身にまとうものには、その人の思いや考え、ときに主義や信条や、生きる時代の空気までも映し出されるもの。自他ともに認める稀代のモード愛好者、ファッションライター・栗山愛以が、自らの装いや物欲の奥にあるものを、ゆるゆると紐解き覗き込む

TEXT AND ILLUSTRATION BY ITOI KURIYAMA

 先月「シャツ、ブラウス、Tシャツ一枚では忍びない時節」と書きましたが、長袖なら一枚でもOKな気候になってきました。とはいえ、とくにTシャツは半袖一枚だとまだちょっと早すぎる気も。もちろん薄手のアウターを羽織ってもいいですし、他に重ね着という手もあります。その際活躍するのが2016年春夏ドリス ヴァン ノッテンのタイトな長袖トップです。

画像1: 我、装う。ゆえに我あり。
栗山愛以、モードの告白。
Vol.4 ドリス ヴァン ノッテンの「第二の皮膚」トップ

 ところで、こうした肌にぴったりと密着するトップは、ファッション業界では「セカンドスキントップ」と言われています。職業柄気軽に口にしていましたが、「セカンドスキン」は訳すと「第二の皮膚」。哲学的なファッション批評を切り拓いた鷲田清一先生のもとで学んでいた頃を思い起こせば、それは重要なキーワードなのです。

 人間は誰も自分の背中や後頭部、顔を直に見たことがありません。身体の内部についてはコントロールもできない。生地の触感によってそんな身体の「断片的であいまいな輪郭を補強しつづけてくれる」のが衣服であり、「第二の皮膚」と言えるのですーー、とそういえば著書で読んだのでした。たとえば、「服のなかというのは〈わたし〉の外部であるにもかかわらず、他人にそこに手を入れられるとぞっとする」とか、「人前で服を脱ぐということが、余分な覆いを外すことではなく、皮膚をめくるような、じぶんの存在を削り取るような、はげしい感情の動揺をともなう行為になってしまう」など(鷲田清一『ひとはなぜ服を着るのか』 ちくま文庫)。

 「第二の皮膚」とされている“衣服”でありながら、改めて「第二の皮膚」と念押しされている「セカンドスキントップ」。いやまさに、「余分な覆い」というよりは、〈わたし〉であるような。たとえばこのドリス ヴァン ノッテンのトップは肌が透ける素材で、ランウェイではその上からブラをする、というスタイリングでした。私もやってみたいとブラも購入したのですが、日常生活ではいまだに実現していません。それは、このトップを“皮膚”とみなし、下着一枚で外を歩く、みたいな感覚に陥ったからなのです。

 しかし、トップが「余分な覆い」寄りになるときもあります。ミュウミュウ2022年春夏コレクションをきっかけにモード界では空前の肌見せブームが巻き起こり、私たち大人も果敢に取り組むようになっていますが、この「セカンドスキントップ」を差し込むだけでお腹を出しても気にならない。薄い生地で肌が透けていても、素肌ではない、という妙な安心感があるのです。

 さらに、このドリス ヴァン ノッテンのトップには、もう一つ特徴があります。それは、タトゥー風のプリントが施されているということ。鷲田先生は、自分の存在の条件を変更するために人は身体を傷つけることがある、とおっしゃっていました。痛みさえなければ私はタトゥーをやってみたいと思っていて、それは、たしかに身体=〈わたし〉を変えたいのかも。このトップを着ていると、「本物のタトゥーかと思った!」と言われることもしばしばで、都度「そんな根性はないです」と返していますが、このトップを着ることは、身体を変えたいけれど実現できない無念の表れなのか。

画像2: 我、装う。ゆえに我あり。
栗山愛以、モードの告白。
Vol.4 ドリス ヴァン ノッテンの「第二の皮膚」トップ

 そんなこんなの「セカンドスキントップ」ですが、この季節半袖Tシャツに重ねるなら、スタイリングする側にとっては〈わたし〉、見ている人にとっては「余分な覆い」となるといいような。つまり、着用者はTシャツ一枚のみの気軽さで、周囲は「まだ半袖Tシャツ1枚には早い時期だからレイヤードなのね」と思ってくれる状況です。

画像3: 我、装う。ゆえに我あり。
栗山愛以、モードの告白。
Vol.4 ドリス ヴァン ノッテンの「第二の皮膚」トップ

 気づけば私は他にもタトゥープリントのセカンドスキントップを手に入れています。かつては衣服と〈わたし〉の関係をいまいち飲み込めていませんでしたが、セカンドスキントップの出現で、ようやく身をもって実感できてきたのかもしれません。

栗山愛以(くりやまいとい)
1976年生まれ。大阪大大学院で哲学、首都大学東京大学院で社会学を通してファッションについて考察。コム デ ギャルソンのPRを経て2013年よりファションライターに。モード誌を中心に活動中。Instagram @itoikuriyama

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