銀座「アルマーニ / リストランテ」は、エグゼクティブシェフのカルミネ・アマランテが、金沢のスペイン料理店「レスピラシオン」のシェフ、梅達郎と八木恵介を招き、能登半島地震チャリティーディナーを開催した。以前、アマランテは石川県を訪れた際、能登の同じ生産者の野菜を用いていることから彼らと意気投合。今回のコラボレーションディナーで、それぞれがお皿に込めた能登への想いを聞いた

BY MIKA KITAMURA

画像: 「アルマーニ / リストランテ」のカルミネ・アマランテ(中央)、「レスピラシオン」の梅達郎(右)と八木恵介(左)

「アルマーニ / リストランテ」のカルミネ・アマランテ(中央)、「レスピラシオン」の梅達郎(右)と八木恵介(左)

 2024年元日16時10分。マグニチュード7.6の地震が石川県能登地方を襲った。そろそろ半年が経とうとしている今も、復旧の目処がなかなか立たないところがたくさんある。

 アマランテが「アルマーニ / リストランテ」のエグゼクティブシェフに就任したのは2020年。以来、イタリアの伝統料理を大切にしながらも、最新の技術を駆使したコンテンポラリーな料理を提供するファインダイニングとして人気を博してきた。その土台として、アマランテが最も大切にしているのが日本の食材だ。リストランテで使う食材の生産者の約9割を、アマランテは直接訪ねている。

「レスピラシオン」は金沢でいま最も勢いのあるレストランだ。スペインのレストランで修業し、さまざまな経験を積んだ金沢育ちの料理人、梅達郎と八木恵介らが2017年にモダンスパニッシュレストランを開店。彼らのクリエイティビティをお皿の上のみならず、店という空間全体で開花させている。スペイン料理の枠にはまらず、食材は北陸地方のものを中心に使い、独自の世界を築く。実際に生産者を訪ね、食材がどのように育ったかを学び、その魅力を伝えるよう調理する。さらに「発酵」を活用するなど、食材へのアプローチは多彩だ。

「能登の地震の惨状を見聞きし、ひとりのシェフとして自分にできることは何だろうと考えた末、石川県をベースに活躍している梅さんたちに声をかけ、相談しました。レスピラシオンとコラボレーションしたいとずっと思っていたんです。すぐにOKの返事をもらえました。まずは、信頼する能登の生産者さんを、彼らと一緒に訪ねました」と、アマランテは話す。

画像: アマランテ(左)と、NOTO 高農園の高 利充(たか としみつ)。2月末、厳寒の能登島の畑で野菜談義

アマランテ(左)と、NOTO 高農園の高 利充(たか としみつ)。2月末、厳寒の能登島の畑で野菜談義

 その生産者とは、能登の玄関口・七尾の七尾湾に浮かぶ能登島で「NOTO 高農園」を営む高 利充(たか としみつ)だ。脱サラして能登島に移住し、有機農業を始めたのが2000年。食べ歩きの趣味が高じて、自分たちでレストランのためのおいしい野菜を作ってみようと農園をスタートさせた。現在は20ヘクタールの土地に、日本の伝統野菜と西洋野菜、ハーブ、エディブルフラワーなど約300種類を、農薬を使わず育てている。いまや100軒以上の全国のレストランに加えて、ホテルや百貨店へ野菜を卸しており、特に料理人からの信頼は絶大だ。
「地震直後、島と本土を繋ぐ2本の橋が不通になり、まさに“孤島”でした。水道、電気は通らず、ガスもダメでした。水道は4月にやっと開通したものの、個人宅に水を引き込むための作業をする業者さんの予約が難しく、今もまだ水道が復旧していない家が多いです。我が家はトラクターを動かすための軽油や畑のための水の備蓄があったので、スタッフと分かちあうことができ、それはよかったと思います」。

 畑が6枚崩れたが、野菜づくりは1月10日から再開したと言う。
「9人のスタッフのうち、家が壊れたり、お連れ合いの転勤があったりで、ふたりほど辞めました。でも、どうにか週に3日、うちの野菜を発送することから仕事を再開しました。お給料を払うことができれば、うちの仕事を続けてもらえます。ただ、七尾の宅配便の営業所は機能しておらず、片道80km離れた富山まで、当初は4時間かけて野菜を運びました。最近は1時間半くらいかな。道路は今も崩れたままなので、うちのハイエースは3回もパンクしましたよ」。
 半年近く経っても復旧がままならないものは多々ある。だが、「農園を始めたときと比べれば、畑はある。スタッフもいる。トラクターもある。お客様もいてくださる。ならば、まだやれるやろ。そう思ってます」と笑う。

 輪島市や珠洲市など甚大な被害を受けた地域の人々や、いまだ家に帰れない人たちを思い、高はいままで自身の状況について、あまり声を上げてこなかった。「全国の取引先からご連絡をいただくのですが、最近、『もう普通に戻ったの?』という声が多く…。やはり、七尾をはじめ、能登島や農園の現状について発信していったほうがいいかなと思うようになりました。七尾には有名な和倉温泉という温泉地がありますが、旅館やホテルはほぼまだ営業を再開できていませんし、能登島の農家にも再開を諦めている方々がいます」。

画像: NOTO 高農園の土は赤土で、草や緑肥を鋤きこみ、微生物の力を借りることで豊かで健康な土を作る。農薬は使わない。「目指すのは、味の濃い野菜です。野菜の原産地などを研究し、それぞれの野菜に合わせた土づくりをしているんです。そういう意味では、肥えた土が必ずしもベストというわけではないので、野菜本来の力を引き出すために土づくりをし過ぎないことも大切にしています」(高)

NOTO 高農園の土は赤土で、草や緑肥を鋤きこみ、微生物の力を借りることで豊かで健康な土を作る。農薬は使わない。「目指すのは、味の濃い野菜です。野菜の原産地などを研究し、それぞれの野菜に合わせた土づくりをしているんです。そういう意味では、肥えた土が必ずしもベストというわけではないので、野菜本来の力を引き出すために土づくりをし過ぎないことも大切にしています」(高)

画像: NOTO 高農園の採れたて野菜。個人にも発送してくれる(詳細はHPをご覧ください)

NOTO 高農園の採れたて野菜。個人にも発送してくれる(詳細はHPをご覧ください)

 コラボレーションディナーの前日。「アルマーニ/リストランテ」の厨房は、「NOTO 高農園」の野菜をはじめとする石川県の食材で溢れた。

 金沢「レスピラシオン」の梅シェフは、「地震直後はモノが倒れたり、一瞬にして100人以上のキャンセルが出たりで、どうしようかと思いました。1月は能登の料理人仲間の安否も状況もわからず、不安で不安で。1ヶ月後に炊き出しに能登へ入ったとき、仲間の顔を見てホッとしました。金沢は平常に戻っていますが、県内の生産者さんの状況を見れば、復興はまだまだ先です。輪島から珠洲にかけての外海は壊滅状態と聞きます。能登半島の最南端の七尾付近から北上すればするほど、状況は悪いです。被災地の人たちは、まだまだ家や寝床が、電気や水が不足しています。彼らの窮状を見ると、自分は何かを発信するべき立場ではないと思ってました。でも、能登の仲間に言われたんです。“一緒になって気持ちが潰れる必要はない、金沢は元気ですよって表明すべきだ”って。被災地のことは世の中からどんどん忘れられていく。能登の人たちは、生活の基盤となるものの窮状に対応するのに精一杯で、発信する余裕などない。自分ができることを頑張ろうと思い、考えて考えて。辿り着いたのは、大勢の人たちに、“やっぱりレストランは楽しい”と思ってもらいたいということでした。今回のディナーでは、能登の里山、里海にはこんなにおいしい食材があると知ってもらえたらいい。そして将来、能登まで足を運んでもらえたら。そんな思いを込めて、今日は料理しました」

画像: 「岩牡蠣」調理:レスピラシオン。新玉ねぎのピュレと金沢「ホリ牧場」の低温殺菌乳で作られたホエーの上に、岩牡蠣、さらに魚のだしとミルクのシートを重ねて。ミルキーな甘みとハーブとオリーブオイルの爽やかさが口いっぱいに広がる。「さまざまな味の要素が組み合わさり、最後に回しかけるオリーブオイルまでも甘く感じられるんです。」と梅。上にのせたカモミール、フェンネル、花山椒は、能登「あんがとう農園」から

「岩牡蠣」調理:レスピラシオン。新玉ねぎのピュレと金沢「ホリ牧場」の低温殺菌乳で作られたホエーの上に、岩牡蠣、さらに魚のだしとミルクのシートを重ねて。ミルキーな甘みとハーブとオリーブオイルの爽やかさが口いっぱいに広がる。「さまざまな味の要素が組み合わさり、最後に回しかけるオリーブオイルまでも甘く感じられるんです。」と梅。上にのせたカモミール、フェンネル、花山椒は、能登「あんがとう農園」から

画像: 「山菜」調理:アルマーニ / リストランテとレスピラシオン。梅と八木が山に入り、採ってきた山菜ときのこ、れんこんのつみれ、ごぼうのエスプーマ(泡)に、アマランテが高農園の野菜からとったブイヨンを注ぐ。最後に白山の標高1000m地帯の杉の葉から抽出した液体を振りかける。加賀れんこんのつみれのもちもち感と天然のなめこのぬめりなど、さまざまな食感の織りなす楽しさ、春の山のほろ苦さや甘みが渾然一体となった、清々しい香りのひと皿。 「厨房の雰囲気がすごくよくて、自然体で料理ができました。僕らが山で採った山菜類と、人があまり立ち入らないエリアの杉の葉のピュアな香りに、カルミネが作ってくれたブイヨンがぴったりと寄り添ってくれたんです。コラボレーションを満喫しました」(梅)

「山菜」調理:アルマーニ / リストランテとレスピラシオン。梅と八木が山に入り、採ってきた山菜ときのこ、れんこんのつみれ、ごぼうのエスプーマ(泡)に、アマランテが高農園の野菜からとったブイヨンを注ぐ。最後に白山の標高1000m地帯の杉の葉から抽出した液体を振りかける。加賀れんこんのつみれのもちもち感と天然のなめこのぬめりなど、さまざまな食感の織りなす楽しさ、春の山のほろ苦さや甘みが渾然一体となった、清々しい香りのひと皿。
「厨房の雰囲気がすごくよくて、自然体で料理ができました。僕らが山で採った山菜類と、人があまり立ち入らないエリアの杉の葉のピュアな香りに、カルミネが作ってくれたブイヨンがぴったりと寄り添ってくれたんです。コラボレーションを満喫しました」(梅)

画像: 「クエ アクアパッツァ 」調理:アルマーニ / リストランテ。長崎産のクエに、クエのだしと赤パプリカ、トマトのアクアパッツァ風のソース。ナスとドライトマトのペーストを添えて。濃厚なクエの旨みに野菜の甘みをさらに重ね、満足感のある味わいに 「料理は食材が主役。クエの味をどのように引き出すかを考え、トマトの旨みを足すことでインパクトのある重層的な味にしています。構成は何層にも重ねて複雑にしますが、調味料は引き算をして、食材の持ち味を最大限に引き出すようにするのが私の料理スタイルです」(アマランテ)

「クエ アクアパッツァ 」調理:アルマーニ / リストランテ。長崎産のクエに、クエのだしと赤パプリカ、トマトのアクアパッツァ風のソース。ナスとドライトマトのペーストを添えて。濃厚なクエの旨みに野菜の甘みをさらに重ね、満足感のある味わいに
「料理は食材が主役。クエの味をどのように引き出すかを考え、トマトの旨みを足すことでインパクトのある重層的な味にしています。構成は何層にも重ねて複雑にしますが、調味料は引き算をして、食材の持ち味を最大限に引き出すようにするのが私の料理スタイルです」(アマランテ)

「能登は新鮮な魚介類や赤土で育った野菜、畜産物が豊かなうえ、古からの発酵文化にも独特なものがみられます。そんな能登の食文化に惹かれ、食材も以前からよく用いていました。2月末に、NOTO 高農園さんに伺った時、水道も通っておらず大変な状況でした。そんななか高さんはとても前向きに頑張っていらっしゃいました。こちらが元気をもらったほどです」とアマランテは言う。「ささやかではありますが、これからも能登の食材を用いて料理をつくり、生産者さんを少しでもサポートできたらと思っています」

「レストラン」とはもともとフランス語で「restaurer」、“元気を回復させる”という意味の言葉から派生している。料理人の手を通して、能登の生産者と客が繋がり、お互いが元気になることを願って開催されたこのイベントは、レストランの成り立ちの原点を思い出させてくれた。

画像: PHOTOGRAPHS: COURTESY OF ARMANI RISTORANTE

PHOTOGRAPHS: COURTESY OF ARMANI RISTORANTE

「アルマーニ / リストランテ」
住所:東京都中央区銀座5-5-4 アルマーニ / 銀座タワー10階&11階
TEL. 03-6274-7005
公式サイトはこちら

「レスピラシオン」
住所:石川県金沢市博労町67
TEL. 075-225-8681
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「高農園」
公式サイトはこちら

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