BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY MASAHIRO GODA
ワイル直伝の技と心意気が今も脈打つ
「オークラ東京 オールデイダイニング オーキッド」

ローストビーフのカービングサービスをするレストラン統括料理長の齋藤裕樹。4㎏のサーロインを8㎜ほどの厚さに切る。これに、牛すじ肉と香味野菜を煮込み、9日間ほどかけて仕上げるソース、野菜、ホースラディッシュを添えて供する。
1962年創業の「ホテルオークラ東京」は、2019年に「オークラ東京」として新たな幕を開けた。開業時から食を重視し、「日本のフランス料理の父」と呼ばれる名料理人、小野正吉(1918-1997)が初代総料理長として腕を振るった。小野はワイルが総料理長時代の「ホテルニューグランド」に入社し、その薫陶を受けた。当時、料理人は一芸に秀でることが是とされ、「技は盗むもの」と教えてもらえないのが常識だった。しかしワイルは「料理人はすべての持ち場で仕事ができるべき」と、前菜、魚、肉部門とローテーション制にして、惜しみなく技術も教えた。さらに、料理人の生活態度や身だしなみを改善し、語学などの勉強を奨励した。彼らの意識改革を行なったことは、当時は高くなかった料理人の地位向上にもつながった。小野もフランス語を懸命に学び、のちに渡仏して本場で研鑽を重ね、腕に磨きをかけた。

「ビーフストロガノフサフランライス添え」¥4,500。ソースはコクがありながらキレのある仕上がり。
「オールデイダイニング オーキッド」にはオークラ伝統のメニューが勢揃いしている。創業当時、小野がメニューに載せたビーフストロガノフはワイル仕込みの一品で、今も健在。ワイルは気軽に楽しめる料理こそ大切に、と言っていたそうだが、「お客さまにとってカジュアルに利用できる場の料理こそ手を抜いてはいけないと、小野ムッシュもカレーやピラフなどの料理の味のチェックには厳しかったと聞いています」と、現・レストラン統括料理長の齋藤裕樹は話す。自ら客席を回り、ゲストと愉快な会話を交わしていたというワイル。今もこちらの宴会のブッフェではローストビーフのカービングサービス(ゲストの目の前で切り分けること)が行われるが、これもワイルが日本にもたらしたもの。その「お客さまを楽しませたい」という思いは小野を通じて、日本が誇る老舗ホテルに脈々と受け継がれている。

初代総料理長・小野正吉の座右の銘「料理は心」を表した自筆の書。技を磨くとともに、ゲストへの気遣いを含めて料理に対する愛情を忘れずに、というワイルの教えと重なる。この銘はホテルの料理人たちの心に、現在もしっかり刻み込まれているという。
オールデイダイニング オーキッド
住所:東京都港区虎ノ門2の10の4 オークラ プレステージタワー5階
TEL.03-3505-6069
公式サイト
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