BY KIMIKO ANZAI, PHOTOGRAPHS BY YASUYUKI TAKAGI
「聞こえるのは鳥の声と風の音。ここにいると、穏やかな気持ちになれるんです」。山梨県・明野にある三澤農場のブドウ畑で、中央葡萄酒取締役兼栽培醸造責任者の三澤彩奈が言う。まだ認証こそ取っていないが、2016年から有機栽培を実践しているという畑は見渡す限り、よく手入れが行き届いている。
三澤は生まれ故郷が産する“甲州”に深い愛情を抱いている。元来、香りが立たないといわれた品種だが、三澤は試行錯誤を重ね、優雅な味わいを創り出してきた。2014年、権威あるワイン品評会「デキャンタ ワールドワインアワード」において「キュヴェ三澤 明野甲州 2013」が日本ワイン初の金賞を受賞。“甲州”が世界に認められたのだ。三澤は“日本ワインのホープ”と評されるように。近年ではグローバルなコンクールの審査員を務めたり、シンポジウムに参加することも多くなった。
だが、コロナ禍によってその日常は変わった。時間を得た三澤は自身の足もとを深く見つめ直した。そして「この地でしか生まれない、自分にしか造れないワインを造ろう」と決意する。その品種はやはり“甲州”。「明野の“甲州”にはキリリとした酸味があるのです。それを生かし、土着酵母を使い、より複雑な味わいのワインを造りたいと思っています」
一方で、中央葡萄酒は今年、ECモールからの撤退を決めた。販売効率を重視するだけでは、多種多様なワインの魅力は伝えきれない。家飲み需要が増えるなか、ワインの生命である“個性”をお客さまに丁寧に伝えてくれる飲食店も、ワイナリーにとって大切な存在だ。「お世話になっている飲食店を、ささやかながらも、できることで応援したいと思っています」
今、三澤の楽しみは、SNSで世界各地の同業の友人たちと会話をすることだ。家業を継ぎ、模索しながら道を拓いてきた三澤にとって、同じ立場の彼らの存在は大きい。「重責や葛藤を深く理解しあえる友の奮闘ぶりは、自身の励みになります」
問い合わせ先
中央葡萄酒
住所:山梨県甲州市勝沼町等々力173
電話:0553(44)1230
公式サイト