BY ASAKO KANNO
2023年初の奈良訪問は、美風流初煎会からはじまりました。
「初煎会」。聞き慣れない単語ですが、「しょせんかい」と読むそうです。年が明けてから初めて開かれる煎茶会で、茶の湯でいえば初釜にあたるとのこと。弟子たちや近しい方々が招かれ、新年の挨拶を交わし新春を祝うお茶会です。
玉露席/煎茶席/点心席。3つのお席が設えられた人生初参加の初煎会を、2回に分けてお届けします。まずは、玉露席のお話です。
その日は旧暦の立春でもありました。1年のはじまりというハレの日に、お家元のお点前で淹れたお茶をいただけるという幸運。2023年の大吉のおみくじを引いたようなもの、と心躍らせながら奈良へと向かいます。
昨年はお茶会も2回ほど経験させていただき、茶席ではそれぞれ役割分担があるということが、ようやくわかってきました。
まず「お点前」をする人。お茶やお菓子を運ぶ「童子(どうじ)」。お点前をする人の後ろに座り、茶会を進行する「後見(こうけん)」。後見は、私の少ない経験のなかではいつもお家元がされており、お茶会のテーマの説明や茶室の誂え、茶道具やお菓子、お茶の話などについて巧みな話術で客人と会話を交わしながら、茶席の雰囲気をつくりあげていらっしゃいました。
それから茶席の準備や片づけをする「水屋(みずや)」。私がお手伝いをさせていただいたのは、こちらのお仕事です。
漢字を見ればなんとなく意味を想像することはできるものの、「童子」や「後見」の正確な役割を知ったのはつい最近のこと。恥かきついでに言ってしまえば、「社中(しゃちゅう)」という単語の意味は想像と全く違っていたワードのひとつです。初めて漢字を見たときは、「はて、会社のなかとは?」と思わずgoogle検索してしいました。“同じ目的を持つ人々で構成される仲間や組織を指す”とのこと。入門後には、頻繁に会話に登場する単語ですが、それまでは日常生活で全く使うことのない言葉でした。日本語なのに、知らない単語のなんと多いことでしょう。
お茶会は、美風流本部のお茶室「美香庵」からはじまります。こちらでは、先代お家元が後見、そしてお家元夫人の藤風先生のお点前による玉露席となっています。
「美香庵」の入り口は、“にじり口”なのだとこの日初めて知りました。もちろん、にじり口など体験したこともありません。入席前にお家元が一連の流れを教授くださり「前の人の真似をしていけば大丈夫」と送り出してくださいます。洋服で茶室にあがる場合は、足袋代わりの白いソックスに履き替えるのがマナーです。おろしたてのソックスに履き替え、さあ準備万端です。
待合では、香煎をいただきながら入席を待ちます。童子を担当する先生にも「大丈夫よ、隣の人のお作法を見ていたら」と励ましていただき、社中に囲まれたアットホームな雰囲気もあり、だんだんリラックスすらしてきた自分。状況が急変したのはそのあとです。茶席の開始時間も押し始め、気がつけば、茶室に一番近かった私が「どうぞどうぞ」と誘導されて先頭にいる驚き。慌ただしさのなかでは「私、初めてなんです…!」という声も埋もれていきました。いつもながらの自分の鈍臭ささに冷や汗をかきつつ、路地草履に履き替えます。が、大寒波到来につき、ソックスの下に履いていた防寒用タイツの弾力が邪魔をして草履の鼻輪に指が入りません。草履を引きずるように、にじり口まで進むも、踏石のところで片足の鼻緒が切れてしまうという大失態。草履には足袋。やはり、お茶と着物はセットなのだと身にしみます。次回はタイツはなしだなと心に決めながら、ただただ平謝り。
次ににじり口を目の前にして、またびっくり。「え、ここから入るのですか?」。知識として「小さい」とはわかっていても、自分がそこに入るとなると、また別の話。66cm 四方ほどしかない、このにじり口。主従関係が厳しい戦国時代、茶室の中ではみな平等ということを示すため、入り口を低くしたといいます。天下人たちですら、刀を外し頭を下げなければ茶室に入ることができなかったのです。扉をおそるおそる開けると、そこには、先ほど励ましてくださった先生が「あら、一番になっちゃった?」と驚いた顔で迎えてくださいます。先生がお稽古のごとく、正座をする形でにじりながら中に入っていくお作法を教えてくださり、見様見真似で床の間を拝見。その後、初心者が一番居心地のよさそうなお席に案内くださり、一息つけたときの安堵感といったら。
茶室には、炉が切られていました。煎茶道では、にじり口のある茶室や、茶室に炉を切ることはとても珍しいのだとか。お家元の大叔母さまが煎茶美風流二世で、大叔父さまは石州流浅田派の宗家、浅田宗恭さんなのだそうです。だから美風流には炉の点前があるのですね。流派の歴史を聞いて納得です。
煎茶用に誂えた小さな柄杓で釜からお湯を汲み、急須へと注がれていきます。優雅なお点前を眺め、お優しい先代お家元のお話に耳を傾けていると、心までほかほかとあたたかくなっていくようです。
ハレの日にふさわしい、玉露のしずく。ゆっくりと心落ち着けて茶味を楽しむために、舌の上でそっと転がし喉に運ぶお茶。それは、濃厚なうま味をふくんだ、珠玉の一滴なのでした。初めてのにじり口を通った先に広がる、この景色を記憶に刻んでおこうと思います。
続く、お家元のお点前による煎茶席と点心席のお話についてはまた次回に。
菅野麻子 ファッション・ディレクター
20代のほとんどをイタリアとイギリスで過ごす。帰国後、数誌のファッション誌でディレクターを務めたのち、独立し、現在はモード誌、カタログなどで活躍。「イタリアを第2の故郷のように思っていましたが、その後インドに夢中になり、南インドに家を借りるまでに。インドも第3の故郷となりました。今は奈良への通い路が大変楽しく、第4の故郷となりそうです」