「醸し人九平次」で知られる老舗酒造店「萬乗醸造」がブルゴーニュでワインを造り、その味が専門家にも高い評価を得ている。日本酒とワインの未来に見えるものは何なのか。15代目当主 久野九平治さんに話を聞いた

BY KIMIKO ANZAI

画像: 「ドメーヌ・クヘイジ」はモレ・サン・ドニ村に位置。ここにはクロ・ド・ラ・ロシュやクロ・ド・タールなど、5つの特級畑があり、エレガントな赤ワインを生み出す地として知られる

「ドメーヌ・クヘイジ」はモレ・サン・ドニ村に位置。ここにはクロ・ド・ラ・ロシュやクロ・ド・タールなど、5つの特級畑があり、エレガントな赤ワインを生み出す地として知られる

 パリの三ツ星レストランでオンリストされたことを機に、フランスの有名シェフやソムリエの間で話題となり、今も国内外で人気を博している日本酒が「醸し人九平次」だ。エレガントな酸味と繊細な味は、フランス料理と日本料理、双方の素材を引き立てる。蔵元は1647年(正保4年)創業の萬乗醸造 久野九平治本店。現在、陣頭指揮を執るのは15代目の久野九平治氏で、「醸し人九平次」の生みの親でもある。

 世界的に知られるようになったきっかけは、2006年、パリのホテルで開かれた日本酒のイベントでのことだった。久野氏は、フランスのある有名ソムリエに「あなたの日本酒は手作りの味がする。私は、ワインもこういうものを選んでいるんだ」と言葉をかけられたのだ。
 当時、久野氏は家業を継いだばかりで、それまで大量生産だった自社製品の生産量を抑え、手作りのスタイルに変えていたのだ。この言葉に久野氏は「自分の考えは間違いではなかった」と感動、さらに真摯に日本酒と向き合い、進化していくことを自らに課した。

 「酒蔵に生まれながら、自分たちがやっていることは何かが違うと、いつもどこかで違和感を抱いていました。その時、『自分たちは米を栽培していない。まずは、そこから始めなくては』と気づきました。今まで、日本酒業界では米は農家が作り、蔵元が酒を造る”という慣習が当然とされてきました。もちろん、そういう考え方もあって、尊重しなくてはいけませんが、自分たちは、もっと米のことをよく知るために栽培から始めてみたいと思うようになったのです。そこで、兵庫県の黒田庄町に田んぼを購入しました。自分たちの日本酒を進化させたいという一心でした」と久野氏は語る。

画像: 15代当主 久野九平治氏。こよなく日本酒とワインを愛し、“自分たちのスタイル味”を追求。自社畑や田圃を少しずつ拡大し、テロワールが生きた“最上の”日本酒とワインを造るのが夢

15代当主 久野九平治氏。こよなく日本酒とワインを愛し、“自分たちのスタイル味”を追求。自社畑や田圃を少しずつ拡大し、テロワールが生きた“最上の”日本酒とワインを造るのが夢

 久野氏の新たな挑戦は、また次なる挑戦へと彼らを導いていく。なんと、2015年にフランス・ブルゴーニュ地方モレ・サン・ドニ村にワイナリー「ドメーヌ・クヘイジ」を設立したのだ。「醸し人 九平次」の売れ行きは順調だった。この時期にあえてブルゴーニュでワインを造る必要性などあったのだろうか? 久野氏は言う。

「日本酒もワインも醸造酒です。原料はそれぞれ米とブドウ。農産物は毎年の天候に影響されます。毎年起こる“田と畑のドラマ”とともに汗をかき、日本酒とワイン、双方のノウハウを、垣根を越えて交換してみたかった。それが醸造家にどのような感覚をもたらし、化学反応を起こすのか、確かめてみたかった。そこから自分たちのスタイルが生まれ、進化できるのではないかと期待したのです」

 ブルゴーニュを選んだのは、自身が「ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ」の味に感銘を受けたから。なにより、ワイン生産者が栽培から醸造まで一貫して行うドメーヌスタイルが、自分たちが目指す蔵元の姿と重なった。

画像: 栽培・醸造責任者 伊藤啓孝氏。日本酒造りは15年のベテラン。新たな地・ブルゴーニュで日々ワインと向き合う。「甘酸っぱく、ジューシーでモダンな味わい」を目指す

栽培・醸造責任者 伊藤啓孝氏。日本酒造りは15年のベテラン。新たな地・ブルゴーニュで日々ワインと向き合う。「甘酸っぱく、ジューシーでモダンな味わい」を目指す

 久野氏の思いを受けて、ブルゴーニュに赴いたのが栽培・醸造責任者の伊藤啓孝氏だ。ともに長く日本酒造りに関わり、ワイナリー設立の前にも久野氏とフランス各地を回り、勉強を続けていた。

「久野とは、日本にいた時から、どこでどんなワインを造りたいか、時間をかけて話し合ってきました。醸造酒を造ってきたことから『ワインを造れる』という自信はありましたが、それをどうやって自分たちらしいスタイルにするか、日本酒の蔵元がワインを造る意味とは何なのか、日々、考えていました」と語る。とはいえ、モレ・サン・ドニ村でのスタートは簡単なものではなかった。伊藤氏は、いわば異邦人であり、村に突然やってきた日本人は好奇の目で見られることも多かった。だが、石の上にも3年”、真面目にワイン造りをしていることがわかると、何かと世話を焼いてくれるようになったのだ。2017年に自社畑を購入した時は、「土地の取得が難しい」といわれるこの地で近隣の人々が力になってくれたという。

 そんな努力の証として誕生したワインのひとつが「ドメーヌ・クヘイジ コトー・ブルギニヨン」だ。チェリーなど赤い果実の香りと甘いスパイスの香り、フレッシュな酸味が印象に残る。ジューシーで甘酸っぱく、可愛らしさを感じる味わいだ。

画像: 「ドメーヌ・クヘイジ コトー・ブルギニヨン」。フランス・ブルゴーニュ地方。ピノ・ノワールとガメイをブレンド。凝縮した果実味とフレッシュな酸味が魅力。すき焼きなどの肉料理や根菜類の煮物といった醤油味の和食とも好相性。750ml ¥5,500 COURTESY OF KUHEIJI

「ドメーヌ・クヘイジ コトー・ブルギニヨン」。フランス・ブルゴーニュ地方。ピノ・ノワールとガメイをブレンド。凝縮した果実味とフレッシュな酸味が魅力。すき焼きなどの肉料理や根菜類の煮物といった醤油味の和食とも好相性。750ml ¥5,500
COURTESY OF KUHEIJI

 伊藤氏は言う。「ブルゴーニュは田舎で一見退屈に見えますが、その分、ワイン造りとシンプルに向き合える。週末、大切な人々とワインを酌み交わすのも楽しい(笑)。私たちのワインが、ここで少しずつ進化していけたらうれしいですね」

 久野氏が続ける。「この活動の先に、新たな日本酒とワインの未来が待っていると信じたい。なぜなら、日本酒もワインも人を繋ぎ、幸せにする飲み物なのですから」

問い合わせ
エノテカ
フリーダイヤル︓0120-81-3634

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