自由な風がわたり、優しい森と大地に抱かれた軽井沢や御代田は、アーティストの感性が伸びやかに解き放たれるのだろう。第2回は、暮らしをクリエイティブに楽しむギャラリーと、リュネビル刺繍の作家を紹介。豊かな風土に彩られた日本に存在する独自の「地方カルチャー」=ローカルトレジャーを、クリエイティブ・ディレクターの樺澤貴子が探し、見つけ、まだ見ぬ世界へ誘う――

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

画像: トイレのピクトグラム代わりの木彫をひとつとってもセンスが表れている(lagom)

トイレのピクトグラム代わりの木彫をひとつとってもセンスが表れている(lagom)

《BUY》「lagom(ラーゴム)」
暮らしとアート、“幸せ”のフュージョンが巡る場所

画像: 店名はスウェーデン語で「ほどほど」を意味する

店名はスウェーデン語で「ほどほど」を意味する

 私たちは、何をもってして“幸せ”を感じるのだろう。バーチャルの精度が増す時代で、“この目で見たモノだけを信じたい”という思いを伴って訪れたのが、ここ御代田の「lagom(ラーゴム)」だ。店を営むのは、家具デザイナーの須長 檀(だん)氏と妻の理世(みちよ)さん。オリジナルの家具をはじめ、ヴィンテージの北欧家具、ふたりの琴線に触れた用の美から、手仕事を秘めた洋服、さらにはアウトサイダーアートまで。目が合った瞬間から密かなラブレターが交わされるような、ヒトとモノとの心地よい時間が生まれる。時代も国の由来もテイストも異なるチャーミングな品々が、暮らすようにディスプレイされたライフスタイルショップなのだ。

画像: 建物は美術館の跡地を利用。家具のコーディネートやディスプレイも暮らしのヒントに

建物は美術館の跡地を利用。家具のコーディネートやディスプレイも暮らしのヒントに

画像: ご覧のミッドナイトブルーをはじめ、ペパーミント、オフホワイト、グレーなど。四方で異なる壁の色は、家具デザイナーのヨーナス・ボーリンや柳宗理、倉俣史朗など、須長氏の尊敬するクリエイターのイメージを色で表現しているという

ご覧のミッドナイトブルーをはじめ、ペパーミント、オフホワイト、グレーなど。四方で異なる壁の色は、家具デザイナーのヨーナス・ボーリンや柳宗理、倉俣史朗など、須長氏の尊敬するクリエイターのイメージを色で表現しているという

「lagom」が看板を掲げたのは2021年。御代田のほかにも、2009年から軽井沢のハルニレテラスで北欧家具と雑貨の「NATUR TERRACE(ナチュール テラス)」を営む。どちらの店もルーツを北欧へ辿るのは、須長氏がスウェーデンで生まれたことにほかならない。「父も家具のデザイナーで、母の実家も家具メーカーの創業者。スウェーデンで生まれ、3歳までを過ごしました。再び誕生の地に根を張ったのは、ヨーテボリ大学で家具のデザインを学ぶためでした」。その後、ストックホテルムの王立美術大学へ進み、在学中からデザイナーとして一歩を踏み出す。

 一方で、妻の理世さんは美大で日本画を専攻し、交換留学でスウェーデンを訪れた。これまでにない“芸術が芽吹く過程”に心動かされ、在籍していた大学を退め、テキスタイルアートを学ぶためにヨーテンボリ大学へ再出発する。日本でテキスタイルアートというと、ファブリックデザインをイメージするが、スウェーデンではマテリアルのダメージ加工やオブジェの制作などを学ぶ。その延長で興味の矛先は舞台美術へも向けられたという。

 そんなふたりが家族となり、スウェーデンから帰国したのは、前述のハルニレテラスでの出店のオファーが機縁となった。

画像: 「美しいものを作ることに幸せが宿ります」と語る須長 檀氏と理世さん

「美しいものを作ることに幸せが宿ります」と語る須長 檀氏と理世さん

画像: 理世さんとアイディアを模索しながら須長氏がデザインした2脚一体式の椅子

理世さんとアイディアを模索しながら須長氏がデザインした2脚一体式の椅子

画像: 雲に腰掛けたような座り心地をイメージしたオリジナルの椅子「clouds」

雲に腰掛けたような座り心地をイメージしたオリジナルの椅子「clouds」

 店内には多彩なスタイルの家具が、買い手を待ち焦がれながら仮初めの居場所で輝きを放っている。とりわけ目を奪ったのは、舞台装置かなにかのように入り口に据えられたスチール製の椅子だ。なんでもヒッチコックの作品『めまい』から想起した舞台演出のために依頼された椅子だという。スライドさせることで2脚が完全に一体となり、少しずらすと一期一会のスリットがうまれ、2脚を個々に楽しむこともできる。まさしく『めまい』に登場する多重人格者の主人公の化身ともいえる椅子だ。

 続いてミッドナイトブルーの壁のエリアに視線を投げると、プリミティブな木枠にクッションを浮かべたような椅子を発見。「子どもの頃、ダイニングテーブルと自分の背丈のバランスをとるために、大人の椅子にクッションを置いて座っていました。その心地よさがずっと忘れられなくて」(須長氏)。幼少期に誰もが憧れた、雲に座る感触を記憶から引き出し、フレームを長野県安曇野市の木工作家・金澤知之氏に依頼。羽毛のクッションを優しく受け止める、ペーパーコードの土台を作家とともに考案した。

画像: 障がい者就労支援施設との繋がりから生まれた「konst」の作品が、壁に静かな情熱を灯す

障がい者就労支援施設との繋がりから生まれた「konst」の作品が、壁に静かな情熱を灯す

画像: 「konst」のミラーフレーム。写真中央の作品は、ゲルハルト・リヒターの絵画の続きを表現したもの

「konst」のミラーフレーム。写真中央の作品は、ゲルハルト・リヒターの絵画の続きを表現したもの

 須長氏が、この地で力を注いでいるもう一つの取り組みがアウトサイダーアートである。軽井沢の障がい者就労支援施設内のデザインブランドでクリエイティブディレクターを務めた経験を活かし、現在は一般社団法人konst(コンスト)を立ち上げ、月2回のワークショップを開催。クリエイター(障がい者)が紡ぐ創造の世界を、プロダクトへと再解釈して社会に発信。「lagom」でも販売を行う。

 壁を彩る絵画は、消費期限の過ぎたペンキをメーカーに提供してもらい制作したもの。エモーショナルな色をどこまでも重ね、クリエイターの感性でドラマティックな変容を遂げた。チェストに置かれたビビッドなミラーフレームは、有名アーティストの絵画の続きを描くことがテーマ。制作過程では鏡の部分に絵画の複写をあてがって、イマジネーションを掻き立てるのだとか。内包された可能性は、それを導く人の存在で一層の輝きを増す。それを須長氏は「クリエイターの皆さんが寄り道で見つけた森や湖のような作品を受け取り、手紙のようにデザインしてお返しする」と表現。なんて温かで幸せなモノづくりの巡りなのだろう。

 1時間半の高揚した滞在を終え次の目的地へ向かう道すがら、青空に浮かぶ雲を見つめながら思った。旅とは浮遊することで自分の立ち位置を確認する時間なのではないか。そんな旅先と日常のはざまに、探し求めている幸せがこぼれ落ちているのではないだろうか。

画像: 雄大な浅間山と夏の名残に染まる青空、「浅間国際フォトフェスティバル2025 PHOTO MIYOTA」の作品がビビッドに溶け合って

雄大な浅間山と夏の名残に染まる青空、「浅間国際フォトフェスティバル2025 PHOTO MIYOTA」の作品がビビッドに溶け合って

「lagom(ラーゴム)」
住所:長野県北佐久郡御代田町大字馬瀬口1794-1MMoP
電話:090-4642-3930
公式サイトはこちら

《BUY》「SWIMAYA(スウィマヤ)」
精緻に煌めくリュネビル刺繍の世界

画像: フランスのヴィンテージビーズから日本製まで、緻密なカラーパレットが揃う

フランスのヴィンテージビーズから日本製まで、緻密なカラーパレットが揃う

 リュネビル刺繍をご存知だろうか。クロッシュというかぎ針を用い、オーガンジーに下からビーズを縫いとめていく、密度の高いビーズによる絵画的表現の手法である。その技をパリのオートクチュールの現場で磨いた片岡 彩さんが手がけるブランドが、こちらの「SWIMAYA(スウィマヤ)」だ。実は、片岡さんの作品に初めて出合ったのは約7年前に遡る。個性が光るモチーフや配色の妙に惹かれ、いつかは工房を訪ねたいと思っていた機会が、この旅で叶った。

 ブランド名「SWIMAYA」はスイマーとファーストネームを組み合わせた造語。高校時代にシンクロナイズドスイミングのジュニアの日本代表だったことに由来する。水中でひと際輝きを放つ衣装を手がけたいと、高校卒業後はパリのファッション専門学校へ留学しディプロムを取得。「オランピア・ル・タン」や「アレクシ・マビーユ」での研修を経て就職し、オートクチュールならではの高度なビーズ刺繍の存在を知る。さらに高度な刺繍の技に挑むため、働きながら「エコール・ド・ルサージュ」へ通い、現役の職人に師事する。プロフェッショナル刺繍コースを学ぶなか、リュネビル刺繍という至極の煌めきの表現法を手にした。

画像: 発色の美しいビーズやスパンコールを用い、裏面から刺繍するのがリュネビルの特徴

発色の美しいビーズやスパンコールを用い、裏面から刺繍するのがリュネビルの特徴

画像: すべての技術が凝縮した「エコール・ド・ルサージュ」時代の作品

すべての技術が凝縮した「エコール・ド・ルサージュ」時代の作品

 パリで技術を磨いた片岡さんが次に向かった先は、カタールだ。王妃が経営するファッションブランドにて、オートクチュールの刺繍部門責任者を務め、2017年に帰国と同時に「SWIMAYA」を立ち上げた。水と植物の幻想的な世界を、アールヌーヴォー調のデザインで表現したポーチやファッション小物が話題を呼び、独自のバッグやアクセサリーを展開してきた。

 現在は一輪挿しやジュエリーボックス、ナプキンリングからフルーツのオブジェや箱庭まで、ファッションの領域を超え、インテリアを彩るアートピースなど、より立体的な表現にも迫っている。その心は、「モザイクアートのように、引いた表現からぐっとフォーカスした際の緻密な煌めきに価値を感じていただきたい」のだとか。

画像: 一輪挿しやフルーツオブジェ、スクエアポーチなど幅広いアイテムを手掛けている

一輪挿しやフルーツオブジェ、スクエアポーチなど幅広いアイテムを手掛けている

画像: 左は今冬のパーティシーズンに向けて手掛けている巾着バッグ。写真右はエジプトの壁画から想起した文様

左は今冬のパーティシーズンに向けて手掛けている巾着バッグ。写真右はエジプトの壁画から想起した文様

 さらに展開するモチーフにおいても、新たなインスピレーションの扉が開いたという。そのきっかけは今年の1月に訪れたメキシコやグアテマラへの旅。「今、研究しているのはマヤやエジプトなど古代文明のモチーフです。エジプトのピラミッドに眠る王妃の衣装にもビーズが用いられており、格調高いオリエンタルな意匠を紐解いてみたいと興味をそそられています」。そう語りながら漆黒の髪を耳にかけた瞬間に、毎日お守りのように身につけているという月のピアスが、優雅に揺らめいた。古代文明に宿るロマンが片岡さんの指から紡がれる日もそう遠くはなさそうだ。

画像: 作品は展示会を中心に発表。この秋冬の予定は公式インスタグラムにて公開

作品は展示会を中心に発表。この秋冬の予定は公式インスタグラムにて公開

「SWIMAYA(スウィマヤ)」
公式インスタグラムはこちら

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

日本のローカルトレジャーを探す旅 記事一覧へ

▼あわせて読みたいおすすめ記事

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.