南半球のファッションやデザイン、写真にフォーカスした書籍『PROUD SOUTH』が出版された。ブラジルや南アフリカ、インドなど南半球の国々をルーツに持つクリエイターたちによる、溢れる才能とエネルギーが漲るヴィジュアルが圧倒的だ。その光は、現代のファッションシーンをどのように照らすのか。来日した発行人のトレンドユニオン代表、リドヴィッジ・エデルコートと、10年来の親交があるというユナイテッドアローズ上級顧問の栗野宏文が、ファッション産業が抱える問題点と未来を語らう

BY RIE KAMOI, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO

画像: (左)栗野宏文。ユナイテッドアローズ上級顧問クリエイティブディレクション担当 (右)リドヴィッジ・エデルコート。トレンドユニオン代表

(左)栗野宏文。ユナイテッドアローズ上級顧問クリエイティブディレクション担当
(右)リドヴィッジ・エデルコート。トレンドユニオン代表

 ファッション産業は今、多くの課題を抱えている。サプライチェーンにおける環境負荷や労働者の人権といった社会的な問題、そして行き過ぎたマーケティング手法によるクリエイションの行き詰まり。リドヴィッジ(リー)・エデルコートは長年、トレンドリサーチャーとして世界のトレンドやマーケットの未来について考え、さらには現在のファッションシステムが含む問題点に警鐘を鳴らしてきた貴重な人物としても知られる。そんなエデルコートの思想に共鳴し、同じくファッション産業のあり方を考え続けている栗野宏文は、彼女を“戦友”と紹介する。問題意識の近しい2人が今、ともに新たな希望を見出しているのが、南半球のクリエイションが持つ豊かなオリジナリティーとパワーだ。それは決して日本から遠い国・地域の物語ではない。『PROUD SOUTH』に込められたメッセージは、私たちが抱える問題や既成概念を打ち破る糸口にもなり得るのだ。

栗野 リーさんは誰よりも早くからサステナビリティやファッションの未来について語ってきた方で、コカ・コーラや日産、エスティ ローダー、資生堂といったあらゆるジャンルのクライアントを世界中に持ち、最近では学校や都市計画のアドバイスもされている。企業やクリエイターを中心に最も信頼され、尊敬され、そして愛されるトレンドフォーカス・プロフェッショナルの第一人者です。しかし一方で、僕たちのようなプロしか知らない“透明人間”でもある。今回リーさんを、日本の皆さんにご紹介できることをとても誇らしく思っています。

 リーさんはこのたび、『PROUD SOUTH』という南半球のクリエイティブに着目したデザインブックを作られました。常に幅広く、世界のクリエイションとクラフトワークを見続けてきたリーさんならではの、自由で知的な視点が凝縮された書籍であると同時に、「こんなに素晴らしいものがなぜ見落とされてきたのか?」と驚かされます。製作にあたって、どのようなきっかけがあったのでしょうか?

画像: エデルコート監修のもと、南半球のクリエイターの作品を集約した『PROUDSOUTH』 edelkoort.com

エデルコート監修のもと、南半球のクリエイターの作品を集約した『PROUDSOUTH』
edelkoort.com

エデルコート(以下LE) 栗野さんに『PROUD SOUTH』を評価いただき、とても光栄に思います。年2回、プロ向けのトレンドブックを発行していますが、一般向けの書籍は数年ぶりになります。2017年春夏シーズンには、社会的・政治的な圧迫からの解放(Emancipation)を掲げた『THE EMANCIPATION OF EVERYTHING(すべての解放)』というタイトルのトレンドブックを作ったのですが、『PROUD SOUTH』はその経験が大きな転機となりました。その時アフリカで出会った女性たちは、欧米文化に影響されることなく、彼女たち自身のスタイルや生きる姿勢をファッションで表現していました。古くから残る考え方や、自分自身に対しての意識が変わり始めていることに気付いたのです。「ついに時が来た」。そう思ったことが全ての始まりでした。しかし、白人の私が南半球について扱う本を出すべきか、2〜3年熟考したことも事実です。

『PROUD SOUTH』はファッションの未来への道筋

栗野 424ページある『PROUD SOUTH』は、ラテンアメリカやアフリカ、南アジア、東南アジアといった地域出身のクリエイターたちの個性豊かなファッションや写真作品が掲載されています。例えばそれはフランス人写真家のシャルル・フレジェが日本各地の自然に宿るとされる神や鬼(祭りなどでそれらに扮した人々)を撮り下ろした『YOKAI NO SHIMA』にも通じるものがあり、南半球のどこか神秘的でシャーマニックな部分も垣間見えます。僕は『PROUD SOUTH』のこれらの写真を見た時に、リーさんはトレンドという発想ではなく、進むべきファッションの未来への道筋をビジュアルで示したのだと直感しました。

画像: (左)インドのブランド「カーシャ」がデザイン、ムンバイ出身の写真家、ヴァイシュナフ・プラヴィーンが撮影した作品 (右)ブラジルのアート・ディレクター、フローラ・ヴェロッソと写真家のペドロ・ロレートによる作品。どちらも鮮やかな色使いが印象的

(左)インドのブランド「カーシャ」がデザイン、ムンバイ出身の写真家、ヴァイシュナフ・プラヴィーンが撮影した作品
(右)ブラジルのアート・ディレクター、フローラ・ヴェロッソと写真家のペドロ・ロレートによる作品。どちらも鮮やかな色使いが印象的

画像: 白をテーマにした“PROUD & CLOUD”の章で、南アフリカ出身のクリスティン・リー・モールマンが提供した作品。自由に楽しむスタイルが表現されている

白をテーマにした“PROUD & CLOUD”の章で、南アフリカ出身のクリスティン・リー・モールマンが提供した作品。自由に楽しむスタイルが表現されている

画像: (左)メキシコの「タイス・ペレス・ハエン」によるデザイン、ラファエル・アロヨが撮影 (右)ブラジルの「ウーシュー」が手がけたウエアを着たモデル。撮影はペドロ・ロレト。どちらもユニークなペールトーンの色合い

(左)メキシコの「タイス・ペレス・ハエン」によるデザイン、ラファエル・アロヨが撮影
(右)ブラジルの「ウーシュー」が手がけたウエアを着たモデル。撮影はペドロ・ロレト。どちらもユニークなペールトーンの色合い

画像: (左)ガーナの州都、ボルガ地方の熟練された職人の手作業により作られる“バーバーツリー”バスケット、アズール・アボティズール撮影 (右)ペドロ・ロレト撮影、フローラ・ヴェロッソがアートディレクションを手掛けた

(左)ガーナの州都、ボルガ地方の熟練された職人の手作業により作られる“バーバーツリー”バスケット、アズール・アボティズール撮影
(右)ペドロ・ロレト撮影、フローラ・ヴェロッソがアートディレクションを手掛けた

LE 『PROUD SOUTH』は第一に、南半球の人々に向けて作りました。南の才能あるクリエイターたちは、地域の工芸や素材を積極的に作品に取り入れ、先祖伝来の慣習を認め、土着の価値を大切にしています。彼らの創造力やアイデアを披露するステージを提供したかった。さらに、彼らの考え方を世界中に発信することで、生気を失っている北半球のクリエイティビティにエネルギーを与え、アイデアが閃くいいきっかけになるのではないかと考えました。

栗野 ページをめくっていくだけで、彼らの才能とエネルギーが伝わります。これらの作品はこの本のために撮り下ろしたのですか?

LE 掲載した写真は全て既存の作品です。インターネットなどで半年間リサーチし、友人やSNSを介してインドやアフリカ、南アフリカ、スリランカなどの写真家に打診、完成までに3年を費やしました。新たに撮るのではなく、作品が作られたその時に何が起きていたかを示したかった。写真が写し出すファッションには魂があり、写真家の視点を通して新たな領域へと進化しているのです。

画像: 『PROUD SOUTH』はファッションの未来への道筋

歴史・時代を超えた再解釈が、新たなエネルギーを放つ

LE 各章のタイトルには“PROUD”と付けています。“PROUD & FIBROUS”は、モロッコやベナン、メキシコ、ブラジルなど世界中の繊維に着目し、「繊維こそユニバースだ」と言わんばかりに、その役割の重要性を表現した素晴らしい写真を集めました。南アフリカ・ダーバンにいるグループを捉えた“PROUD & TOUGH”は、モデルたちが男性のようなメイクをしたり、互いの服を交換したり、小さなアイデアが大きな表現力となって映し出されています。

画像: 繊維を使ったデザインが光る“PROUD & FIBROUS”の章。ブラジル発のファッションブランド「オスクレン」や“ジャングルクチュール”と呼ぶスタイルの「アニケナ」などの作品がラインアップ。撮影はモロッコのムース・ランバラットほか

繊維を使ったデザインが光る“PROUD & FIBROUS”の章。ブラジル発のファッションブランド「オスクレン」や“ジャングルクチュール”と呼ぶスタイルの「アニケナ」などの作品がラインアップ。撮影はモロッコのムース・ランバラットほか

画像: 南アフリカ・ダーバンにいるグループを捉えた“PROUD & TOUGH”の章。南アフリカの写真家、ネビル・トリケットが撮影した

南アフリカ・ダーバンにいるグループを捉えた“PROUD & TOUGH”の章。南アフリカの写真家、ネビル・トリケットが撮影した

栗野 僕は“PROUD & DOUBLE”の章に掲載されているオマー・ヴィクター・ディオプの作品を、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館の「FashioningMasculinities: The Art of Menswear」というメンズウエアの歴史に関する展覧会で見かけ、とても記憶に残っています。16〜19世紀の黒人の偉人たちに扮したセルフポートレートのシリーズ《ディアスポラ》の中で、ジャン=バティスト・ベレー(18世紀の政治家。セネガル出身でフランス初の黒人議員となり奴隷制廃止に貢献)に扮し、現代の文脈で再解釈したアプローチをしています。ユーモアがあり、メッセージ性も強く、そして単純にかっこ良い。現代における人種間の複雑な関係性の象徴としてのサッカーボールも持っています。スポーツの影響力も感じました。

LE 彼のポートレートは全ての人にインスピレーションや勇気を与えています。色使いがとても美しく、見る者を引き込み、幸福感をもたらしてくれます。彼のような南半球のクリエイターたちは、西洋や北半球の文化を模倣しながらも、時にシリアスに、時に攻撃的に、時にユーモアを持たせながら、自分たちのフィルターを通して表現しています。自分たちが尊重する南半球の伝統やカルチャーを語ることを誇らしく思い、自分たちのパーソナルな思いや意識、メンタルを解放しているのです。

画像: セネガル出身のビジュアルアーティスト兼写真家のオマー・ヴィクター・ディオプによる作品。右はオリジナルのジャン=バティスト・ベレーの肖像画

セネガル出身のビジュアルアーティスト兼写真家のオマー・ヴィクター・ディオプによる作品。右はオリジナルのジャン=バティスト・ベレーの肖像画

栗野 書籍内では、ファッション業界のジャーナリストや活動家といった方々による複数のエッセイが寄稿されていますね。中でも僕が注目したのは、メキシコ人ファッションデザイナーであるカーラ・フェルナンデスが示した10のマニフェストでした。

リー 「オリジナルであるためには原点に戻ること」、「伝統は停滞ではない」、「テキスタイルの起源は大地である」「プロセスこそレガシーである」など。今や世界的に有名な文化人の1人であるカーラのメッセージは全て重要なことです。

画像: 歴史・時代を超えた再解釈が、新たなエネルギーを放つ

栗野 南半球のファッションやデザインに接する中で、発見はありましたか?

LE 南半球からはイメージしにくいもの。たとえば、 “PROUD & RIGOUR”の章では、ミニマリズムに着目しました。南半球発のニットウエアも新鮮で、世界的マーケットへ導入できるレベルのものでした。そして全ての作品を通して、あらためて写真のクリエイティブの力に気付かされました。それぞれ独自性があって、本から飛び出してくるような勢いのあるものばかりです。

栗野 北半球のファッションは最新と言いつつ、どこか過去の影を感じる。見たことがあるものが繰り返され、互いをコピーしあっていてステレオタイプが多い。でもこの本にある南半球のファッションは、とてもオリジナリティがある。オリジナルこそ原点だという思いが伝わります。

LE そう考えると、『PROUD SOUTH』は新しい世界を理解していくためのレシピなのかもしれません。ファッションはマーケティングに支配され、疲弊している。ジャーナリストもファッションに新しさがないと言っている時代に、もしかするとこの本は、ファッションカルチャーにおける新しいコアになり得るかもしれません。

画像: ニットウエアにフォーカスを当てた“PROUD & GENEROUS”の章。(左)ウルグアイの「ガイア」のデザイン、ヴァレンティナ・ミネッテ・エスカルドが撮影 (右)南アフリカのデザイナー、フランシス・ファン・ハッセルトとリーンディ・ムルダーによるモヘアのウエア。撮影はジェイコブス・スナイマン

ニットウエアにフォーカスを当てた“PROUD & GENEROUS”の章。(左)ウルグアイの「ガイア」のデザイン、ヴァレンティナ・ミネッテ・エスカルドが撮影
(右)南アフリカのデザイナー、フランシス・ファン・ハッセルトとリーンディ・ムルダーによるモヘアのウエア。撮影はジェイコブス・スナイマン

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