BY KEIKO HOMMA

クリスチャン・クヌープはIWCの顔ともいえる存在。2008年からIWCのチーフ・デザイン・オフィサーを務める
デザインには未来への前進をうながす力がある
いろいろと驚くことばかりだ。航空産業の発展と深く結びついた「パイロット・ウォッチ」はIWCの人気コレクションの1つだが、今度は空を超えて宇宙とのつながりを象徴するウォッチが登場するという。米国のVASTは、人類が長期的に宇宙で暮らすためのステーションを開発する企業。2025年秋、IWCはVASTと技術協力提携し、長期間の宇宙飛行に耐えられるウォッチの開発を加速させると発表したのだ。
「これまでにも宇宙で使われたウォッチはありましたが、それらは以前からあるモデルを改良したものでした。今回はVASTとの協力体制を敷き、宇宙に向けてゼロから時計をデザインしました」と語るクリスチャン・クヌープ。IWCのプロダクトデザインからブランドのビジュアルアイデンティティまでを統括する俊才だ。それにしても、SFの世界を思わせる宇宙ステーションで、アストロノーツたちが昔ながらの腕時計を必要としているとは……。
「宇宙でのミッションには絶対的な信頼性が必要なのですよ。命がかかっているからこそ、時間の計測には安心して使える精度の高い腕時計のニーズがあるのです。私たちは宇宙飛行の温度や衝撃に耐えられる構造を模索していますが、まずはこの新作で、現代の宇宙用ウォッチのビジョンをかたちにしました」

「パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」〈自動巻き、ホワイトセラミックケース、セラタニウム®ベゼル、ラバーストラップ。ケース径44.3mm〉2026年4月発売¥4,079,900/IWCシャフハウゼン
その新作「パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」は、必要最小限までそぎ落とされたデザインで、文字盤は光の反射を抑えたマットブラック。時刻合わせのリュウズはなく、宇宙飛行士が手袋をつけたまま操作できるように回転式ベゼルでその機能を置き換えている。文字盤の外周には24時間表示の目盛りがあしらわれ、宇宙にいても今が昼なのか夜なのかがわかる。アストロノーツたちにとって役立つ機能が随所に配されているのが面白い。

「デザインとは人々のイメージを育み、方向性を示し、前進をうながす力を持っていると思うのです。とりわけ未来のことを計画するときには、まだ見ぬ未来を可視化するビジョンが必要ですよね。そのビジョンを創造するのがデザイナーの仕事なのです」。だからこの点において宇宙と時計は強い関連性があるのだ、とクリスチャンは語る。
「時計とは憧れや夢の象徴で、人生の重要なステージをシンボライズし、日々折々のできごとを思い出させる記念碑でもあります。それゆえに内包するエモーションのエネルギーは爆発的です。そして人々が手元の時計を見つめ、目標を視覚化するとき、未来へ前進し続ける原動力が心にわき上がるのです」
驚くほど軽く傷つきにくい時計、暗闇で光を放つ時計……

「ポルトギーゼ・ クロノグラフ セラタニウム®」〈自動巻き、セラタニウム®、ラバーストラップ。ケース径41mm。1500本限定 〉¥2,203,300/IWCシャフハウゼン
今、さまざまなウォッチメゾンが過去をふり返り、ヘリテージを再解釈してノスタルジーに訴えかけている中で、これほど未来に前向きなブランドはそう多くはないだろう。IWCは歴史的に重要ないくつものコレクションを持っており、遺産の継承に力を注いでいるが、過去志向に終わることはない。
例えばセラタニウムやセラリューム®といった独自開発の素材は、IWCの際立った革新性を語るものだ。セラタニウム®はチタンの軽量さとセラミックの硬度を併せ持ち、軽く傷つきにくいウォッチを実現させた。またセラリューム®はセラミックスとスーパールミノバ®(夜光塗料)を混合した素材で、太陽光や人工光を一定量浴びると文字盤やケース、ストラップまでが暗いところで24時間発光する。

「ビッグ・パイロット・ウォッチ・パーペチュアル・カレンダー・セラリューム®」〈自動巻き、セラリューム®、ラバーストラップ。ケース径46.5mm。250本限定〉2026年4月発売予定 参考価格¥11,050,600/IWCシャフハウゼン
「IWCは1980年代にいち早くチタンとセラミックを使用しており、一貫した進化の過程を通してこうした新素材に行き着きました。新しいから、珍しいからと突発的に奇抜な素材に走ったりすることはありません。ぶれないデザインコードからは、明確なアイデンティティが生まれます。ブランドにアイデンティティがあるから、市場にあふれかえる新作時計の中でもIWCは際立った存在感を放つことができるのです」
今日よりも明日をよりよくする姿勢は日本文化に通じる
チーフ・デザイン・オフィサーとして常にプロダクトに改善の余地を見出している、と語るクリスチャン。だからお気に入りの時計は何かと聞かれると、「2年後に発表するモデルです」と答えるのが常だ。
「もちろん新作には誇りを持っていますよ。でも絶え間ない改善こそ重要だと、どうしても思ってしまうのです。これは日本の文化にも通じる考えではないでしょうか。現状に決して満足せず、常に明日をよりよくしようと努める姿勢は、私にとっては非常に日本的なのです」
彼が観たドキュメンタリー映画『二郎は鮨の夢を見る』では、そのメンタリティが英語字幕で SHOKUNIN という言葉で表現されていたという。向上するにはどうしたらよいかを始終考えるのが職人の生きる道なのだと。
ちなみに鮨も大好きですという話で盛り上がったところで時間切れとなり、インタビューを終わろうとすると、彼は「待って、この質問にはぜひお答えしたかったのですが」と引きとめる。事前に提出した質問リストの最後にあった「あなたのデザイン観に最も影響を与えた建築家やデザイナーは?」という問いだ。
「まず、ミース・ファン・デル・ローエ。モダニズムの建築家として、そしてデザイナーとして心から尊敬しています。次に、インダストリアルデザインの名匠、ディーター・ラムズ。それから深澤直人さん、彼は本当にすばらしい。彼らは私のヒーローです」
Less is more(より少ないことはより豊か)との言葉を残したミース。Less, but better(より少なく、しかしよりよく)との信条を掲げたラムズ。そしてスーパーノーマルを追求する深澤。なるほど、と思える3人だ。クリスチャン自身はアップルと協働した巨匠デザイナー、ハルトムット・エスリンガーのもとで長く働いていたという。
デザインの力と可能性を信じて、タイムピースの新たな領域を切り拓くIWC。クリスチャン・クヌープは現在時刻を知るための単なる道具を作っているのではない。ともに生きるパートナーであり、自分自身を表現するものであり、エモーションを豊かに秘めた特別なサムシングをデザインしているのだ。
PHOTOGRAPHS: COURTESY OF IWC SCHAFFHAUSEN
問合せ先
IWCシャフハウゼン
TEL. 0120-05-1868
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