BY CHIE SUMIYOSHI
2023年に他界した世界的音楽家・坂本龍一は、生涯最後の日々まで多岐にわたる表現活動を展開し、時代の先端を切り拓いてきた。その思考と実践の根底に常に流れていたのは、「音」や「時間」への深い関心である。特に2000年代以降、それまでの音楽活動を超えた未踏の領域に挑むかのように、現代美術の展覧会や芸術祭にて、展示空間に「音」を立体的に設置するインスタレーション作品を意欲的に発表してきた。
日本では過去最大規模となる今回の個展では、生前、坂本が本展のために構想していた新作とこれまでの代表作をもとに展示を構成し、その先駆的・実験的な創作活動の軌跡をたどる。さまざまなアーティストとの協働により、大型インスタレーションの作品群が美術館の屋内外にダイナミックに展示され、坂本が追求しつづけた「音」を空間に配置する試み、そして「時間とは何か」という問いを投げかける。
アートのインスタレーションとして初めて発表された坂本の作品は、2007年に山口情報芸術センターで委嘱作品として発表され、東京のNTTインターコミュニケーション・センターでも展示されたアーティストグループ「ダムタイプ」の高谷史郎とのコラボレーションである。1999年初演のオペラ《LIFE》の映像と音を基点に、舞台上に展開する従来のリニア(直線的)な時間芸術とは異なる体験を観客にもたらした、坂本の分岐点ともいえる作品だ。
2017年にワタリウム美術館(東京)で開催された『Ryuichi Sakamoto ¦ async 坂本龍一 ¦ 設置音楽展』は、同年リリースされたアルバム『async』を立体的に聴かせることを意図して坂本自身のディレクションの下で企画された。会場の3 つのフロアに、高谷史郎、Zakkubalan、アピチャッポン・ウィーラセタクンと坂本の関わりから生まれた作品が展示された。
なかでも高谷との共作《async - drowning》の会場では、多くの鑑賞者が長時間集中して作品世界に没入し、筆者も偶然親友が隣に座っていたことに気づかないほどだった。スピーカー6 台から『async』の楽曲が流れ、8 台のモニターには坂本のニューヨークのスタジオで撮影されたピアノや書籍、譜面、植物などの映像が水の波紋のように時間差で現れる。展示空間そのものが、多様な時間の層が交錯する坂本自身の脳内にも思える特別な鑑賞体験だった。
東日本大震災後に発表された《IS YOURTIME》では、坂本は津波で被災したピアノを会場に設置し、「自然によって調律されたピアノ」と捉えた。世界各地の地震データをもとに演奏されるピアノの音色とともに、LEDパネルの光とスピーカーの音響によって際立たせられた「モノ」としての音が空間を移動していく。
今回、坂本が本展のために構想していた新作《TIME TIME》が、近年各国で上演されたシアターピース『TIME』をもとに制作されることも大きな見どころだ。『TIME』は、現世と異界が束の間に交わる「夢幻能」の形を借りて、時間の概念とその存在自体を問い直そうとした傑作である。本来インスタレーションに近い作品として構想されたその舞台と同様、本展でも「水」が設えられる。高谷が笙を奏でる宮田まゆみを新たに撮り下ろした映像、ダンサー田中泯の舞台映像などを組み合わせた3 画面の映像で構成される。坂本の音楽は、始まりも終わりもないこの作品の時空間を遍く満たすことだろう。
坂本龍一は、音楽という「時間芸術」の創作を全うした人生の後半において、病を得た彼自身の生命の源である自然と文明との関係性について考察を深めていった。さらに「音」と「時間」の探求は、人類の歴史を統べてきた西洋由来の直線的な時間の概念に抗い、循環する「自然」の時間への眼差しを示した。本展は、坂本が私たちに託した根源的な問いかけを何度でも嚙み締める機会となる。
『坂本龍一 ¦ 音を視る 時を聴く』
会期:2024年12月21日(土)〜2025年3 月30日(日)
会場:東京都現代美術館 東京都江東区三好4-1 -1
https://www.mot-art-museum.jp/
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