BY NANCY HASS, PHOTOGRAPH BY KYOKO HAMADA, STYLED BY TODD KNOPKE, TRANSLATED BY CHIHARU ITAGAKI
1921年、ファッションデザイナーとして成功を収めていたガブリエル シャネルは、今までにないフレグランスを発表した。調香師のチームが提案した試作品の中から彼女が選んだのは5番目のもの。南仏のグラース産のローズ ドゥ メ(5月のバラ)と、かすかに刺激的なジャスミン、コモロ諸島のイランイランなどを合わせた香り。シャネル Nº5の誕生である。
シンプルでスクエアなガラスのボトルは、当時ラリックやバカラが手がけていた装飾的なクリスタルの香水瓶とは対照的なデザインであった。ボトル越しに見る液体の黄金色も、香りと同様、重要な要素だった。
この暖かなイエローの色彩、めくるめく香りだち、そして残り香(シヤージュ)の余韻。それらは時を超え、シャネルのファイン ジュエリー クリエイション スタジオ ディレクター、パトリス ルゲローのインスピレーション源となった。彼はこの極めてモダンなフレグランスを、ジュエリーで表現することを思い立つ。
完成したリングは、あたかも咲き誇る一輪の花のようだ。エメラルドカットを施された5 カラットのダイヤモンドは、輝ける雄しべと雌しべのようであり、その周囲をイエローサファイヤとオレンジ色のスペサルタイトガーネットが連なって取り囲んでいる。この魅惑のリングは不可能を可能にした──儚く消えゆく繊細な香りを、ジュエリーという不滅の欲望の対象へと変えたのだ。
PHOTO ASSISTANT: COLIN BARRY-JESTER