のスターニュースなどの報道によると、次シーズンはユン・ヨジョンに代わってイ・ソジンの名を冠した『ソジンの家(仮題)』という番組が制作されているとのこと。メキシコで撮影を敢行し、パク・ソジュン、チェ・ウシクの友人であるBTSのVが参加し、2023年春頃公開予定との情報も伝えられている。韓国文化を世界にアピールするとともに、韓国を代表する俳優たちの飾らない姿に親近感を覚えてしまう、韓国エンタメ界の手練さを実感する番組だ。

画像: カナダ出身のチェ・ウシクは外国人ゲストと流暢な英語でコミュニケーションを取る。他の出演者も英語を難なく話し、韓国俳優の層の厚さを実感する © CJ ENM CO., LTD, ALL RIGHTS RESERVED

カナダ出身のチェ・ウシクは外国人ゲストと流暢な英語でコミュニケーションを取る。他の出演者も英語を難なく話し、韓国俳優の層の厚さを実感する
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『ユンステイ』
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『ジ・オファー/ゴッドファーザーに賭けた男』

映画『ゴッドファーザー』が必ず見たくなる!
 不朽の名作である映画『ゴッドファーザー』の製作舞台裏を描いたドラマ。パラマウント・ピクチャーズに入社したてのアルバート・S・ラディは、当時ベストセラーとなっていた小説『ゴッドファーザー』の映画化を任される。しかし、遅々として進まない脚本の執筆、予算におさまらない監督の演出、製作に後ろ向きな上層部からの横槍に加え、映画化に反対するマフィアからの妨害工作など問題は山積み。新米プロデューサーのラディは、助手のベティとともに、なんとしてでも映画を成功させようと奔走するのだが。

画像: 不朽の名作である映画『ゴッドファーザー』の製作舞台裏を描いたドラマ。パラマウント・ピクチャーズに入社したてのアルバート・S・ラディは、当時ベストセラーとなっていた小説『ゴッドファーザー』の映画化を任される。しかし、遅々として進まない脚本の執筆、予算におさまらない監督の演出、製作に後ろ向きな上層部からの横槍に加え、映画化に反対するマフィアからの妨害工作など問題は山積み。新米プロデューサーのラディは、助手のベティとともに、なんとしてでも映画を成功させようと奔走するのだが。

 不朽の名作である映画『ゴッドファーザー』の製作舞台裏を描いたドラマ。パラマウント・ピクチャーズに入社したてのアルバート・S・ラディは、当時ベストセラーとなっていた小説『ゴッドファーザー』の映画化を任される。しかし、遅々として進まない脚本の執筆、予算におさまらない監督の演出、製作に後ろ向きな上層部からの横槍に加え、映画化に反対するマフィアからの妨害工作など問題は山積み。新米プロデューサーのラディは、助手のベティとともに、なんとしてでも映画を成功させようと奔走するのだが。

 誰もが一度は見たことや耳にしたことがある映画『ゴッドファーザー』だが、製作の裏側がこれほどまでにドラマティックで興味深いエピソードにあふれていたとは思いも寄らなかった。本作はアルバート・S・ラディの実体験を元にしているので、描かれる多くの出来事が実際に起きたことで、あの有名シーンは実はこうやって作られていたのかと答え合わせ的に楽しむこともできる。例えば、マイケル・コルレオーネがトイレのタンクに隠された銃を探すシーンに隠された秘密や、馬の首、シチリア撮影など、そうだったのか!と膝を打つ秘話にわくわくする。また、出演者のほとんどが実在の人物だが、彼らがモノマネではなく雰囲気を似せているのも功を奏している。アル・パチーノを演じたアンソニー・イッポリトは、当時のアル・パチーノの非常に神経質で自信のなさを巧妙に表現しているし、マーロン・ブランドにはまったく似ていないジャスティン・チェンバースも、劇中ではブラントつまりヴィト・コルレオーネに見えてくる。またリハーサルシーンは描かれるが、本番は劇中に登場しないのも巧い演出だ。

 とにかく製作の最初から最後まで問題続きだが、ラディはその人柄や機転のきかせ方でどうにか乗り切っていく。監督や美術や出演者など制作スタッフへのリスペクトを忘れず、なんとか実現してあげたいという想いがチームワークとなり、上層部やマフィアまで懐柔してしまう。彼らのひたむきな情熱と信念に、仕事とは本来こうあるべきだと再認識させられるだろう。ドラマ自体も非常によくできているが、映画の面白さを引き出し、もう一度見たいという気持ちにさせるのが素晴らしい。2022年は映画『ゴッドファーザー』が公開されてから50年。ドラマとともに映画も併せて楽しんで欲しい。

画像: 「自分たちのイメージが悪くなる」とマフィアは映画化に猛反対するが、思いも寄らない方法で、ラディは彼らを納得させる © 2022 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

「自分たちのイメージが悪くなる」とマフィアは映画化に猛反対するが、思いも寄らない方法で、ラディは彼らを納得させる
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『ジ・オファー/ゴッドファーザーに賭けた男』
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心を揺さぶる!極上の韓国ドラマ

『Pachinko パチンコ』

祖国を離れなければならなかった、在日韓国人一家の壮大な物語
原作は韓国系アメリカ人、ミン・ジン・リーによる小説で、ニューヨーク・タイムズ紙が発表する2017年のベスト10ブックに選ばれ、オバマ元大統領も推薦した世界的ベストセラー。祖国を離れて日本に移り住んだ韓国人一家を四世代にわたって描いた物語だ。1910年代、日本統治下の朝鮮半島・釜山沖にある影島で暮らすソンジャは、下宿を営む母を支えながら貧しくもたくましく生きていた。そこにハンスという裕福な仲買人が現れ、ふたりは恋に落ちる。ソンジャはハンスの子を身籠るが、実はハンスには妻子がいた。絶望するソンジャだったが、たまたま下宿に滞在していた牧師がソンジャに救いの手を差し伸べ、ふたりは故郷を離れ大阪へと移り住むことになる。

 ドラマはソンジャの成年期、老年期をクロスオーバーさせながら同時進行で描いていく構成で、劇中では韓国語、日本語、英語が飛び交う。成年期のソンジャを新人俳優キム・ミンハ、老年期のソンジャを映画『ミナリ』でアカデミー賞助演女優賞を受賞したユン・ヨジョン、ハンスを韓国版のドラマ『花より男子』でスターダムにのし上がったイ・ミンホが演じるほか、南果歩や玄理、韓国系アメリカ人のジン・ハなどさまざまなバックグラウンドを持つ俳優が多数キャスティングされている。

画像: ソンジャを演じた新人俳優のキム・ミンハは、その圧倒的な演技力で一躍注目の的に。娘であり恋する少女であり、妻であり母親でもある女性を見事に演じ、その姿はユン・ヨジョン演じる老年期のソンジャへと繋がっていく © Apple TV+

ソンジャを演じた新人俳優のキム・ミンハは、その圧倒的な演技力で一躍注目の的に。娘であり恋する少女であり、妻であり母親でもある女性を見事に演じ、その姿はユン・ヨジョン演じる老年期のソンジャへと繋がっていく
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 大御所ユン・ヨジョンや新星キム・ミンハ、演技派としての一面を見せつけたイ・ミンホなど俳優陣の演技力もさることながら、本作はその台詞も丁寧に作られている。例えば、ソンジャの孫であるモーゼスは日本生まれでアメリカからの帰国子女。それゆえ、祖母との会話は韓国語、父親との会話は日本語と韓国語を混ぜて話し、仕事では英語を多用するといったように、台詞を丁寧に吟味することで、3言語が行き交う世界を違和感なく描いている。さらに、Apple TV+の字幕は言語によって色分けされていたりと手が込んでいる。また、1910年代の釜山、1930年代の大阪、1989年の東京/横浜と、3つの時代と3つの場所でドラマが展開していくが、ひっかかる箇所がなく鑑賞できるのは時代考証の賜物といえるだろう。故郷を離れなければならなかった者が味わった、後ろ髪引かれる思いや後悔、とてつもない苦労と差別。それは次の世代の心の奥にも、重くのしかかっていることが表現されている。現代の社会問題にも通ずるようなシーンも描かれているが、同じ過ちを繰り返さないためにも、目を背けず多くの人に見てもらいたい作品だ。

画像: 将来を嘱望されていたハンスだったが、関東大震災で運命が大きく変わりアウトサイダーに。時代ごとに変わっていく服装や街並みも見どころのひとつ © Apple TV+

将来を嘱望されていたハンスだったが、関東大震災で運命が大きく変わりアウトサイダーに。時代ごとに変わっていく服装や街並みも見どころのひとつ
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『Pachinko パチンコ』
Apple TV+にて配信中
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『私たちのブルース』

今の貴方も過去の貴方も、未来の貴方も全部愛してくれる 
 済州島に暮らすウニは、鮮魚店を何軒も経営するやり手女性。彼女の周りにいる人々に焦点を当て、それぞれの人生の苦楽を描いていくオムニバス形式のドラマが『私たちのブルース』だ。エピソード1〜3はウニとその幼馴染ハンスの物語。ウニの初恋の相手ハンスが転勤になり、ソウルから済州島に戻ってくる。ウニは大喜びで迎え入れ、ハンスと楽しい時間を過ごすようになるが、実はハンスにはアメリカに留学している娘がおり、その費用が足りず困っていた。ウニに頼りたいがなかなか言い出せず旅行に誘う。妻帯者と旅行に行くことに戸惑いをみせるウニだったが、ハンスの説得に応じ旅行に出かけ……。ウニを演じるのは映画『パラサイト 半地下の家族』で家政婦役を演じたイ・ジョンウン。ほか、ドラマ『海街チャチャチャ』のシン・ミナ、日本でもおなじみのイ・ビョンホンなどが脇を固める。

画像: 海女のヨンオクと海女船の船長ジョンジュン、定食屋を営むイングォンと鮮魚店に卸す氷業者のホシク、彼らの子供であるヒョンとヨンジュなどにフォーカスしたエピソードなどで構成される

海女のヨンオクと海女船の船長ジョンジュン、定食屋を営むイングォンと鮮魚店に卸す氷業者のホシク、彼らの子供であるヒョンとヨンジュなどにフォーカスしたエピソードなどで構成される

 本作は、『愛の不時着』や『ヴィンチェンツォ』、『海街チャチャチャ』などを手掛けた韓国のドラマ制作会社の最大手であるスタジオドラゴンによるもの。またOST(オリジナル・サウンドトラック)にはBTSのジミンが参加していることなどからも注目を集めている。エピソード毎にふたりの人物にフォーカスするので、主人公が毎回変わっていく。ふたりの間に起こるいざこざや恋愛感情、家族問題などが描かれ、どんな背景をもった人物なのかが徐々につまびらかになっていくので、段々とパズルのピースがはまっていくような感覚があり、つい見続けてしまう。皆それぞれ、様々な事情や触れられたくない過去を抱えているが、問題が起こるたびに済州島に暮らす誰かが助けてくれる。一見誰とも繋がっていないように見えた人も、必ず誰かとどこかで繋がっており、あなたは一人じゃないよと教えてくれるドラマだ。

画像: イ・ビョンホン扮するドンソクは、トラックに青果や鮮魚、日用品を詰め込み、島をめぐり移動販売をしている。そんなドンソクとソナ(シン・ミナ)のストーリーはエピソード9〜11で描かれる

イ・ビョンホン扮するドンソクは、トラックに青果や鮮魚、日用品を詰め込み、島をめぐり移動販売をしている。そんなドンソクとソナ(シン・ミナ)のストーリーはエピソード9〜11で描かれる

Netflixシリーズ『私たちのブルース』
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『39歳』

思いっきり泣けるシスターフッド作品
皮膚科医の院長を務めるミジョ、女優を目指すも挫折し演技指導をしているチャニョン、デパートの化粧品売場に勤めるジュヒの3人は、39歳の独身女性で高校生のときからの親友。うれしいことも悲しいことも3人でともに乗り越えてきた。40歳を目前に、パニック障害に悩まされてきたミジョは、仕事を1年休んでアメリカへ行くことを計画しており、チャニョンは腐れ縁の妻帯者ジンソクとの関係に悩んでいた。ジュヒはこれまで彼氏がいたことがなく、真実の愛を探していた。そんなある日、3人で人間ドックに行くことになり、そこで思いも寄らない問題に直面する。ミジョ役に『愛の不時着』で主人公のユン・セリを演じたソン・イェジン、チャニョンは『賢い医師生活』のチョン・ミドが演じる。

画像: ミジョはキャリア女性らしい華やかな装い、チャニョンはマスキュリンで格好良く、ジュヒは清楚で上品という異なるテイストのファッションも見どころのひとつ

ミジョはキャリア女性らしい華やかな装い、チャニョンはマスキュリンで格好良く、ジュヒは清楚で上品という異なるテイストのファッションも見どころのひとつ

 主演俳優の3人も39歳というリアルさを追求した本作は、涙なしでは見られないヒューマンドラマだ。39歳で人生を大きく変える出来事に直面し、3人はこれからどう生きていくかを真剣に考えるようになる。ミジョは裕福な家庭で育ったが養子で、実の両親を知らず、実母が誰なのかずっと気になっていた。ジュヒは母親ががんを患い大学進学を諦めた過去があり、自分の夢を持つことを我慢してきた。チャニョンは不倫関係を続けてきたジンソクとの関係を終わらせようとする。人生のターニングポイントに立ったとき、一番大切なことは、自分の意志で未来を選択することだと彼女たちは気づき、それに向かって共闘していく。号泣するシーンもある重めのテーマ設定ではあるが、韓国ドラマならではのコメディ感やベタな恋愛シーンもあり、笑いながら泣ける作品になっている。特に、ひとつのエピソード内での食事シーンの多さは群を抜いており、鑑賞時に韓国料理が食べたくなることは必至だ。血がつながっていなくても、友達でも、自分が大切に思う人こそが本当の家族であると教えてくれる。自分の人生を深く掘り下げるきっかけになるドラマだ。

画像: 決して人を責めないミジョの思慮深さに頭が下がるとともに、ミジョの相手役キム・ソヌや他の登場人物がとても優しく、折に触れて涙を誘う

決して人を責めないミジョの思慮深さに頭が下がるとともに、ミジョの相手役キム・ソヌや他の登場人物がとても優しく、折に触れて涙を誘う

Netflixシリーズ『39歳』
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大人が楽しめる話題沸騰の海外ドラマ

『メディア王~華麗なる一族~』

華麗ならざる一族の骨肉の後継者争い
 一代で莫大な財を成したローガン・ロイ(ブライアン・コックス)。テレビ局、新聞社、旅行会社、テーマパークなどさまざまな事業を展開する巨大コングロマリットを経営している。そんな帝国の頂点に君臨するローガンが病に倒れることで、4人の子どもたちによる骨肉の後継者争いがはじまる。外部と手を組み買収を仕掛けたり、父親に取り入ろうと猫なで声を使ったり、兄弟を失脚させるために暗躍したりと、金、地位、権力を巡る欲望むき出しの相続争いを描いていく。

画像: 父親のローガン・ロイは、FOXチャンネルやウォール・ストリート・ジャーナルなどを経営する巨大メディア企業の創設者であるルパート・マードックをモデルにしているとも言われている © 2022 HOME BOX OFFICE, INC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO® AND ALL RELATED PROGRAMS ARE THE PROPERTY OF HOME BOX OFFICE,INC.

父親のローガン・ロイは、FOXチャンネルやウォール・ストリート・ジャーナルなどを経営する巨大メディア企業の創設者であるルパート・マードックをモデルにしているとも言われている
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「メディア王」というタイトルからもわかるように、本作は現代版の「リア王」とも評されている。もし彼らが現実世界にいたら、大嫌いになってしまいそうなキャラクターばかりなのだが、なぜかぐいぐい引き込まれてしまう。長男のコナーは浮世離れしていて間抜けだし、次男ケンダルは最もまともに見えるが、いざというところでいつもミスをする。三男ローマンは、ソーシャル力しかない、経営の知識ゼロのおちゃらけキャラ。唯一の娘であるシヴォーンは一見政治力に長けているようだが、夫からしてどうもいけ好かない。シヴォーンの夫のトムやローガンの大甥のグレッグなど、脇を固める強烈な個性のキャラクターも本作の魅力のひとつだ。

画像: 本国版のタイトルである『Succession(サクセッション)』は相続や継承者という意味を表す © 2022 HOME BOX OFFICE, INC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO® AND ALL RELATED PROGRAMS ARE THE PROPERTY OF HOME BOX OFFICE, INC.

本国版のタイトルである『Succession(サクセッション)』は相続や継承者という意味を表す
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 そもそも父親であるローガンが子どもたちのことを全く信用しておらず、たとえ争っていても家族なのだから……、といったドラマにありがちな展開がないところも、むしろ清々しい。序盤はどのキャラクターにも肩入れすることができずイライラしっぱなしなのだが、次第に手段を選ばず無我夢中で画策する彼らを応援してしまう。2020年のエミー賞ではシーズン2が「作品賞ドラマシリーズ部門」を受賞している本作。果たして誰が後継者になるのか。今後も続いていく大作になる予感がするので、シーズン3が今年2月に配信開始されたこのタイミングで追いついておくのが得策だ。

画像: プライベートジェットやクルーザーなど、豪華なバカンスシーンも見どころのひとつ © 2022 HOME BOX OFFICE, INC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO® AND ALL RELATED PROGRAMS ARE THE PROPERTY OF HOME BOX OFFICE, INC.

プライベートジェットやクルーザーなど、豪華なバカンスシーンも見どころのひとつ
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『メディア王~華麗なる一族~』
シーズン1〜3がU-NEXTにて見放題で独占配信中
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『ユーフォリア/EUPHORIA』

ソーシャルメディア時代の若者の苦悩を耽美に描く
『ユーフォリア』はZ世代が主役のドラマだ。主人公のルー(ゼンデイヤ)は17歳で、幼い頃から不安障害を抱え、それが原因でドラッグ中毒に陥ってしまう。何度リハビリしても、ドラッグで得られる一瞬の多幸感(=ユーフォリア)を求めて元に戻ってしまう生活を送っていた。そんなルーが通う高校にトランスジェンダーのジュールズ(ハンター・シェーファー)が転校してくる。一筋縄ではいかない複雑な事情を抱えた二人は親友になっていく。そんな二人を中心として、時には大人を巻き込みながらドラッグ、セクシュアリティ、暴力、出会い系、SNSといった現代の若者たちを取り巻くさまざまな苦悩を描く。

画像: シーズン1は『ゲーム・オブ・スローンズ』に次ぐHBO史上2番目に最も視聴されたシリーズとなった © 2022 HOME BOX OFFICE, INC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO® AND ALL RELATED PROGRAMS ARE THE PROPERTY OF HOME BOX OFFICE, INC.

シーズン1は『ゲーム・オブ・スローンズ』に次ぐHBO史上2番目に最も視聴されたシリーズとなった
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 ディズニーチャンネル出身で明るい優等生子役のイメージが強かったゼンデイヤは、この作品で演技派俳優としての地位を確立した。少年のようなスラリとした体躯を生かして、ドラッグ中毒に悩む女子高生のダークサイドを見事に演じ、エミー賞主演女優賞を最年少で受賞。また、この作品は、ジュールズがトランスジェンダーであるということを特段強調することなく自然に描いているところも注目すべき点だ。ジュールズ役のハンター・シェーファーは現実世界でもトランスジェンダーで、この当事者キャスティングが本作の魅力を深化させているのは言うまでもない。シェーファーのまるで妖精のようなファッションやメイクが音楽と相まって、視聴者も幻想的なユーフォリアに包まれる。

画像: モデルやLGBTQの活動家として活躍してきたハンター・シェーファーは本作で俳優デビュー。初演とは思えない感情が揺さぶられる見事な演技で、存在感を見せつけた © 2022 HOME BOX OFFICE, INC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO® AND ALL RELATED PROGRAMS ARE THE PROPERTY OF HOME BOX OFFICE, INC.

モデルやLGBTQの活動家として活躍してきたハンター・シェーファーは本作で俳優デビュー。初演とは思えない感情が揺さぶられる見事な演技で、存在感を見せつけた
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 本作はHBOがA24(注目を浴びる映画制作・配給会社)とタッグを組み、製作総指揮はラッパーのドレイクが務めている。A24ならではの、叙情的でまるでミュージックビデオのようなキラキラした詩的な映像で構成されており、それは本作においてある意味“救い”となっている。というのも、登場人物はティーンだが決して明るいだけの作品ではなく、内容は深く哀しく、見ていて心が痛くなるシーンもある。そんなダークな内容をスタイリッシュな映像とビリー・アイリッシュ、BTS、ドレイク、リル・ウェイン、NAS、Lizzo、メーガン・ザ・スタリオンといった今を生きるアーティストたちの楽曲が癒やしてくれる。人生には正解がない。それでも自分が信じた道へ傷つきながら進んでいく若者たちの決断に、最高のカタルシスを味わえるだろう。4月22日よりシーズン2が配信されたばかりの絶好のタイミングにぜひ。

画像: ゼンデイヤやハンター・シェーファーの他、シドニー・スウィーニー、ジェイコブ・エロルディ、アレクサ・デミー、アンガス・クラウド、バービー・フェレイラなど今をときめくZ世代俳優が勢揃いする © 2022 HOME BOX OFFICE, INC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO® AND ALL RELATED PROGRAMS ARE THE PROPERTY OF HOME BOX OFFICE, INC.

ゼンデイヤやハンター・シェーファーの他、シドニー・スウィーニー、ジェイコブ・エロルディ、アレクサ・デミー、アンガス・クラウド、バービー・フェレイラなど今をときめくZ世代俳優が勢揃いする
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『ユーフォリア/EUPHORIA』
シーズン1/2がU-NEXTにて見放題で独占配信中
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『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』

時代に合った理想のリーダー像を描く 
 アメリカ、カンザス州出身で大学アメフトのコーチをしていたテッド・ラッソ(ジェイソン・サダイキス)は、サッカーのルールを知らないにもかかわらず、とある理由でイギリスのプロサッカーチームの監督をすることに。未経験の監督を小バカにする選手たちや不信感しか持たない地元ファンを前に、ラッソ監督は悪戦苦闘しながらも常に明るくポジティブな姿勢で問題を解決し、徐々にチームや地元民の心を掴んでいく。キャストは『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』にも出演し、本作でゴールデン・グローブ賞を受賞したジェイソン・サダイキスや『ゲーム・オブ・スローンズ』でセプタ役を怪演したハンナ・ワディンガムなど。

画像: 2021年のエミー賞で「作品賞コメディシリーズ部門」など合計7賞を獲得した本作。面白さは折り紙付き ©APPLE TV+

2021年のエミー賞で「作品賞コメディシリーズ部門」など合計7賞を獲得した本作。面白さは折り紙付き
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 このドラマの最も魅力的な点はテッド・ラッソ監督の人間性だ。オヤジギャグばかり言う陽気なアメリカのおじさんかと思いきや、実に懐の深い人物。そもそもサッカーのルールを知らないにも関わらず、監督のオファーを受けたこともふざけているのだが、冗談を言う傍らで、選手やチームスタッフ一人ひとりをしっかり見ており、折に触れて的確なアドバイスをする。サッカーのルールを知らないラッソ監督に、選手は不信感を抱き、当然最初は試合に勝つことができない。だが、監督が意見箱を設け、シャワーの水圧が弱いといった小さな問題から一つ一つ解決していくことで、徐々に信頼を得て、チームの団結力が高まっていく。つまりリーダーに必要なのは経験や知識ではなくて、誠意と行動力なのだ。

画像: 従来のドラマでは敵対しがちな妙齢のバリキャリ女性と若いモデル女子が、恋愛やキャリアの悩みで見事に支え合うシスターフッド要素にも心が温まる ©APPLE TV+

従来のドラマでは敵対しがちな妙齢のバリキャリ女性と若いモデル女子が、恋愛やキャリアの悩みで見事に支え合うシスターフッド要素にも心が温まる
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 ラッソ監督の影響で、鼻につくスター選手も品位に欠ける大金持ちの元チームオーナーも、だんだんと良い人へと変わっていき最後にはホロリとさせられる。とはいえ、善人ばかりで退屈するなんてことはなく、緩急をつけた演出も非常に巧妙だ。例えば、ラッソ監督が、スポーツ業界のおかしな慣例やちょっと気取ったイギリス文化を「紅茶って茶色いただのお湯じゃん」といったようにズバズバと突っ込んでいくところは実に痛快。ユーモアたっぷりなのに心温まり、見終わるとすっきり爽快感があるドラマなのだ。軽妙な会話が決め手なので吹き替えで見るのもおすすめ。目下シーズン3の撮影中とのことなので、今後の展開に期待が高まる。

画像: 一話30分程度と、昨今のドラマのなかでは短めなので、つい次から次へと続けて見てしまう ©APPLE TV+

一話30分程度と、昨今のドラマのなかでは短めなので、つい次から次へと続けて見てしまう
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『テッド・ラッソ: 破天荒コーチがゆく』
Apple TV+にてシーズン1/2が配信中
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動画視聴はこちら 

3作品はすべて2022年4月28日時点での配信作品です

『ストレンジャー・シングス 未知の世界』

80年代カルチャーが詰まったSF作品
『ストレンジャー・シングス 未知の世界』は2016年に配信が開始され、これまで3シーズン公開されており、待望のシーズン4が5/27に配信開始された。

 舞台は1980年代のインディアナ州郊外の田舎町ホーキンス。マイク、ダスティン、ルーカス、ウィルの4人は親友で、その日もいつものようにマイクの家でゲームに興じていた。夜も遅くなり家路に着くことにしたが、ウィルは得体のしれない何かに遭遇し、姿を消してしまう。仲間たちや警察は行方不明になったウィルの捜索を始めると同時に、街には坊主頭の謎の少女が現れる。少女を保護しようとするが、彼女は超能力を使い逃走。またホーキンスにある研究所では不審な研究が行われていたことが判明し……。という展開でシーズン1が始まり、“得体のしれない何か”やウィルが連れ込まれた“裏の世界”と対峙していくSFアドベンチャー作品であり、青春群像劇だ。

画像: 本作は、エミー賞、ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞、アメリカ映画協会年間TVトップ10など、数々の賞で65以上の受賞を果たしており、Netflixでもっとも人気のあるTV番組のTOP10リストで2位にランクインしている © NETFLIX

本作は、エミー賞、ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞、アメリカ映画協会年間TVトップ10など、数々の賞で65以上の受賞を果たしており、Netflixでもっとも人気のあるTV番組のTOP10リストで2位にランクインしている
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 手に汗握る先の読めないストーリー展開もさることながら、劇中のファッションや音楽など、鮮やかな‘80年代のポップカルチャーに触れられるのも本作の見どころでもある。また、数々の名作映画をオマージュしていたり、劇中の映画館で上映されたりする演出にも心がくすぐられる。例えば、『グーニーズ』や『ゴースト・バスターズ』に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『ネバーエンディング・ストーリー』など、往年の映画を知る大人には懐かしく、若者には新鮮で、世代を問わず支持を集めている。

 シーズン毎にどんどん大人になっていく子役俳優たちの成長も楽しみの一つである。シーズン1ではまだ幼かった彼らが、現実世界でも成長し、回を重ねる度にしっかりした顔つきになっていくのを見られるのも本作の醍醐味だ。シーズンを追うごとに、関わる人物や組織などのスケールが大きくなっていき、シーズン4は一体どうなるのか。高校生になった主人公たちの立ち回りが楽しみだ。

画像: シーズン4では、初めて離れ離れになってしまった仲間たちが、新たに起こる超常現象に対峙していく。“裏の世界”の恐怖に終止符を打つことができるのか © NETFLIX

シーズン4では、初めて離れ離れになってしまった仲間たちが、新たに起こる超常現象に対峙していく。“裏の世界”の恐怖に終止符を打つことができるのか
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『ストレンジャー・シングス』
Netflixシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』
シーズン1〜4独占配信中
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動画視聴はこちら](https://www.netflix.com/title/80057281)

『アンブレラ・アカデミー』

気負わず楽しめる新感覚スーパーヒーロー作品
1989年10月1日、妊娠していなかった女性43人が突如出産するという事象が世界各地で同時に起きた。資産家のハーグリーブス卿は、こうして生まれたこども7人を養子として迎え「アンブレラ・アカデミー」を設立し、子どもたちの特殊能力を開花させていく。彼らはナンバー1〜7と呼ばれ、怪力や空間移動などの特殊能力を発揮するが、ナンバー7のヴァーニャだけは特殊能力をもたなかった。ナンバー1〜6はハーグリーブス卿の指示の下、その能力を活かし、銀行強盗などの事件を解決して街のヒーローになる。その後大人になった彼らは、離れ離れになって暮らしていたがハーグリーブス卿の死の知らせを受け再び集合すると、なぜかナンバー5だけが13歳の姿のままだった。彼は未来に行っていたと言い、8日後に世界が滅亡すると告げる。ナンバー5を追う殺し屋や謎の委員会が現れ、果たして彼らは世界の滅亡を止めることができるのか。2019年にシーズン1、2020年にシーズン2が公開され、満を持してシーズン3が6/22に配信された。

画像: 出演は、ナンバー5役にエイダン・ギャラガー、ヴァーニャ役(シーズン3から役名がヴィクター)に『JUNO』や『インセプション』のエリオット・ペイジ、ルーサー役に『ゲーム・オブ・スローンズ』のトム・ホッパー、ヴィランのチャチャ役にR&Bシンガーのメアリー・J・ブライジらが名を連ねる ©CHRISTOS KALOHORIDIS/NETFLIX

出演は、ナンバー5役にエイダン・ギャラガー、ヴァーニャ役(シーズン3から役名がヴィクター)に『JUNO』や『インセプション』のエリオット・ペイジ、ルーサー役に『ゲーム・オブ・スローンズ』のトム・ホッパー、ヴィランのチャチャ役にR&Bシンガーのメアリー・J・ブライジらが名を連ねる
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 アメリカの3大コミック出版社といえば、アベンジャーズシリーズで知られる「マーベル・コミック」、バットマンシリーズの「DCコミックス」、そしてこの『アンブレラ・アカデミー』を刊行している「ダークホースコミックス」だ。本作はコミックが原作ながら、典型的なスーパーヒーローものとは一線を画する。

 まず、キャラメイクがアメコミ然としておらず非常にスタイリッシュ。言葉を話すチンパンジーや頭部が水槽の人間など架空のキャラクターもどこかリアルで、ファンタジーと現実世界をうまくつないでいる。また世界を救うというジャンルものではあるが、崩壊した家族の物語でもある。養子という複雑な兄弟関係を描いた家族ドラマがベースで、そこにタイムトラベルやミステリーの要素が加わってくる。そして、登場人物も踊りだしてしまうダンサブルなサウンドトラックの存在も魅力のひとつ。「ふたりの世界(I Think We’re Alone Now)」(ティファニー)や「ドント・ストップ・ミー・ナウ」(クイーン)、コミック原作者による「冬の散歩道」(サイモン&ガーファンクル)のカヴァー(原作者のジェラルド・ウェイはマイ・ケミカル・ロマンスというバンドでボーカルを務めていたミュージシャン)などが、物語を効果的に盛り上げる。

 また、ヴァーニャ役のエリオット・ペイジは2020年の12月にカミングアウトし、名前をエレン・ペイジからエリオット・ペイジへと変更した。それに伴い本作のヴァーニャも、シーズン3が展開していく中で役名がヴィクターへと変更されている。このような多様性に配慮したプロセスも、ファンを魅了する一因となっている。

 世界の滅亡を阻止しなければならないのに、どこか緊張感がなくシュールなところが不思議な魅力の本作。新感覚のスーパーヒーロー『アンブレラ・アカデミー』は誰もが気軽に楽しめる作品となっている。

画像: 原作コミックは、漫画界のアカデミー賞ともいわれているウィル・アイズナー漫画業界賞を受賞した人気作 ©NETFLIX

原作コミックは、漫画界のアカデミー賞ともいわれているウィル・アイズナー漫画業界賞を受賞した人気作
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Netflixシリーズ『アンブレラ・アカデミー』
独占配信中
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『ザ・ボーイズ』

ヒーローが正義の味方とは限らない!悪のヒーローとの闘いを描く
 こちらの作品も原作は同名のアメリカンコミック。巨大企業「ヴォート」は、特殊能力のあるスーパーヒーローを雇用し、人命救助や凶悪事件の解決を請け負う傍ら、グッズ販売や映画製作などのコンテンツビジネスで巨万の富を築いていた。ヴォートに所属するヒーロー7人は“セブン”と呼ばれ人々から慕われていたが、一方でヒーローの行動に懐疑的な人々もいた。彼らはヒーローの無謀な破壊行動によって家族を失ったり、傲慢な態度を目の当たりにしていた。実はこのセブン、人気や金のためなら悪事にも手を染める、欲と名声に溺れたヒーローなのだ。そこで彼らの暴挙のせいで家族を失った特殊能力をもたない一般市民が“ザ・ボーイズ”を結成し、ヒーローの真の姿とヴォート社の陰謀を暴こうとするのだが……。

画像: セブンのリーダーであるホームランダー。筋肉を強調したコスチュームや金髪に染めたヘアスタイルなど、胡散臭さを漂わせるキャラメイクが実に巧妙だ ©AMAZON STUDIOS

セブンのリーダーであるホームランダー。筋肉を強調したコスチュームや金髪に染めたヘアスタイルなど、胡散臭さを漂わせるキャラメイクが実に巧妙だ
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 これまでは、ヒーローは清廉潔白、ヒーロー映画/ドラマは勧善懲悪というのが一般的だったが、昨今は、ヒーローだって間違いを犯すことはある、といったように人間味をもたせる作品が増えている。そして本作はその究極版で、正義の味方だと思っていたヒーローが実は人類最大の脅威、という設定だ。

 腐敗したヒーローと企業 vs. アウトローな一般人という構図は、まるで現実の世界を強烈に皮肉っているかのようだ。今回のヒーローは世の中を良くしようという気はなく、自分たちの利益しか考えていないため、その横暴な行動により多くの命が犠牲になる。まるで自分のプライドのために、市民の命を犠牲にしている政治家のようだ。ヒーローが権力や名声を利用し、弱者にセクハラを迫るシーンは思わず目を背けたくなる。一方で、ザ・ボーイズの面々も品行方正ではなく汚い手を使うこともある。つまりこの作品内には、完璧な正義の味方というものは存在しないのだ。もしかしたらそれは現実でも同じなのかもしれない。

 シニカルなユーモアとダークなファンタジーを融合させた本作は、大人のためのヒーロー作品。R-18指定で、グロテスクな描写や過激な暴力表現も含まれるので鑑賞にはご注意を。

画像: スターライト(写真右)は、セブンに所属しながらも彼らの行動に疑問を感じており、徐々にザ・ボーイズに協力するようになる ©AMAZON STUDIOS

スターライト(写真右)は、セブンに所属しながらも彼らの行動に疑問を感じており、徐々にザ・ボーイズに協力するようになる
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『ザ・ボーイズ』
シーズン1〜3Prime Videoで独占配信中
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*今回紹介している3作品の配信状況は、すベて2022年8月25日時点のものです。

韓国人俳優ソン・ソックが出演する見逃せない作品

『私の解放日誌』

空虚な日常からの解放を描く
 ヨム・ミジョンは3兄弟の末っ子で、姉のギジョン、兄のチャンヒ、小さな工場を営む兼業農家の両親とともにソウルの郊外で暮らしている。3人ともバスと電車を乗り継ぎ片道1時間半をかけてソウルに通勤し、休日は農業を手伝うという毎日に疲れ果てていた。そんな一家の元に、クと名乗る男(ソン・ソック)が現れ父親の工場で働き始める。一家の隣に住むクは、たびたびヨム家と食事をともにするが、言葉を交わすことはなく下の名前すら名乗らない。だが、ミジョンはある事情で、クに頼らざるを得なくなり、少しずつコミュニケーションを取るように。不幸ではないけれど幸せでもない日々。生きる意味がわからず、このままだと息が詰まりそうと感じたミジョンは、自分を解き放つために解放日誌をつけ始め、クと不思議な関係を築き始める。

画像: 脚本は『マイ ディア ミスター 〜私のおじさん〜』のパク・ヘヨン。ミジョン(写真中央)を演じるのは『太陽の末裔』で注目されたキム・ジウォン ©NETFLIX

脚本は『マイ ディア ミスター 〜私のおじさん〜』のパク・ヘヨン。ミジョン(写真中央)を演じるのは『太陽の末裔』で注目されたキム・ジウォン
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 ミジョンは会社でも家族といても物静か。口を開けば文句を言う兄弟や母親とは正反対の性格で、その姿からは人生への諦めすら感じる。「あらゆる人間関係が労働のように感じ、心から好きな人がいない。家族ですら嫌なところがある」と語るミジョンだが、そんな毎日を変えようと、ある時解放日誌に「好きな人を作ってみようと思う。その人の言動にいちいち心を乱されることなく、ただ単に好きになってみようと思う」と書き綴る。そして彼女は突然クに「わたしをあがめて」という。「わたしは満たされたことがない。だからわたしをあがめて満たして」と。最初は、ミジョンの言う「あがめる」が一体どういうことなのか理解できなかったが、物語が進むにつれ、彼女の言う「あがめる」とは、容姿や経歴や言動などに影響されることなく、ただその人に寄り添い続けることなのではないかと思った。ミジョンは、酒浸りのクに飲むのをやめろとは言わないし、彼の過去も聞かない。どこかに行ってしまっても追いかけないという。クもミジョンの話に意見を言うこともなくただ聞き続ける。恋人とも友達とも異なる関係のふたりは、互いに依存することなく、でもお互いを補完していくことで、辛い日々から徐々に解放されていく。

 本作でソン・ソックが演じたクは、物語前半は言葉少なくその佇まいや目線で魅せていくが、後半になると暴力性や色気、危険な香りをまとい人格がガラッと変わる。だが、ミジョンといる時だけは以前の飾らないクに戻り、その二面性ある見事な演技力に感心する。登場人物たちが、自分自身と自分を取り巻くすべての抑圧からの解放されていく過程を丁寧に描いた本作は、哲学的で詩のような言葉使いや、多くを語らずいい意味で不親切なストーリー展開が、多くの韓国ドラマとは一線を画す。派手さはないものの、滋味深い味わいがあり、解釈の仕方は観る人それぞれで異なるだろう。現代人の心の隙間にすっと入り込む魔性の魅力を秘めた『私の解放日誌』は、間違いなくソン・ソックを代表する作品になるはずだ。

画像: 駅や会社でミジョンを待つ所在なげなクや「ヨム・ミジョン!」と大声で叫ぶクの姿は萌えポイント ©NETFLIX

駅や会社でミジョンを待つ所在なげなクや「ヨム・ミジョン!」と大声で叫ぶクの姿は萌えポイント
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Netflixシリーズ『私の解放日誌』
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『D.P. -脱走兵追跡官-』

ホモソーシャルにより生じる生きづらさに斬り込む
 兵役義務を全うするため軍に入隊したアン・ジュノ。入隊早々「顔が気に入らない」と先輩にケチを付けられ、厳しい上下関係の洗礼を受けそうになるが、すんでのところで難を逃れ、「D.P.」に配属される。D.P.とは「Deserter Pursuit」の略で、韓国軍に実際にある部隊。軍隊から脱走した兵を見つけ、無事に連れて帰ることが任務だ。アン・ジュノは先輩のハン・ホユルと二人で街へ出て脱走兵を探すが、そこには脱走するに至ったさまざまな事情が垣間見える。金銭問題や家族の介護、そして壮絶なイジメを苦に脱走した兵士たち。彼らの本心を知り、複雑な心境のなか任務にあたっていくアン・ジュノだが……。

画像: 原作はWEB漫画で、原作者の実体験が元になっている。アン・ジュノ(写真手前)を演じるのは『スノードロップ』でBLACKPINKのジスと共演したチョン・ヘイン ©NETFLIX

原作はWEB漫画で、原作者の実体験が元になっている。アン・ジュノ(写真手前)を演じるのは『スノードロップ』でBLACKPINKのジスと共演したチョン・ヘイン
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 探偵もののようにテンポよく展開していくストーリーだが、背景にチラつくのはホモソーシャル社会が生み出した歪みだ。特に軍隊という場では、体格が良い者や権力をもつ者が上に立ちやすい状況にある。集団生活により強い同調圧力が生まれ、少数派は力で押さえつけられてしまう。入隊するまでは漫画学校の先生として、生徒たちから絶大な人気のあったソクポンが、軍隊では馬鹿にされ凄惨なイジメを受ける。心優しい彼が豹変していく様に胸が締めつけられる。また彼らを指導する立場の上層部は、自分の出世に響く問題は隠蔽しようとし、その上の長官は警察と手柄を巡って無意味な対立をしている。マチズモによりすべての歯車が噛み合わず、皆が生きづらさを感じてしまっている。言うまでもなく、これは韓国軍隊に限った問題ではない。会社や学校、家族内であっても起こりうることだ。こういった社会の闇にスポットライトを当てた作品を通じて、皆が生きやすい社会に少しでも変わっていくことに期待したい。

画像: ソン・ソックは大尉のイム・ジソプを好演。上官の顔色をうかがい同僚をライバル視するいけ好かない人物かと思いきや……。先ごろシーズン2の主要キャストが披露され、ソン・ソックも出演することが発表された ©NETFLIX

ソン・ソックは大尉のイム・ジソプを好演。上官の顔色をうかがい同僚をライバル視するいけ好かない人物かと思いきや……。先ごろシーズン2の主要キャストが披露され、ソン・ソックも出演することが発表された
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Netflixシリーズ『D.P. -脱走兵追跡官-』
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レジリエンスを高めてくれる必見のドキュメンタリー作品

『ジャネット・ジャクソン 私の全て』

父や兄との関係、秘められた結婚生活などの半生を語る衝撃作
 言わずと知れた音楽一家ジャクソン・ファミリーの末っ子として、幼い頃から歌手や俳優活動をしていたジャネット。成長するにつれ自立を望み、ある驚きの手段を用いて父親の元を去る。ジャクソンという名前から離れたかったジャネットは、自分の意志で人生を歩むという決意の表れでもあるアルバム『コントロール』を発表する。4枚目のアルバム『リズム・ネイション1814』でスターの地位を確立し、映画に初主演も果たし、着実にキャリアを築いていくが、兄のマイケルにおきたスキャンダルで、彼女にも火の粉が降りかかる。その後ジャスティン・ティンバーレイクと出演したスーパーボウルでの事件や、兄マイケルの死、父の他界など様々な悲劇がジャネットを襲う。一方で50歳にして子供を授かり、新たなチャプターを歩み始める。

画像: 本作はジャネット・ジャクソンが所蔵する7000本の秘蔵ビデオテープなどを元に製作された。兄マイケルと「スリラー」の曲作りをするシーンはファンならずとも一見の価値ある貴重な映像だ ©JANET JACKSON

本作はジャネット・ジャクソンが所蔵する7000本の秘蔵ビデオテープなどを元に製作された。兄マイケルと「スリラー」の曲作りをするシーンはファンならずとも一見の価値ある貴重な映像だ
©JANET JACKSON

 前述したジェニファー・ロペスの情熱的でパワフルなトーンとは対照的に、ジャネットは非常に物静かで落ち着いた佇まいで自らの半生を振り返る。彼女はとてもシャイでこれまで自身について多くを語ってこなかったが、知らない誰かに勝手に語られるのではなく、本当の自分を知って欲しいという決意を元に本作は作られたという。決して声を荒げたり大きな声で叫ぶことはないが、心の奥に確固たる信念を秘めたシンガーであるジャネット・ジャクソン。その意志の強さは、初めて彼女が自らの手で作ったアルバム『コントロール』からも如実に見て取れる。それまでの2作のアルバムは父に指示されたままただ歌うだけで、アルバムジャケットの写真選びもさせてもらえなかった。そんな彼女が自我に目覚め、自立していく過程そのものが「コントロール」だ。誰の言いなりにもならず自分の意志で人生をコントロールしていく、いわば家父長制的なものにNOを突きつけた作品で、アルバムタイトルと同名のシングル曲冒頭の語り「This is story about control」に彼女の揺るぎない決意が象徴されている。これまで何気なく聴いていた曲が、10代の少女がこれほどまでに強い意志を持って作ったものだと知り、ただただ驚いた。ちなみにこの「コントロール」は映画『ハスラーズ』のオープニング曲として使われており、「This is story about control」という言葉は主人公の人生を象徴する台詞となっている。

 ジャネットの曲は社会的・政治的なメッセージソングが多い。ダンサブルでポップな見せ方により説教臭さは皆無だが、歌詞を紐解くと人種や国籍を超えるということ、女性として生きていくこと、ドメスティック・バイオレンスやメンタルへスルスなどのテーマに果敢に挑んでいることがわかる。本作ではスターファミリーに生まれたことによる苦しみや黒人女性ゆえの苦労、結婚秘話などを、言葉を選びながら時に涙を流し丁寧に語っていくが、50歳で授かった子供のことを語る際の満面の笑顔は印象的だ。デビュー40周年を迎えたジャネット・ジャクソンが‘80年代から訴え続けてきた人種や性差別に対して、世の中は良い方向に進んでいるだろうか。今一度ジャネットの曲を深堀りして、彼女の想いや訴えに考えを巡らせたい。

画像: 2019年に晴れてロックの殿堂入りを果たしたジャネット。その際に祝福スピーチをしたジャネール・モネイやマライア・キャリー、サミュエル・L・ジャクソン、クエストラブなどによるジャネットの功績を称えるコメントも作品の深みを増している ©JANET JACKSON

2019年に晴れてロックの殿堂入りを果たしたジャネット。その際に祝福スピーチをしたジャネール・モネイやマライア・キャリー、サミュエル・L・ジャクソン、クエストラブなどによるジャネットの功績を称えるコメントも作品の深みを増している
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『ジャネット・ジャクソン 私の全て』
Prime Video、U-NEXTなど各種動画配信サイトで配信中
シリーズ全4話
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『リゾのビッグスター発掘 シーズン1』

底抜けに明るく自己肯定感を高めてくれる
本作はR&Bシンガーでラッパーであるリゾが、自身のライブでパフォーマンスをするビッグガールと呼ばれるプラスサイズのダンサーを発掘するオーディション番組。出場者はラグジュアリーな宿舎で共同生活をし、毎週出される課題をこなしていく。通常のオーディション番組は、予め合格者の人数が決まっていて、生き残ることを目指すというルールのものが多いが、『リゾのビッグスター発掘』では、合格者の人数は設定されない。もしかしたら全員合格するかもしれないし、全員不合格かもしれない。自分がビッグガールに値する人物かどうかを証明していく過程を描く。ダンスの技術はもちろん、新しいことに挑戦する勇気や、仲間との協調性、クリエイティビティなどをリゾに見せていく。身体が大きいことで人の体型や外見などを批判したり馬鹿にしたりするボディシェイミングを受けてきたリゾや出場者たちの言葉から、自分自身を受け入れ愛することの大切さを学べるリアリティ番組だ。

画像: リゾ(写真左)はJ.Loが出演し、ジャネット・ジャクソンの曲がオープニングに使われた映画『ハスラーズ』に出演し、ストリッパー役で俳優デビューした ©AMAZON STUDIOS

リゾ(写真左)はJ.Loが出演し、ジャネット・ジャクソンの曲がオープニングに使われた映画『ハスラーズ』に出演し、ストリッパー役で俳優デビューした
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 番組内では毎回2つの賞が発表される。最も上手くパフォーマンスした人に贈られる賞ともう一つ、ジュース賞という賞がある。ジュース賞は、たとえ失敗したとしても果敢に挑戦した勇気ある人に贈られる賞で、必ずしも振付けを完璧にこなした人だけが称賛されるのではないところが本作のポジティビティを象徴している。ダンスの先生も、「あなたのことを注意するのは、ダメだからじゃない。あなたがもっとできることを知っているから」と指導する。そこにネガティブな感情はなく、ひたすらに自己肯定感を高めていくのが心地よい。出場者の年齢やバックグラウンドはさまざまで、通常のオーディション番組は高校生や大学生、時には中学生などの若い出場者で構成されるものが多いが、本作の出場者は30代の出場者もいれば、2児の母もいるし、黒人もアジア人とのミックスやトランス女性もいて、誰にでもチャンスがあることを教えてくれる。セルライトがあろうがお腹が出ていようが、自分が着たい服、自分が輝ける服を自信を持って着ている姿がとてもキュート。そんなポジティブな彼女たちだが、身体が大きいことで謂れのない理不尽な言葉を投げかけられた経験は一度や二度ではない。リゾはそんな彼女たちが目標に向かって安心して、存分に努力できる環境を与え、これまでの道のりを称えるためにこの番組を企画したという。

 ボディポジティブのアイコンでセルフラブの権化、いつも底抜けに明るいリゾ自身も、激しいボディシェイミングを受け、一時期は活動休止に追い込まれたこともあった。自分自身を受け入れることができるようになったのはここ数年のことで、今でもたびたび自己嫌悪に陥ることもあると番組内で涙を流しながら語る。それでも自身のコンプレックスを乗り越え、身体が大きいことが理由でダンサーという夢を諦めた女性たちに活躍するチャンスを与えたリゾの功績は絶大だ。『リゾのビッグスター発掘』はエピソードごとに名言が飛び出し、ユーモアたっぷりに自己肯定感を高めてくれるセラピーのような番組なのだ。

画像: 本作は、2022年のエミー賞で6部門にノミネートされ、<Outstanding Competition Program>部門を受賞した ©AMAZON STUDIOS

本作は、2022年のエミー賞で6部門にノミネートされ、<Outstanding Competition Program>部門を受賞した
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『リゾのビッグスター発掘 シーズン1』
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時代を生きるヒントに出会うドキュメンタリー作品

『宇宙へのカウントダウン:ミッション・インスピレーション4』

宇宙を自分ごととして捉えられるようになる
 イーロン・マスク率いる宇宙関連企業スペースXによる、世界初の民間人乗組員のみによる宇宙飛行を追ったドキュメンタリー。インスピレーション4と名付けられたこのミッションの乗組員には「リーダーシップ」「希望」「繁栄」「寛大さ」を象徴する一般人が選ばれた。リーダーを務めるのは実業家のジャレッド。彼は地球が直面する問題に貢献できなければ宇宙へ行く意味はないと考えており、このミッションを通じて小児病院建設のため2億ドルの募金活動を行った。うち1億ドルは彼自身が寄付した。

画像: 地球に帰還した直後のクルーメンバー。左からヘイリー、ジャレッド、サイアン、クリス ©︎NETFLIX

地球に帰還した直後のクルーメンバー。左からヘイリー、ジャレッド、サイアン、クリス
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 ヘイリーは希望を象徴する乗組員として選ばれた。彼女は幼少期に骨肉腫を克服した癌サバイバーで、今は子供の頃に入院していた病院に医師助手として勤務している。癌サバイバーが宇宙へ行くのは世界初な上に、体内に人工物が入った人物が宇宙へ行くのも初。宇宙飛行士といえば、頭脳明晰で健康でなければならないというイメージがあるが、彼女のように癌を克服した人物でも宇宙へ行けると、病気の子供たちに見せることができるのは希望にほかならない。小児病院建設のために募金をしたクリスは寛大さを、地質学者で父親がアポロ計画に携わっていたサイアンは繁栄を象徴するメンバーとして選ばれた。

 遠心分離機や雪山登山など、どんなにハードな訓練でも常にポジティブで弱音を吐かないメンバーや、無事戻ってくるかわからないという不安を抱えながらも明るく全力でサポートする家族の姿に感動を覚える。身近になったとはいえ、まだまだ自分には関係のない言わば金持ちの道楽と捉えられている宇宙旅行に、正しい目的や明るい夢を見出すことができる作品。

画像: ヘイリーは癌治療中の自分の写真を宇宙へ持っていった。また病気で入院中の子どもたちと宇宙からビデオ通話するシーンは子供だけでなく大人も勇気をもらえる ©︎NETFLIX

ヘイリーは癌治療中の自分の写真を宇宙へ持っていった。また病気で入院中の子どもたちと宇宙からビデオ通話するシーンは子供だけでなく大人も勇気をもらえる
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Netflixシリーズ『宇宙へのカウントダウン: ミッション・インスピレーション4』
独占配信中
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