エルメスの最高のアンバサダーである職人たちが京都に集結。彼らの技、そして用いる素材に五感で触れる展覧会が開催された

BY JUN ISHIDA

画像1: エルメスのアンバサダーが集結!
物づくりの真髄に触れた
展覧会レポート

 エルメスとはどんなメゾンかと聞かれて、真っ先に思い浮かぶ答えは「職人のメゾン」という言葉だ。事実、エルメスの社員約18,000人のうち、その3分の1となる約6,000人は職人である。彼らはパリ郊外パンタンの工房を中心に、メチエ(専門分野)ごとに分かれたフランス国内52箇所の工房で、日々その技を磨いている。

 エルメスをエルメスたらしめるもの、その生命ともいえる職人たちが、11月、京都にやってきた。その目的は、彼らの“物づくりの技”を披露するため。京都市京セラ美術館で5日間だけ開催された展覧会「エルメス・イン・ザ・メイキング」では、乗馬用の鞍から始まり、カレ (スカーフ)、皮革製品、手袋、時計、ジュエリー、磁器、そして製品の修復に至るまで、メゾンを代表する7つのメチエの職人たちが集結した。

画像: フォーブル・サントノレ本店内にある鞍工房からやってきた職人。5年かかってようやくエキスパートと呼ばれる鞍職人になれる

フォーブル・サントノレ本店内にある鞍工房からやってきた職人。5年かかってようやくエキスパートと呼ばれる鞍職人になれる

画像: エルメスのアイコニックな技術であるサドルステッチ。ギシギシと力強い音を立て、ひと針ひと針縫われてゆく

エルメスのアイコニックな技術であるサドルステッチ。ギシギシと力強い音を立て、ひと針ひと針縫われてゆく

 展覧会は、エルメスの原点でもある鞍作りの工房からスタートする。馬具作りから始まったエルメスの鞍工房は、今でもパリ、フォーブル・サントノーレ店内にある。そこからやってきた職人が披露してくれるのはサドルステッチだ。1本の太い糸の両端に通した2本の針を交差させ、ひと針ごとに縫ってゆくという手法は、エルメスの物づくりにおけるアイコニックなもの。鞍作りのみならず皮革製品においても用いられており、世代を超えて受け継がれるエルメスの製品の丈夫さは、このステッチによるところも大きい。

 鞍を構成するパーツが掲げられたブースの前には、完成品も展示され、実際に跨って座り心地を試すこともできる。職人の技を見て楽しむだけでなく、時には彼らに話しかけ、そして出来上がった製品に実際に触れることができるのもこの展覧会のユニークさだ。

画像: デジタル化されたカレのデザイン画。ここから製版職人がステイラスペンを使って写しとり、デジタルファイルを作成する

デジタル化されたカレのデザイン画。ここから製版職人がステイラスペンを使って写しとり、デジタルファイルを作成する

画像: デジタルファイルを元に作られたプリント用のフレーム。全体に染料が流し込まれ、ガーゼ部分の図柄だけが下に置かれたカレに着色する

デジタルファイルを元に作られたプリント用のフレーム。全体に染料が流し込まれ、ガーゼ部分の図柄だけが下に置かれたカレに着色する

 続いて現れるカレのコーナーでは、リヨンの工房からやってきた職人によるシルクスクリーンを用いたプリントの技が披露される。1枚のカレを作り上げるために用いられるフレームの数は、通常25〜30枚、細かい絵柄だと48枚にのぼることもあるという。フレームは染色する絵柄部分がガーゼ状になっており、プリント職人はフレーム全体に染料を流し込むと、大きな刷毛を一気にスライドさせてゆく。この力とスピード加減がポイントで、実際に自分で紙のシルクスクリーンを作成できるコーナーもあるのだが、色を均等に出すのはなかなか難しい。当たり前のことだが、職人は1日にして成らず。カレのプリント技術を取得するには3年かかり、その内の2年は先輩の職人がつきっきりで指導にあたるという。

画像: 絵付けでは、筆先で輪郭を描いた後に色つけを行う

絵付けでは、筆先で輪郭を描いた後に色つけを行う

画像: ルーペをつけ、微細な作業に取り組む時計職人

ルーペをつけ、微細な作業に取り組む時計職人

 ジュエリーにおける宝石のセッティングや時計の部品の組み立て、磁器の絵付けなど、各メエチの職人による手作業の細かさにも驚かされる。宝石のセッティングでは、科学の実験の如く、職人が拡大鏡を覗きながら金属のくぼみにダイヤモンドの粒を固定してゆき、時計では、手袋をはめた職人がルーペを用いながら吹けば飛んでしまいそうな細かい部品を組み立ててゆく。プレートの絵付けで、職人が細い筆を用いながら注意深く色を載せてゆく様は、思わず息をするのを忘れてしまいそうになる繊細な作業だ。

画像: 手袋に用いる革を伸ばしてから、パーツを切り出す。職人が手で伸ばしてゆく革の柔らかさに脱帽

手袋に用いる革を伸ばしてから、パーツを切り出す。職人が手で伸ばしてゆく革の柔らかさに脱帽

画像: 世界中の失われゆく貴重な技術を守ってゆくのもエルメスの使命の一つ。100年以上前のドイツに誕生した粘度状の染料を使って染める特殊な技法は、日本の京都で再発見された。技術を受け継ぐ工房「京都マーブル」とともに作成したカレも展示

世界中の失われゆく貴重な技術を守ってゆくのもエルメスの使命の一つ。100年以上前のドイツに誕生した粘度状の染料を使って染める特殊な技法は、日本の京都で再発見された。技術を受け継ぐ工房「京都マーブル」とともに作成したカレも展示

 他にも手袋職人が材料となる革を手で伸ばす(手袋に手を通した際にしなやかさを保つためだ)作業を見て、そして実際に触れることによりその柔らかさに感嘆したり、製品に用いられる様々な種類のレザーの香りを嗅いだりと、五感すべてを使って素材に触れられるのも、本展の醍醐味の一つだ。

 そしてなんともエルメスらしいと思ったのが、皮革製品の修理工房だ。展覧会のプレビュー後に行われたトークセッションで、職人の育成にも携わってきたエルメス インターナショナル エグゼクティブ・バイス・プレジデントのオリヴィエ・フルニエが、アーティスティック・ディレクターであるピエール=アレクシィ・デュマの言葉を引用して「ラグジュアリーとは修理できること」と述べたが、エルメスはその製品の修理・修復にも力を入れている。会場では、皮革修理職人が使い込まれたバッグをパーツに分解し、サドルステッチを施したり、当初の色を再現する作業が繰り広げられ、そしてその横には修理を依頼した人たちの、その製品にまつわるストーリーを電話の受話器越しに聞くことができるブースが設けられている。

画像: 皮革製品の修理工房のブース。左に展示されているのは、修復により生命を吹き返した《ケリー》バッグ PHOTOGRAPHS:©NACÁSA & PARTNERS INC.

皮革製品の修理工房のブース。左に展示されているのは、修復により生命を吹き返した《ケリー》バッグ
PHOTOGRAPHS:©NACÁSA & PARTNERS INC.

 最後に、トークセッションの終わりでフルニエが述べた言葉を引用したい。

「エルメスの一番のアンバサダーは職人であり、彼らに会うことが(メゾンのスピリットの)一番の伝え方です」。

 エルメスというメゾンをこれほど的確に表す言葉はないだろう。その真髄をシンプルに、そしてユーモアを持って“送り届ける(transmettre)”展覧会だった。

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