BY NAOKO ANDO, PHOTOGRAPHS BY SACHIE ABIKO

レザ・ラハバと長谷川朝子
家と外を自由に行き来する愛猫、のんちゃんと近所を散歩するふたり。
レザ・ラハバ(右)
イラン生まれ。アーティスト、デザイナー、料理家、詩人。インドで大学院を修了後、1985年に来日。長谷川との共著に『家庭で楽しむペルシャ料理』(河出書房新社)がある。演奏会や詩の朗読会、ペルシャ料理教室などを不定期で開催する。
長谷川朝子(はせがわ・ともこ)
神奈川県出身。企業で商品開発およびプロダクトデザインを手がけ、各国を旅したのちに独立。『家庭で楽しむペルシャ料理』では、スタイリングと撮影を担当。
レザ・ラハバと長谷川朝子は、現在、横浜市の住宅街にある長谷川の実家で、長谷川の母と弟、そして2匹の猫、“のんちゃん”と“ぱくちゃん”とともに暮らしている。
ラハバは、イラン南西部、ペルシャ湾岸のアーバーダーンという町で育った。1979年、イスラム革命が起きた年に、インドのバンガロール大学に留学。その翌年にイラン・イラク戦争が勃発した。家族はイラクとの国境に近いアーバーダーンから首都テヘランに避難したという。
ラハバと長谷川は、インドのゴアで出会った。ラハバは大学の休暇を過ごすため、長谷川は、プロダクトデザイナーとして働いていた会社を辞め、長期の世界旅行中だった。帰国後にフリーランスのデザイナーとして活動していた長谷川のもとを、インドのアーグラ大学(現ドクター・ビムラオ・アンベッカー大学)大学院を修了したラハバが訪れ、1985年、東京で暮らし始めた。忙しい長谷川の仕事をサポートするうち、ラハバのクリエイティビティが花開く。「レザは、デザインも絵も学んだことがないのに、すぐに何でも上手にできるようになりました」と長谷川。都心に暮らし、ともにグラフィックデザインから美術館、教会、店舗などの壁画制作やビジュアルプロデュースまで手がけた。
その後、ラハバの創作は、絵画と、絵のようにアレンジしたペルシャ文字で詩を描く「詩絵文字」に発展する。「イラン人はみんな詩が大好き。ゲーテにも影響を与えた14世紀の詩人ハーフェズの詩集は、ほとんどの家庭に一冊はあります。子どもの頃は、詩のしりとり遊びをよくしました。とくに母は、たくさんの詩を知っていましたね。いつも、暮らしに詩が流れていました」とラハバ。たとえば数人が会話しているところに後から加わる際には、その場の雰囲気に合った詩の一節をとなえながら輪に入る、という習慣があるという。ほかにも、ホームパーティの余興としてみんなで詩を朗読したり、日常会話で詩の一節を格言のように使ったりするそうだ。「レザの両親が日本に遊びに来たときも、レザが絵を描いている様子を初めて見たお母さんが、パッと詩を作って読んでくれました」と長谷川。

ラハバが長谷川の誕生日に贈ったプレゼントのノート。各ページに絵画とメッセージや詩が描かれている。
ラハバの創作は、「ひみつのノート」と呼ばれるスケッチブックから生み出される。「見ていると、構想があって描き始めるわけではないみたい。ペンを持って、すっと線を引くと、そこから何かができ上がっていきます」と長谷川。魚や鳥の絵、モザイク模様。近年は、さまざまな模様のマスキングテープを細かくカットしてコラージュするのが気に入っているという。どのページからも描く喜びがあふれ出てくるようで、めくる手が止まらなくなる。そんなノートが数十冊にもおよぶ。そして昨年は、特別バージョンが制作された。長谷川がラハバに「お見せしてもいい?」と断ってから手渡してくれたのは、誕生日に贈られたというノートだ。そこには絵と、もちろん自作の詩が描かれている。「数日間、レザが何か描いているところに近づくとパッと隠すので、なんだろう?と思っていたら、これでした。びっくりしたし、さすがに少しウルっときました」と長谷川。妻の誕生日に夫が贈るプレゼントとして、これほどやさしく、愛情深いものがあるだろうか。

「ひみつのノート」の一部。絵や文字を描くだけでなく、マスキングテープを細かく切り取ってコラージュしたり、自作のスタンプを押したり。
ラハバは、「ひみつのノート」に向かうことを「ひみつのノートの時間」と言う。猫と遊ぶときは「猫の時間」で、めだかに餌をやり、水を替えるときは「めだかの時間」。この何げない言葉遣いには、ひとつのことをするときに集中的に注がれる、対象への愛がにじんでいる。今していることに、意識のすべてを向けること。マルチタスクを尊ぶ今どきの“タイパ”とは正反対の、“ラハバ流”時間の使い方だ。

絵画と、絵のようなペルシャ文字で自作の詩を描いた「詩絵文字」の作品。詩のタイトルは「小さな庭」。
青と緑のタイルに赤い金魚
庭の池のほとりにはざくろの木が
ルビーの実と金の冠をつけて
その下の敷物に
お婆さんは座っていた
えさをまいてはすずめを招き
しばし空を見上げてつぶやいた
どうぞ天国にいけますように と
でも僕には見えたんだ
彼女の目に映る天国を
毎日水をあげた
小さな庭の花々を
詩:レザ・ラハバ
訳:長谷川朝子
『詩絵文字』(Cafe Persia Book)
後編へつづく







