書物愛は積まれた本より重い。‥‥‥というのはとくに誰の名言でもないけれど、本を読むのが好きなのはもちろん、つい買ってしまう、集めてしまうタイプの本好きにとっても、手に取れずにはいられない2冊をご紹介。

BY CHIKO ISHII

注目作家・鈴木結生による小説集
『人にはどれほどの本がいるか』

 なぜ秋は読書の季節なのだろう。調べてみると、夏目漱石の『三四郎』に出てくる〈灯火親しむべし〉という言葉が由来らしい(※1)。これは唐代の詩人・韓愈の漢詩「符読書城南(ふどくしょじょうなん)」の引用で〈涼しい秋の夜は、灯火を掲げて読書するのに、最適の季節である〉という意味だ。
 そんな“灯火親しむ”秋だから、書物愛にあふれた本を紹介したい。まずは『人にはどれほどの本がいるか』。『ゲーテはすべてを言った』で第172回芥川賞を受賞した鈴木結生の作品集だ。3編を収めている。

画像: 『人にはどれほどの本がいるか』 鈴木結生 著、大島依提亜 装幀 ¥1,980/朝日新聞出版

『人にはどれほどの本がいるか』 鈴木結生 著、大島依提亜 装幀
¥1,980/朝日新聞出版

 表題作は、第10回林芙美子文学賞佳作を受賞した鈴木のデビュー作。主人公は福岡県小倉にある高級旅館の経営者で、在野の文化理論家及び素人作家でもある唐蔵餅之絵(からくら・もちのえ)だ。愛書家の終活をユーモラスな筆致で描く。
 餅之絵は第二次世界大戦末期に、唐蔵家の三男坊として生まれた。我が子の真っ白で柔らかな頬っペを見た父は、喉から手が出るほど餅が食べたくなり、餅之絵と名づける。名前の通り夢見がちな人間に育ち、文学に耽溺するようになった餅之絵は、旅館の主を務めながら、高校時代から使っていた納屋を改築して、垢手見舎(あかでみや)と呼ぶ書庫をつくる。垢手見舎に収められた4万冊を超える蔵書と無数のメモ類は、餅之絵にとって人生のすべてだった。しかし、70歳を越えて隠居すると、蔵書をそのままにしておくことが恐ろしくなってきて……。

 どうすればいいのか考えあぐねた餅之絵が、読書仲間と蔵書論を語り合うくだりが楽しい。〈本は空気みたいなもので、ないと息ができないから、ちゃんと空気みたいに軽ければいいのに〉とか、〈文字を所有すれば、それを所有したことになる、っていうのはとんでもない幻想ってことよ〉とか、本好きならば共感せずにはいられない名言の宝庫なのだ。妻に先立たれたあと、息子夫婦にもらった九官鳥ポケタにトルストイの箴言集『文読む月日』を読み聞かせるところもいい。
『文読む月日』の言葉に触発された餅之絵は、蔵書の整理をするために、芦屋具備(あしや・ぐび)という19歳の少女を雇う。餅之絵が具備を垢手見舎に案内する場面は胸が躍る。年齢差のあるふたりを本がつなぐ。
 具備が垢手見舎の蔵書の目録をつくる過程で、餅之絵の読書家としての限界が浮かび上がる。たくさん本を持っているのに、ほんの一部しか読むことはできていない。読んだ本の内容も、大部分は忘れてしまっている。それでも、愛する本と共に生きた証を残そうとする餅之絵がチャーミングだ。

 同時収録の「完壁な辞書」は、ふたりの高校教師が辞書の間違いを探す文芸競技に熱中する話。「猫にバイブル」は、架空の漱石門下生が猫のために聖書を書くという凝った趣向の小説だ。人々の会話に作家の逸話や名作の引用が自然に溶け込み、知的好奇心を刺激する。鈴木の教養の深さと遊び心を感じる一冊になっている。

『積読の流儀』
“積読”の目指すべき地点がここに

画像: 『積読の流儀』 中野善夫 著、岡本洋平(岡本デザイン室) 装丁 ¥3,520/国書刊行会

『積読の流儀』 中野善夫 著、岡本洋平(岡本デザイン室) 装丁
¥3,520/国書刊行会

 読書の秋におすすめしたい書物愛にあふれた本と言えば、〈本を買え、天に届くまで積み上げろ。〉という帯の一文が強烈な『積読の流儀』。理学博士であり英米幻想小説研究翻訳家でもある中野善夫の初めてのエッセイ集だ。何度もふきだしながら読んだ。
 たとえば「手に取って読め」は、本の扱い方にまつわる話だ。貸した本を汚されたことで友人を失った小学生時代、〈本を読むときにページを30度しか開かない男〉と呼ばれた大学時代。中野がいかに本を大事にしているかがわかる。自宅を訪れた人に本の「のど」の部分をぐいぐい押されて恐慌をきたすくだりは、同情しつつも笑ってしまった。

「片づけと自己啓発」も最高だ。やましたひでこの『人生を変える断捨離』と近藤麻理恵の『人生がときめく片づけの魔法2 改訂版』を読んで、自己啓発的片づけ指南と蔵書の関係について考えている。蔵書の整理は本が好きな人に共通する悩みだろう。やましたは自分にとって“美味しい”か“美味しくないか”という基準で本の冊数をしぼりこむように説く。それに対して中野は〈どの本も自分にとっては大切な一冊だから困っているのだ。同じ本が一万冊あったら私だってそんなに要らないだろうと思う。十冊くらいに減らした方がいいと思う。ただ、一冊一冊が異なる一万冊なのだ〉と主張する。その通りだと思う。
 

 中野は片づけ指南など、生活の中にいつのまにかまぎれこんでいる自己啓発的な思想が、インターネットと新自由主義によって強化され加速していることに着目する。そして完璧な人間になれと強いる世界に取り込まれないために、〈オンラインの混沌に繋がっていない、純粋に自分だけの領域〉として〈蔵書を拡張し意識を成長させよう〉と提案するのだ。積ん読に罪悪感をおぼえている人は、ぜひ中野の唱える〈愛書家七つの習慣〉を読んでいただきたい。元気が出る。
 朝顔の栽培など、本以外のエピソードも面白い。たとえば「牛皮紙を作る」。八木健治の『羊皮紙をめぐる冒険』を読んだ中野は、本で得た知識をもとに、犬用のガムを使った牛皮紙作成に挑む。牛の皮でできた犬ガムを一晩水に浸けてふやかし、刺繍枠に張って、レザークラフトナイフで表面を削っていく。苦労して牛皮紙を完成させたときの感想に可笑しみがある。幻想的なショートショート「金魚艸」シリーズも愉しい。

『人にはどれほどの本がいるか』と『積読の流儀』。どちらも大真面目に、かつ軽やかに、読書の喜びを伝える。読んでいる最中は幸福感をおぼえ、読み終わったあとはもっと本を読みたくなる本だ。

※1 灯火親しむべし | 会話で使えることわざ辞典 | 知を探究する教養メディア imidas(イミダス)

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画像: 石井千湖 書評家、ライター。大学卒業後、8年間の書店勤務を経たのち、現在は新聞、週刊誌、ファッション誌や文芸誌への書評寄稿のほか、主にYouTubeで発信するオンラインメディア『#ポリタスTV』にて「沈思読考」と題した書評コーナーを担当。

石井千湖
書評家、ライター。大学卒業後、8年間の書店勤務を経たのち、現在は新聞、週刊誌、ファッション誌や文芸誌への書評寄稿のほか、主にYouTubeで発信するオンラインメディア『#ポリタスTV』にて「沈思読考」と題した書評コーナーを担当。

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