最近のフード・ムーブメントの焦点は地産の食材やオーガニック食品を買うことだが、一方でアメリカのフード・アクティビストたちの間で今までと違った、より深い議論が起きている。それはすべての人に良質の食事をという要求だけでなく、あらゆる人々に食料が行き渡ることを阻止している社会の構造自体を解体しようとする試みだ

BY LIGAYA MISHAN, PHOTOGRAPH BY NYDIA BLAS, SET DESIGN BY BETH PAKRADOONI, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 キリスト教会の祭壇は聖なる空間だが、どんな場所であっても、とりあえず、手近な材料で祭壇を作ることはできる。2020年12月5日にアーカンソー州スプリングデール市の繁華街の広場にあるセメントの階段の前に、少人数のグループが集まっていた。メキシコでのカトリックのシンボルである「グアダルーペの聖母」のキャンドルに火が灯され、菊の花と白いカードが並べられている。カードには、新型コロナウイルスに感染して死亡した地元の鶏精肉加工工場の労働者たちの氏名が手書きの文字で記されている。それぞれの名前の下には「我ここにあり!」という意味の有名なスペイン語の言葉が書かれている。

このフレーズはラテンアメリカにおいては祈りであるとともに、真相究明を呼びかける懇願であり、死者は私たちとともに存在し続けるという宣言だ。この言葉は、とりわけ、死者が抑圧の犠牲者である場合に使われる。カードの横には白いヘルメットが置かれ、手すりには青いビニール製のエプロンがぶら下がっている。それは、ウイルス感染が拡大するなかでも肩と肩が触れあう距離で立って並び、多いときで1分間に175羽もの鶏を処理して働いていた労働者たちが着ていたユニフォームの一部だ。スプリングデール市には鶏や七面鳥の肉を扱う精肉加工工場が多数あり、アーカンソー州は同市を「世界一の鶏肉の首都」と制定した。

 この追悼式を企画した労働者団体「ベンセレモス」(「私たちは勝利する」の意)は、工場内でのウイルス感染の危険を減らすため、大人数が一度に集まらないよう時間をずらした勤務シフトと、防護服を導入するように工場に要求して、過去数カ月間闘ってきた(アメリカ疾病予防管理センターによれば、5月だけで、全米の鶏などの精肉加工工場の労働者1万6,000人以上が感染していた)。「嵐の真っただ中にいて、生き延びるだけで必死だった」と言うのはベンセレモスのエグゼクティブ・ディレクターのマガリー・リコリだ。メキシコ生まれの38歳の彼女は「そして気づいたときには、もういきなり死者の数を数えていた」と言う。カードに名前が記された人々は「エッセンシャルワーカー」だったために死んだ。今、政府は彼らを「必要不可欠な」という形容詞を使って呼ぶ。この言葉は本来、価値あるものを意味するが、このケースでは、尊厳と報酬は存在せず、ただ強制があるだけだった。

画像: (左から)パッチワーク・シティ・ファームスのジャミラ・ノーマン、ブラック・アーバン・グローワーズのカレン・ワシントンと全米ブラックフード&ジャスティス連合のダラ・クーパー。アトランタにあるノーマンの農場で。2021年1月18日撮影 SET DESIGNER’S ASSISTANT: HARRY SMITH

(左から)パッチワーク・シティ・ファームスのジャミラ・ノーマン、ブラック・アーバン・グローワーズのカレン・ワシントンと全米ブラックフード&ジャスティス連合のダラ・クーパー。アトランタにあるノーマンの農場で。2021年1月18日撮影
SET DESIGNER’S ASSISTANT: HARRY SMITH

 今回、多くのアメリカ人たちは、「エッセンシャルワーカー」というフレーズとその英雄的な響きによって、初めて、これまで長らく無視されてきた農業従事者や精肉業者や食料品店の従業員などの生活を知ることになった。彼らの存在なしには、国民の食卓に食料を供給することはできないのだと。「新型コロナウイルスは、食料を行き渡らせるためのシステムが実際に存在することを幅広い層の人々に気づかせるきっかけになった」と言うのはカリフォルニア州オークランド在住の40歳のナヴィナ・カンナだ。彼女は健康、環境、農業、労働の頭文字をとった「HEAL食料連合」のエグゼクティブ・ディレクターを務めている。経済界のリーダーたちは当初、ロックダウンによって食料の調達ができなくなると警告し、スーパーの棚がからっぽになることへの恐怖をかきたてた。そこにもこの状況の一因がある(資本主義者が生産を行う際に単純計算すると、労働者の命は彼らが生産する鶏肉よりも低い価値しかないことになる)。

スプリングデールを拠点とするタイソン・フーズは、全米最大の精肉加工企業で、同社の2020年の売り上げは432億ドル(約4兆6000億円)に跳ね上がっている。この数字はコロナ禍以前の一昨年の売り上げの数字と比較して、8億ドルも増加している。そのタイソンが4月に大手新聞紙面に1ページ大の広告を出し、取締役会会長のジョン・タイソンが「私たちにはこの国を食べさせる責任があります」と書いた。「それは医療と同じように欠かせないものです」

 それだけでも、巨大企業にとっては過激な宣言だった。それまで何年にもわたり、社会改革者たちは利益追求だけに特化した食物システムの危険性を指摘してきた。食物を、必需品ではなく商品として扱うと、食物を買えずにおなかをすかせる人が必ず出てきてしまうからだ。シカゴを拠点とする非営利のフードバンクのネットワーク組織「フィーディング・アメリカ」の試算によれば、昨年は5,000万人、つまりアメリカ国民の6人にひとりが、食料にアクセスする確実な手段を欠いていた。全米のフードバンクではその需要が60%も増加し、時には食料の配布を求める人の列が何キロもの長さにまで及んだ。さらにパンなどの生活必需品の万引きの件数が急増したという。だが、コロナ禍以前でも、十分な食へのアクセスを欠く人々はすでに3,500万人に達していた。しかし当時国民を食べさせることの大切さを主張した企業はほとんどなかった。

さらに、2020年に人々がフードバンクに列をなしたのは(註:コロナ禍での失業などで生活が困窮して食料を買えない人が数多くいたからであり)、食料そのものが不足していたからでは決してない。コロナ禍でも食料の供給は十分すぎるほどあったのだ。その背景は、こうだ。まず、スーパーの棚が空になり食料が不足するという恐怖をビジネスリーダーたちがかきたてると、大統領は4月に「アメリカ国民へのたんぱく質の供給を確保する」というスローガンのもと、精肉加工工場に対して「営業を続けろ」という大統領令を出した。この命令によって、それらの大企業は急ピッチで生産を続け、国内需要を超えて、さらに数百万トンの肉を海外に輸出できるだけの生産量を達成し、その結果、何十億ドルもの儲けを得ることになったのだった。

 アメリカ国民が、自分たちの食料の生産地からはるか遠く離れて暮らし、どんな労働者が生産に携わっているのか見えていなかった一方で、食そのものへの執着は国じゅうで強くなり、テレビの料理番組やシェフたちを神格化したり、インスタグラムで「#foodporn(フードポルノ)」というハッシュタグが使われたりしている。そしてそれは偶然ではない。この現象はローマ帝国の快楽主義的なものに過ぎないのかもしれない。感染爆発によるロックダウン中に、畑でトマトを収穫したり、スーパーの棚に商品を陳列するなど、外に出て働かなければいけない層と、家の中にこもって、非接触型の配達を待ちながら過ごせる贅沢を味わう層の違いがはっきり可視化された。だが、食物に深く執着するということは裏を返せば、不安でたまらず、少しでもいいから自分たちの命の源につながっていたいという願望の顕あらわれでもある。この状況は、リコリやカンナのように食の世界の変革を求める人々にとっては、新しく(または今頃になってやっと)時代の緊急性に目覚めた大衆に訴えかけるチャンスでもある。貧富の差、人種間の不平等、破壊されていく自然環境などの問題はすべてパンデミック前から存在していたが、構造的な変化が起きなければ、コロナ後の世界でも同じことが続いてしまう。

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