変化し続ける
芦田多恵の現在地

TJ People Vol.3 ー TAE ASHIDA
女性らしさを際立たせるだけでなく、そこに躍動感を与える服を作り続けるデザイナー、芦田多恵。デビューして27年目を迎える彼女が、いま変化のときを迎えている

BY ASATO SAKAMOTO

画像: 中国でショーを行うことになり、打ち合わせを終えて帰国したばかりの芦田多恵。東京・代官山のオフィスにて PHOTOGRAPH BY SHINSUKE SATO

中国でショーを行うことになり、打ち合わせを終えて帰国したばかりの芦田多恵。東京・代官山のオフィスにて
PHOTOGRAPH BY SHINSUKE SATO

 TAE ASHIDAの2018/2019秋冬コレクション。3月23日にグランドハイアット東京で行われたショーは、目の覚めるような鮮やかな真紅のロングコートから始まった。背中には大きな羽根がジャカードで描かれている。TAE ASHIDAが得意とするエレガントなドレスやジャケット、エアリーなブラックドレスなどが続くショーの最後に、冒頭のコートをまとったモデルが再び登場。ステージが真っ赤に染まったかと思うと、その直後、照明が暗転してショーは幕を閉じた。

 デザイナーの芦田多恵は、このコートをストーリーテラーとして、「“自由に生きる人間の力”のようなものを表現したかった」という。このテーマを今回のコレクションに掲げた背景には、ある映画との出会いがあった。

「映画『グレイテスト・ショーマン』で、ヒュー・ジャックマン演じる主人公が赤い燕尾服を着てステージで踊るシーンが最初の方にあるんです。彼は周囲の反対にも負けず自分のやりたいことを貫き、最後にまた同じ服を着てステージ上で歌う。それを観たときハッとしました。おこがましいかもしれませんが、自分が表現したいこととすごく似ていると思ったんです。一人ひとりの個性や生き方を大切にして、自分のやりたいことを最後までやり抜く。まさに私が今回やりたいと思っていたことが、そこにありました」

画像: TAE ASHIDAの2018/2019秋冬コレクションより。 真紅のロングコートを纏ったモデルは、ショーの最後に全モデルを率いて再度登場する COURTESY OF TAE ASHIDA

TAE ASHIDAの2018/2019秋冬コレクションより。
真紅のロングコートを纏ったモデルは、ショーの最後に全モデルを率いて再度登場する
COURTESY OF TAE ASHIDA

 ぼんやりとしていたコレクションの全体像が、このとき、散らばっていた点が一気に繋がるように形づくられた感覚があったという。自由に生きることの象徴である“羽根”を背負った真紅のコートは、こうしてコレクションのテーマを伝える大事な1着になった。

「たとえばLGBTのような運動もそうかもしれませんが、いま世界中が、一人ひとりの個性を尊重しようとする流れにありますよね。こうしたムーブメントの中で、ファッションは一番そうでなければいけないものだと思うんです。こういう人でなければ着られないとか、この服を着るためにはこういう人にならなきゃいけないとか、ファッションとはそういうものではなくて、誰に対しても平等で、個性を尊重するものでなければ。そんな思いもありました」

画像: TAE ASHIDAの2018/2019秋冬コレクションより。 ストレッチコットンツイードを使ったオーセンティックなパンツスーツ。「SING LIKE WIND,FLY LIKE BIRDS」というメッセージがレザー部分に施されている PHOTOGRAPH BY YUSUKE MIYAZAKI(SEPT)

TAE ASHIDAの2018/2019秋冬コレクションより。
ストレッチコットンツイードを使ったオーセンティックなパンツスーツ。「SING LIKE WIND,FLY LIKE BIRDS」というメッセージがレザー部分に施されている
PHOTOGRAPH BY YUSUKE MIYAZAKI(SEPT)

画像: TAE ASHIDAの2018/2019秋冬コレクションより。 「NO REGRETS」と刺繍されたオリジナルアイテムの“レザーパッツ®” PHOTOGRAPH BY JIRO KONAMI

TAE ASHIDAの2018/2019秋冬コレクションより。
「NO REGRETS」と刺繍されたオリジナルアイテムの“レザーパッツ®”
PHOTOGRAPH BY JIRO KONAMI

 また今回のコレクションでは、演出でテーマを暗に醸し出すのではなく、テーマから連想したキーワードを直接、洋服やシューズにタイピングで表現していた。その言葉は、彼女がコレクションを作り上げるなかで自然と生まれてきたものだ。デザイナーには、作り手の想いや意図を表には出さず、造形としての美しさや存在感を追求していくタイプと、テーマやメッセージを明確に掲げながら作りあげていくタイプの2つがあるが、今の彼女は明らかに後者だった。

「これまでの私はどちらかというと、作り手の人生観を押し付けるようなものは好きではなくて、洋服として美しくあればそれでいいと思っていたんです。けれど、最近はなぜかそれだけではもの足りない気がしてきて……。特に今回は、自分の思いを“文字で見せたい”という思いがありました。洋服に盛り込みたいと。洋服に言葉が乗ることで、造形がシンプルなもののなかに強さが出て、主張も生まれたと思います。そんな気持ちになった理由のひとつには、もしかしたらインスタグラム(@taeashida)を始めたこともあるかもしれません。自分のちょっとした考えや思いを書いてみると、そこにいろいろな反応があって、人が何に興味を持っているかがすごく分かる。日々書いてアップすることで、自分自身について発見することも多かったですね」

 インスタグラムを始める際に、毎日必ずポストすることを全スタッフの前で宣言してしまった手前、ネタ切れに苦しみながらも毎日何かを書き続けた。ときにはクリエーションの過程を見せ、ときには何気ない自分の気持ちを画像に託して……。そうするうち次第に、コレクションを作ることにおいても“自分の思いをもう少し前に出してもいいんじゃないか”と思うようになっていったという。

画像: TAE ASHIDAの2018/2019秋冬コレクションより。 ヴィスコースシルクで作られたジャパネスクなムードのドレス。ビッグシルエットだが軽量。着心地も忘れない PHOTOGRAPH BY YUSUKE MIYAZAKI(SEPT)

TAE ASHIDAの2018/2019秋冬コレクションより。
ヴィスコースシルクで作られたジャパネスクなムードのドレス。ビッグシルエットだが軽量。着心地も忘れない
PHOTOGRAPH BY YUSUKE MIYAZAKI(SEPT)

 彼女のクリエーションが変化していった理由にはもう一つ、50歳という節目の歳を迎え、改めてこれまでの活動や自分自身を振り返る機会を得たことにもあった。

「ちょうど父(芦田淳)が会社創立から50周年を迎えたタイミングでした。大規模な展覧会の準備で忙しく、50歳になったという実感がまるでなかった。でも翌年、51歳の誕生日に初めて自分の歳に向き合ったとき、自分の思い描いていた50歳とあまりに違っていることに気づいたんです」

「思い描いていた50歳とは、どこか違ったのですか?」と訊ねると、「すべてです」と即答が返ってきた。キャリアとしても実力としても揺るがないものを持ち合わせているように思える彼女の、思いがけない言葉に驚く。

 高度成長期の真っただ中、東京オリンピックが開催された年に、日本のプレタポルテを先導してきたデザイナー・芦田淳の娘として生まれた。アメリカでファッションを一から学び、在学中からクリスチャン・ラクロワなどのもとで修行を積む。帰国後、父のブランド「miss ashida」を引き継ぐと、父のjun ashidaとはまた違う世界観を持つブランドとして確立。2012年に自身の名前を冠した「TAE ASHIDA」を発表してからは、さらにそのクリエーションを加速させていった。上質な素材にこだわり、エレガントでありながら着心地の快適さも忘れない彼女の服は、国内外を問わず多くのセレブリティたちに愛されている。また、コレクションを発表するだけでなく、ホテルや学校の制服も多く手がけ、日本人宇宙飛行士の山崎直子氏の船内服をデザインしたことでも注目を浴びた。名実ともに日本を代表するデザイナーのひとりである彼女は、しかし「これまでずっと自分が嫌いだった」と語る。

「でも、自分自身を『これは絶対に違う!』『これじゃだめだ』と思った51歳の誕生日、いま変わらなければいけない、と強く思ったんです。ずっと自分が苦手でちゃんと向き合ってこなかったけれど、これが最後のチャンスだと」。

 そうして始めたのが、前述のインスタグラムだ。

画像: 齊藤工監督によるドキュメンタリー映画『Embellir(アンベリール)』は、現在はホームページで観ることができる。芦田多恵がコレクションやショーの制作現場で日々奮闘する姿がとらえらえている COURTESY OF TAE ASHIDA

齊藤工監督によるドキュメンタリー映画『Embellir(アンベリール)』は、現在はホームページで観ることができる。芦田多恵がコレクションやショーの制作現場で日々奮闘する姿がとらえらえている
COURTESY OF TAE ASHIDA

 さらにデビュー25周年を迎えた2016年、そのキャリアと彼女のもの作りに対する思い、“芦田淳の娘としての葛藤”を、俳優であり映画監督でもある齊藤工氏が1本のドキュメンタリー映画にまとめた。それもまた、さらなる進化のきっかけとなった。

「齊藤工さんが半年にわたって私の制作現場やショーのバックステージに密着して撮影をしてくださった、『Embellir(アンベリール)』という作品です。ショーの演出家との雑談のなかで生まれたアイデアで、自分が言い出したことではあったのですが、本当に制作することになるとは(笑)。私はもともと、自分の姿を撮られたりするのが極端に苦手なのです。ですので、この撮影は神様に首根っこを掴まれて『自分の姿をちゃんと見なさい!』と言われているような気分でした。気付くのが本当に遅すぎると思うのですが、自分のことをちゃんと見つめ直さなくては、もっと大切にしなきゃいけないと、そのときに思ったのです」

 芦田多恵は自身のブランドをディレクションすると同時に、父のブランドjun ashidaのアートディレクターも務めている。おもに広告のビジュアルや映像の制作に関わるなかで近年取り組んでいるのが、シーズン毎のコレクションを映像作品で表現するアプローチだ。

「少し前まではjun ashidaもTAE ASHIDAもそれぞれショーをやっていたのですが、今の時代、必ずしもショーをやらなくていいんじゃないかと。jun ashidaは歴史も長いですし、シーズンや年月を越えて長く着られる価値を持っています。そういったブランドならではの、一過性ではなくバリューが冷めない表現スタイルがあるんじゃないかとずっと考えていました」

 そこで取り組んだのが、ショートフィルムの制作だ。普遍的な価値をもつ映画という作品の中では服も錆びにくい。彼女がディレクションするjun ashidaのスペシャルムービーは、今年で3シーズン目になる。

画像: jun ashida 2018/2019秋冬コレクション スペシャルムービー「REFLECTIONS」 youtu.be

jun ashida 2018/2019秋冬コレクション スペシャルムービー「REFLECTIONS」

youtu.be
画像: jun ashida 2018/2019秋冬コレクション「REFLECTIONS」の一場面。クライマックスは、ウィーン自然博物館の屋上から望むパノラマを背景に、イヴニングドレスを纏う女性が描き出される PHOTOGRAPHS:COURTESY OF TAE ASHIDA

jun ashida 2018/2019秋冬コレクション「REFLECTIONS」の一場面。クライマックスは、ウィーン自然博物館の屋上から望むパノラマを背景に、イヴニングドレスを纏う女性が描き出される
PHOTOGRAPHS:COURTESY OF TAE ASHIDA

「REFLECTIONS(レフレクションズ)」というタイトルが付けられた最新作は、ウィーンとブラチスラバを舞台に撮り下ろされた。現代的建築物とレトロな建物、時代設定すら掴めない不思議な空間の中をさまよう一人の女性。冒頭からミステリアスな雰囲気が漂い、デヴィッド・リンチ映画を思わせる緊張感と映像美が同居する。

「ストーリー性、時間軸、空間の奥行き、360度の動き……どれをとってもショーや写真表現とはまた別のおもしろさと難しさがあって、学ぶことがたくさんあります。今回は、映像スタッフとのミーティングのなかで、スパイのようなミステリアスな女性を登場させようというアイデアが出ました。監督の武藤眞志さんも、冷戦時代にウィーンに作られたモダンな建築物がたくさんあることを教えてくれて、シンプルで立体的で、動くと美しいjun ashidaの服は、その空間の中においたらいっそう際立つんじゃないかと、このストーリーを考えてくださいました」

 アートディレクターを担うことで、ある種、第三者的立場でjun ashidaというブランドを捉える機会を得た。そしてドキュメンタリー映画『Embellir』ではTAE ASHIDAと自身の半生と向き合った彼女は、両ブランドの奥にあるジュン アシダというカンパニーの姿を、今どのように見ているのだろうか。

「もしかしたら今までは、“説明しなくてもわかりますよね”と思ってしまっていた部分があったのではないかと思います。それが、アートディレクターとしてjun ashidaに関わったり、いろんなアーティストの方と一緒にもの作りをしたり、個人的にインスタグラムを始めたことによって、“私自身がちゃんと伝えなくてはいけない”と思うようになりました。
私たちメゾンが大事にしていかなければいけないのは、やはり、もの作りに対する姿勢です。ファッションは時代性のあるものですから、使い捨て的なファッションが流行するのもそれ自体は悪いことではないと思いますが、私たちはそこで満足するわけにはいかない。50年以上洋服づくりを続けてきたなかで、クオリティの高いもの作りは常に根幹を支える部分です。ジュンアシダのアトリエには優秀な技術者たちがいて、私も彼女たちと一緒に服作りを行うのですが、そういう血の通ったもの作りこそが本当に私たちの宝だと思っています。そして、クオリティが高いものとは、単純に生地や縫製がいいということだけではなく、デザインや、お客さまの手に渡る過程やサービスまで含めたすべてです。それらをつねに高いレベルで保っていくのが、私の使命です」

画像: TAE ASHIDAの2018/2019秋冬コレクションより。 今回のコレクションではポップな色使いのものやスポーツテイストのアイテムも見られた COURTESY OF TAE ASHIDA

TAE ASHIDAの2018/2019秋冬コレクションより。
今回のコレクションではポップな色使いのものやスポーツテイストのアイテムも見られた
COURTESY OF TAE ASHIDA

 今年、高校を卒業して以来35年ぶりに母校であるスイスのル・ローゼイ高校を訪れた。また『アンベリール』をきっかけに、これまでの活動を振り返るような仕事がいくつも舞い込み、彼女曰く“ルーツを巡る旅”がここ数年続いているという。しかしそこで懐古的になることなく、芦田多恵の活動や意識は、より外へ、外へと広がっているように見える。

「ファッションって時代とともにあるものですから“私はこう”と決めた瞬間に止まってしまう気がするんです。時代の移り変わりはみんなが平等に経験するもの。もの作りはそれをどう捉えるか、だと私は思っています。だから、できるだけ柔軟でいたい。ブランドのデザイナーとしては、いつ見ても、どこから見ても、そのブランドだとわかるものを作らなければいけないのかもしれないですが……」

 時代の空気やそこで生きる人の声に耳を傾けながら、変化していくクリエーションを自分自身がまず楽しむ。それが進化した芦田多恵の、最大の個性なのかもしれない。自身のルーツや半生と改めて対峙したTAE ASHIDAは、ここからさらに変化していくような、そんな予感がする。

「だから今、今後の抱負も、語れるような目標もないんです。目の前のハードルを飛び越えるのに、今も必死。それもまた、理想の50代とは全然違ったのですが(笑)」

芦田多恵(TAE ASHIDA)
1964年東京都生まれ。東洋英和女学院小学部・中学部卒業。スイスのル・ローゼイ高校を卒業後、アメリカのロードアイランド造形大学アパレルデザイン科を卒業、芸術学士号を取得。1991年にコレクションデビュー。以降、東京コレクションに年2回参加。2012年秋、第54回FECJ特別賞受賞。エレガントでモダンなスタイルのデザイナーを代表するひとりとして世界的に活躍中
www.jun-ashida.co.jp

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