「まず食べたいものありきで旅先を決める」という贅沢な視点がいま、観光や食のシーンで熱い注目を集めている。日本各地で脚光をあびる大人のためのデスティネーションレストランを、ガストロノミープロデューサー・柏原光太郎が厳選して案内。第1回は、食材の宝庫・富山県氷見市で存在感を発揮する「成希」へ──

BY KOTARO KASHIWABARA

画像: 富山県・氷見市の「成希」での至福の一皿。真フグの白子、ヒラメのからすみ、わさび菜の寿司。クリーミーな白子にわさび菜のピリリとした味わいが合う

富山県・氷見市の「成希」での至福の一皿。真フグの白子、ヒラメのからすみ、わさび菜の寿司。クリーミーな白子にわさび菜のピリリとした味わいが合う

いま脚光を浴びる「デスティネーションレストラン」とは

 ここ数年、地方に素晴らしいレストランがいくつも出来ていることに気づく。それらはデスティネーションレストランと呼ばれ、そこで食べるためだけにわざわざ出かけるレストランと定義される。そして、地方の豊饒な食文化をローカルガストロノミー、食を中心に据えた観光をガストロノミーツーリズムと呼び、いまや「食(ガストロノミー)」を使って、地方にもっとインバウンドを呼び寄せようという動きが日本中で起こっている。その背景にあるのは、日本の食への高い評価だ。

 興味深い調査がある。コロナで世界中がロックダウンした2021年に、終息したら旅したい国を聞いたアンケートで日本は1位。しかも、その理由は「美味しいものが食べられるから」だった(2021年10月実施「訪日外国人旅行者の意向調査」)。近年、日本は貧しくなったと言われるが、食は世界に誇れるキラーコンテンツなのである。

 かつて旅は絶景や地方文化、スポーツなどを楽しむために訪れ、せっかくなら美味しいものも食べようというものだった。しかしいまや、美味しいものを食べるために旅をし、せっかく行くなら周辺も楽しもうと、主従が逆転してきたのである。私も最近、数多くのデスティネーションレストランを訪れているが、彼らがなぜ地方で開業したのかと聞くと共通の特徴がある。

 東京には世界中の一流の食材が集まっている。だが、その食材は東京に届くまでに角が取れて丸くなっているように私は感じる。いっぽう地方にある食材は東京の数分の一かもしれないが、突き抜けているものばかり。彼らはキャビアやトリュフはなくても、圧倒的なポテンシャルの食材を使いたいのである。

 どちらの食材を好むかは料理人の好みの問題だが、かつては地方食材を使って先鋭的な料理を作ろうとしても、経済的に成り立たないことが多かった。ところがネット社会の発達により、フーディーと呼ばれる食いしん坊が日本中の美味しいレストランを探して訪れるようになってきたことで、地方でも経営が成り立つ素地が出来たのである。ならば、日本中の素晴らしいデスティネーションレストランを訪れ、ガストロノミーツーリズムを楽しみたいと私は思っている。

画像: いま、食通たちが熱い視線を送る富山県・氷見市の「成希」(なるき)。割烹料理と握り寿司で構成される「おまかせコース」(¥15,000~)を提供している

いま、食通たちが熱い視線を送る富山県・氷見市の「成希」(なるき)。割烹料理と握り寿司で構成される「おまかせコース」(¥15,000~)を提供している

富山寿司の新時代を築く「成希」

 富山県氷見市は能登半島の付け根にある。このたびの能登半島地震では石川県輪島市や珠洲市、七尾市などが多大な被害を受け、クローズアップされているが、実は氷見市も震度5強に襲われ、断水も長く続いた。

 その氷見市にあるのが「成希」である。氷見市は冬のブリで知られるが、氷見漁港には季節を問わず、富山湾や日本海の海産物が毎日数多く水揚げされ、金沢の料理店も氷見の魚を使うところが多い。富山県は2023年、新田県知事が「10年かけて寿司といえば富山と呼ばれるようになりたい」というプロジェクトを発足した。私も富山県にはずいぶん足を運んでいるが、白エビ、ホタルイカ、紅ズワイがにといった海の幸の豊富さには毎回驚く。

画像: 店内はカウンターと個室2部屋。手入れが行き届き広々とした厨房が印象的だ

店内はカウンターと個室2部屋。手入れが行き届き広々とした厨房が印象的だ

 だが、富山の寿司はなまじ食材がいいだけに、江戸前寿司のように「仕事」といわれる技術でカバーするより、富山産のうまい米のシャリに新鮮な富山湾の魚をのせただけの寿司が多い。それでリーズナブルなのだから、富山寿司の魅力は認めるのだが、この素晴らしい食材に仕事が加わったら、鬼に金棒ではないかと私は思っていた。いまでも県内にそういう店はいくつもあるし、食べログやミシュランでも評価されているが、実数はまだ少ない。そんな中で一部のフーディーが注目し始めているのが「成希」なのである。

画像: 店主の滝本成希氏。都内の老舗寿司店や有名寿司店で修業を重ね、2022年7月にふるさとの氷見で「成希」を開店した

店主の滝本成希氏。都内の老舗寿司店や有名寿司店で修業を重ね、2022年7月にふるさとの氷見で「成希」を開店した

 主人の滝本成希さんは氷見で生まれ育ち、音楽関係の仕事をしていたが、イギリスで腕前を試したいと考えて渡英。約6年間暮らす中、アルバイトで日本料理店の寿司部門で働いたことをきっかけに、帰国してから本格的な寿司修業に入った。最初に入った銀座の老舗「久兵衛」では31歳にして一番下。10歳以上年下の先輩から学びを得る毎日だった。

「銀座本店には60人以上の寿司職人がいて、一回転130人。土曜昼には3回転するような店でしたからスピードをもって仕込みをすることを学びました。8年いましたが、最後の一年はホテルオークラや大阪帝国ホテルで仕込みから握りまで体験しました」

画像: カウンター越しに、磨きをかけた技で寿司を握る様子を堪能できる

カウンター越しに、磨きをかけた技で寿司を握る様子を堪能できる

 その後、ミッドタウン日比谷に出来た「鮨なんば」で大将の難波英史さんと板場に立ち、久兵衛とは違う難波スタイルのこだわりを学んだ。そして最後の一年間、新橋の日本料理店で日本料理の修業を積み、2022年7月に生家で開業した。

画像: 富山湾の甘海老に炊いた花わさびを添えて。甘海老の甘味が日本酒をすすませる

富山湾の甘海老に炊いた花わさびを添えて。甘海老の甘味が日本酒をすすませる

画像: 氷見のたけのこを使った若竹煮。春ならではの味わい

氷見のたけのこを使った若竹煮。春ならではの味わい

 私は2023年にはじめて訪れたが、隠れ家のような外装なのに室内の優雅さに驚いた。50坪の中に、広々とした厨房と11席までのカウンター、6人掛けの個室がふたつあるだけなのだ。

「母がコンビニをやっていた場所を改装したので広いんです。こぢんまりとすることも考えたんですが、地方でやるのなら家賃が高い東京ではできない使い方をしたいと思って。でも、いまは半分も使っていませんけれど」

画像: 能登牡蠣オイル漬けは、ふっくらした牡蠣の甘さに驚かされた

能登牡蠣オイル漬けは、ふっくらした牡蠣の甘さに驚かされた

 東京での修業を活かしながらも、氷見や能登をコースで表現したいと考え、魚は氷見港で揚がったものが中心。

「氷見には庶民的な寿司屋が多い中で、うちは高いほうかもしれません」というが、これだけの内容で15,000円とは、値段がすべてとは言わないものの、東京ではあり得ない。しかも、先述したように富山の魚に江戸前仕事が加わった、鬼に金棒の店なのである。

画像: 富山に来たらまずは味わいたい白エビの握り

富山に来たらまずは味わいたい白エビの握り

画像: ひらめの縁側の昆布締め。富山は昆布締め文化だけに酢飯との相性が抜群

ひらめの縁側の昆布締め。富山は昆布締め文化だけに酢飯との相性が抜群

 この日は、富山産の甘海老に花わさびを和えた酒肴からスタート。白バイ貝の磯部焼、氷見のたけのこ、能登牡蠣のオイル煮など、地元の食材が続く。それは握りに入っても変わらない。これからが旬の白エビや、マグロは氷見で揚がった20キロクラスを漬けと中トロで。だが、白眉は七尾の稚鮎の酢〆。コハダとは違った旨さを堪能した。

画像: 氷見で揚がった20キロほどのマグロ。香りが素晴らしい

氷見で揚がった20キロほどのマグロ。香りが素晴らしい

画像: 氷見のマグロの中トロ。軽い味わいの脂が旨い

氷見のマグロの中トロ。軽い味わいの脂が旨い

画像: 軽く酢でしめたコハダは身の旨さが際立つ

軽く酢でしめたコハダは身の旨さが際立つ

画像: 七尾で獲れた稚鮎を酢締めで。コハダとは違う旨さ

七尾で獲れた稚鮎を酢締めで。コハダとは違う旨さ

 寿司のお供はもちろん富山の日本酒。地元の氷見唯一の酒蔵である曙の純米吟醸「獅子の舞」から始まり、千代鶴「恵田」、三笑楽の純米酒など、東京では入手困難な酒を滝本さんのおまかせで楽しんだ。

画像: 提供される日本酒は、店主がセレクト。氷見の高澤酒造「曙 獅子の舞」など、東京ではなかなかお目にかかれないものばかりだ PHOTOGRAPHS BY KOTARO KASHIWABARA

提供される日本酒は、店主がセレクト。氷見の高澤酒造「曙 獅子の舞」など、東京ではなかなかお目にかかれないものばかりだ

PHOTOGRAPHS BY KOTARO KASHIWABARA

「今回の地震では、うちも一週間断水して営業できませんでしたし、港周辺には赤紙が貼られて解体しなくてはならない家もたくさんあるし、海底の隆起や地滑りで漁港も被害にあっています。1月はブリの最盛期でしたが、地元で消費できずに値段も下がりました。しかし石川県の方々にくらべれば氷見は大した被害ではない。私も炊き出しに参加しましたし、声高に語らないのが富山県人の特性なんです」

 道路の復旧も進み、氷見市の観光客の受け入れ体制は進んでいる。これからはいわしやマグロ、真鯛が美味しくなるし、近辺には温泉もある。成希をデスティネーションレストランとし、冬の氷見とはひと味もふた味も違った旅が楽しめる季節である。

「成希」(なるき)
住所:富山県氷見市幸町32-31
TEL. 0766-74-5151
完全予約制
公式サイトはこちら

柏原光太郎
ガストロノミープロデューサー。文藝春秋で「文春マルシェ」創設を経て、「日本ガストロノミー協会」会長、「食の熱中小学校」校長、「Luxury Japan Award 2024」審査委員などを務める。近著に『ニッポン美食立国論 ―時代はガストロノミーツーリズム』。

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