BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY KAZUYA TOMITA
心が躍る二つの“初めて”
人間のクローンを作ることができるようになった近未来という設定で、秘密を抱えている父とクローンであることを知った息子を描いた戯曲『A Number―数』。この親子を堤真一と瀬戸康史が演じることには、いやが上にも期待が高まる。瀬戸は7月上旬に行われた取材で、この二人芝居の相手役である堤真一と初対面したのだが、どういう印象を持ったのだろうか。
瀬戸康史(以下、瀬戸) 堤さんが出演されていたドラマ『やまとなでしこ』は再放送で何度も拝見していて、コメディからシリアスまでいろいろな表現ができる方だと思っていました。そして誰かに見せようとするお芝居ではなく、本当にそこにいる人をしっかり演じる方だというイメージだったので、今回ご一緒できてすごく嬉しいです。堤さんとは今日初めてお会いしたのですが、まず「スーパーで君の姿を見たよ」とおっしゃってくれて。こちらの緊張をほぐすようなきっかけを作ってくださるすごく気さくな方でよかったです。話しかけやすい空気を作ってくださるので、稽古ではいろいろとご相談できそうです。
そして2度目の二人芝居は楽しみでしかないですね! 『笑の大学』に出演する前は、舞台作品は人数が減るほど難しいだろうと思っていて、二人だけでその場をどうやって成立させればいいのだろうか、そんな力が自分にあるだろうかというマイナスなイメージしか湧かなかったんです。しかし内野(聖陽)さんや三谷(幸喜)さんのおかげでなんとか成立させることができ、多くの方にも見ていただけましたし、二人芝居の難しさと面白さも知ることができました。だから今回二人芝居のオファーをいただいて、やってみたいと思いました。
そして瀬戸にとってのもう一つの“初”が、海外の演出家との作品づくりだ。その演出家はジョナサン・マンビィ。これには、どのような思いで臨むのかを聞いた。
瀬戸 実は7年前に開催されたジョナサンさんのワークショップに参加させていただいた経験がありまして、その時はある戯曲を30人ほどの役者さんたちと楽しく演じさせていただきました。いろいろな意見を交わし合っているみんなの意見を尊重してくれるのですが、その時のことが印象的で、いつかジョナサンさんとご一緒したいと思っていたところに、今回お声をかけていただきました。
僕は海外の演出家の方との稽古自体が初めてなので、通訳の方を介するのはワークショップと同じですが、実際に作品を創り上げるのはそれとは違う気がしていて、ドキドキしている部分もあります。今回の『A Number―数』で僕がクローン人間も含め3役を演じることについて、先日、ジョナサンさんと話す機会があったのですが、彼はイギリスの「階級制度」のことを話してくれました。イギリスでは、その人が話す言葉で、どのくらいの階級の人物なのかが即座にわかるそうです。それを日本に置き換えるとどうなるのか。方言でしゃべったところで、その人の階級がわかるわけではないし、それをどう表現したらいいのか、どうすれば伝わるのか、答えが出ないまま終わったのですが、今のところ全くわかっていないことがたくさんあります。ジョナサンさんから「一緒に考えていこう」とおっしゃっていただいたので、二人で話し合いながら、作者が伝えたいことを読み取って見逃したくないですね。難しい作業ではありますが、日本で生活してきた僕たちが自分の中で変換しながら演じることで、言葉ではなく、お芝居で伝えることができるのではないかと思っています。
読み解いて見つけた共感できること
それでは、作品からはどんなメッセージを受け取ったのだろうか。
瀬戸 堤さんもおっしゃっていましたが、堤さんが演じるお父さんはどうしてクローン人間なんて作ってしまったのかなと思います。クローンだからといって心は元の人間とは異なるわけですから、ロボットが大量生産されるようにクローンがどんどん作られることには、何か違和感をもってしまって、クローンには“心”がどんどん生まれていくみたいなイメージがあります。クローンについてはイメージでしかないですが、どう生きていくかが大事だと思いました。どんな親のもとに生まれたとしても、どんな生活を送るかで変わるかも知れない。
人間がやってはいけないことを描いているような印象を受けたのですが、この作品ではクローン人間を通して深いテーマが描かれていて、僕が最後に演じるマイケルという人物がポジティブな生き方をしていることに、すごく共感しました。彼の育った環境が良かったからとか、幸せな家庭で育ったから、そういうポジティブな心を持っているということはもちろんあると思いますが、自分自身でいろいろなことを良い方向へ転換できることには、僕自身もそういう生き方をしたいですし、台本を読み終わったときに希望が持てたのは彼のおかげだったと思います。
彼が発する言葉からは、作品を通して自分が感じたことを表現していこうとする意思を感じた。そして、舞台で演じることへの醍醐味にも言及した。
瀬戸 舞台では、映像作品よりもやれることがたくさんあります。作品と向き合うと同時にスタッフの方といる時間も長いので、関係性をより深めることができるのではないかと思います。僕にとって舞台作品に取り組むことは筋トレをしているような感覚です(笑)。
映像も舞台も、どちらも好きだという気持ちはもちろんあって、お芝居が何か変わるかと聞かれると、撮影現場や劇場など、演じる現場に合わせて声量が変わっているだけで、自身の何かを変えているつもりは全くありません。お芝居をするという意味ではどちらも同じなので、どちらかの一つを選ぶという考えには至らないですね。
見えずとも必ず訪れる最高の達成感
そして8月上旬、始まって間もない稽古場へ訪れる機会をいただいた。実際に台詞を発して、より鮮明になったことはあったのかと尋ねた。
瀬戸 昨日、ちょうど1場から5場までの、この台詞はどういう意味を持つのかということを紐解く作業をやっと終えました。そのおかげで発見できたことが、たくさんありました! 引き続き感じる難しさはありますが、理解ができることもあって、霞んでいた視界が少しだけ見えるようになってきた感じです。
さらに言えば、普通の台本とは全然違っていて、台詞を覚えるのがとても難しいです。まず、原作のキャリル・チャーチルという人がわかりやすい書き方をされないからなのです。翻訳もチャーチルさんの意図を尊重されているので、紐解く作業の際に当初の翻訳から少し調整しているところもあります。とはいえ、ほぼ変わっていないので僕らが本当に理解して発さないと伝わらないのではないのかなと。僕はオリジナルの人物とクローン人間2人の3役を演じるのですが、彼らは全くキャラクターが違います。しかし、演じる上では「全くの別人を演じるというよりは、遺伝子的にこの人たちは同じだということも感じられるほうがいい」とジョナサンさんに言われて、僕も同感しました。どこまで出せるのかはわかりませんが、それはすごいヒントをいただいたと思うので、大事にしたいと思います。
作品と向き合うことで充実している今、全く異なることをして夢中になれることはあるのだろうか。
瀬戸 今はないかもしれません。強いて言えば好きな音楽を聴きながら稽古場への往復で車を運転している時か、お茶碗を洗っている時くらいですね。僕が今やるべきなのは、この芝居に取り組むこと。本当は絵を描きたい気持ちもあるのですが、台詞を覚えなくてはということが頭をよぎると、大好きな絵を描くことを楽しめなくなってしまいます。おそらくこの作品が終わった時に“絶対にやってよかった”と思えるでしょうし、これだけ地味な作業をやっていると毎日頭がもまれているので、少なくとも作品や役に対してのアプローチの仕方は増えました。俳優としての考える能力がレベルアップしているのではないでしょうか(笑)。
苦労さえ楽しみに変えてしまう彼のポジティブなマインドには、元気をもらえる。
ヘアメイク/小林純子 スタイリスト/田村和之
Bunkamura Production 2024/DISCOVER WORLD THEATRE vol.14
『A Number―数』『What If If Only―もしも もしせめて』
作:キャリル・チャーチル
翻訳:広田敦郎
演出:ジョナサン・マンビィ
美術・衣裳:ポール・ウィルス
出演:
『A Number―数』
堤真一、瀬戸康史
『What If If Only―もしも もしせめて』
大東駿介、浅野和之、
ポピエルマレック健太朗・涌澤昊生(Wキャスト)
(東京公演)
会場:世田谷パブリックシアター
上演日程:2024年9月10日〜29日
問合せ:Bunkamura TEL. 03-3477-3244
公式サイトはこちら
(大阪公演)
会場:森ノ宮ピロティホール
上演日程:10月4日〜7日
問合せ:キョードーインフォメーション TEL. 0570-200-888
(福岡公演)
会場:キャナルシティ劇場
上演日程:10月12日〜14日
問合せ:キョードーインフォメーション TEL. 0570-200-888
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