TEXT AND ILLUSTRATION BY ITOI KURIYAMA
服装選びが悩ましい季節になりました。日差しが強いかと思ったら朝晩は肌寒かったりもして、シャツ、ブラウス、Tシャツ一枚では忍びない。
そんな時に便利なのが薄手のアウターです。私もいくつか取り揃えているのですが、今回はクローゼットの中でひときわ存在感を放つバレンシアガのブラックデニムのジャケットをご紹介したいと思います。
出会いは新型コロナウイルスの猛威が迫る2020年3月にかろうじてパリで見たショー。天井のスクリーンに自然の変わりゆく姿を描く映像が映し出され、足元に溜まった水をかき分けてモデルたちが歩を進めるというダイナミックな演出でした。奇しくもパンデミック直前のタイミング。厳しい世の中を生き抜く姿勢を提起しているかのようで胸を打たれたのですが、力強さを感じさせるのに一役買っていたのが肩のラインが上に向かって広がる「パゴダショルダー」でした。
「パゴダ」とは、アジアで見られる仏塔を指します。『服飾辞典』(文化出版局)によれば、その形を模した「下方に行くに従って広くなるじょうご形のデザイン」を「パゴダ・ライン」と呼び、18世紀中頃のフランスでは婦人服の袖に用いられていたとか。そして、それを肩に採用したのは海外誌の記事などを参照するとフューチャリスティックなスタイルの提案で名高いピエール・カルダンだったようです。1970年代末〜80年代、ジャケットの肩先を7、8センチ程度上げたメンズスーツを発表していて、当時の写真を見るとまあまあのインパクトがあります。
そんな歴史を持つパゴダショルダーが、シニカルでユーモア精神溢れる、バレンシアガのアーティスティック・ディレクター、デムナの手にかかると、肩の傾斜がより急に。1980年代に流行した、横幅を出すパワーショルダーというフォルムもありますが、「肩のラインも力強さもそのさらに上をいく!」と感銘を受け、何かしら手に入れねばとデニムジャケットを購入したのです。
しかし、お察しのとおり、実物はかなりの迫力で周囲の目を釘付けにします。「すごい肩!ちょっと触らせて!」と言われるのは日常茶飯事で、かしこまった席や取材の時などは相手の気が散らないよう極力着用を控えなければなりません。
そして、バレンシアガがその後に制作した、アニメ『ザ・シンプソンズ』とのコラボレーションムービーに「バレンシアガのパゴダショルダーのドレスを着たキャラクターの肩がドアに突っかかってなかなか外に出られない」というシーンがありますが、それは大げさだとしても、ちょっとした支障が。巨大なパッドの重みでかなり肩に負担がかかっているはずで(鈍感なので自覚症状はありません)、そのバッドが立ちはだかり、ショルダーバッグのストラップを肩にかけるのがなかなか難しいのです。
ですから、スタイリングするならこんな感じ。
パゴダショルダーでもう主張は充分なので、あとは極力シンプル・シックに。バッグは手で持てるものに限ります。
この季節気軽に羽織る、というわけにはいかず、いろんな留意点はありますが、鏡の中のパワフルな自分の姿に代えられるものはありません。後日パゴダショルダーのニットも手に入れてしまったのでした。
栗山愛以(くりやまいとい)
1976年生まれ。大阪大大学院で哲学、首都大学東京大学院で社会学を通してファッションについて考察。コム デ ギャルソンのPRを経て2013年よりファションライターに。モード誌を中心に活動中。Instagram @itoikuriyama