BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA
「私のhutte(ヒュッテ)」
十人十色のアートと過ごす1棟貸しゲストハウス

寝室の一角にさりげなく置かれた鮮やかなドローイングは、ミュージシャン・たむらぱんの作品。館内の随所で10名のアーティストの作品が空間と溶け合う
ほんとうに出会った者に別れはこない──旅に向かう時、谷川俊太郎のこの言葉を密かに携えている。これは『あなたはそこに』という詩に綴られた一片で、本来は“大切な人を亡くしても、その人との出会いは終わらない”ことを綴ったもの。旅先で一期一会を繰り返す当連載だが、単に取材で通り過ぎるだけではなく、 “自分ごと”として心に刻みたいという思いから、前述のフレーズをポケットに持ち歩いている。
森の樹々が仄かに色づきはじめた9月の終わり、“ほんとうの出会い”を求めて訪れたのは、群馬県の北軽井沢。ここは、昭和初期に東京大学をはじめとする各大学の教授や研究者、文化人が中心となって別荘地を開拓した歴史をもつ。美しい木立ちを眺めながら車を走らせると、赤い屋根と白い窓枠がチャーミングな家が目を惹く。今宵の宿「私のhutte(ヒュッテ)」だ。2026年の初夏にオープンし、今年初めての秋を迎えていた。

焦茶の壁に赤い屋根、白い窓枠は北軽井沢らしい伝統的なカラーリング。明治以降、この地に集った外国人宣教師が建てたシャレー(山小屋)風の建築様式に由来する

写真家・石場文子の作品。林檎とグラスという日常的なモチーフを使った、現実と平面の境界が揺らぐようなコンセプチュアルな構図が、洗面スペースに感度の高い非日常さを添える
ゲストハウスを手がけたのは、「スマイルズ」「Soup Stock Tokyo」「The Chain Museum」などの代表取締役である遠山正道氏。2019年に北軽井沢の谷川俊太郎邸を譲り受けたことを機に、閑静な面影が残る北軽井沢に魅せられ、以来二拠点生活を続けている。そこで見つけたのが、この古き良き簡素な小屋。ひと目惚れだったという。北軽井沢に友人を招くことも多かった遠山氏は、美しい小屋を手に入れ、1年半もの時間を費やして改装し「私のhutte」と名づけた。
1960年代の別荘をリノベーションした室内は、時代や国籍をひと言で括くることができない不思議なミックス感が調和している。個性が光る空間を生み出しているのは、遠山氏の審美眼で選りすぐられたアートたち。目指したのは仰々しく作品を展示する場ではなく、時間や季節の移ろいを感じながら、穏やかにアートと過ごせる空間づくり。部屋ごとにテーマを小分けにしながら、全体が心地よく繋がるようにプロデュースされている。
1階のダイニングは、コニャック色のリブ材を壁に配して、ヴェネツィアのクラシカルなヴァポレット(水上バス)をイメージ。水の都にちなんで天井と壁の一部に選んだ色は、アドリア海を思わせるブルーグリーンだ。冴えた壁に包まれたリビングには、フューチャリスティックな白いソファを主役に、その肘掛けの曲線美と響き合うレコード台まで設計。壁には、この土地に由来した古の浅間山荘の絵葉書を引き伸ばし、それと対峙するようにアポロを想起させる東京藝術大学大学院に在籍中の鈴木詠士の硬質な油絵が掛けられている。60年代という時代を象徴する出来事をアートに投影し、60年代に建てられた館の年月に重ね合わせた。

薪ストーブを据えたリビングスペースは、過去と未来が交差するような空間。置かれたレコードも建物の年代に合わせて、60年代のレーベルのものをセレクト

ヴェネツィアのヴァポレット(水上バス)と海をイメージしたダイニングスペース。テーブルセンターから棚におさめたお菓子に至るまで、小さな物語がちりばめられて
ドラマティックなコントラストを施した1階に対して、2階はかつての館の記憶を消しすぎず、ほどよいノスタルジーが漂う。手前にはポップアートやハンモックも設えた、子ども心を呼び覚ます客室を。その奥はピクチャーウィンドウを主役に、あえて装飾を削ぎ落とした畳のある客室が続く。
また、建物の北側には約1300㎡の林を有し、美しい静けさが広がる。一般的に日当たりのよい南側が重視される住宅とは異なり、ここは北側の風景にも価値を見出している。浴室やサウナから林の景色を堪能できるように、室内はあえて光を抑えて、窓の外に広がる木々や光の移ろいが鮮やかに映えるように設計。一軒の施設とは思えないほど、巡るエリアによって異なる物語を逍遥するようだ。

2階の廊下に設えた北側の出窓に佇むと、寺院の縁側から庭を眺めるような静けさに溶け込むようだ

2階手前の客室。小型のアップライトピアノやエレキギター、ペンダントライトを上るリスのオブジェにも遊び心が宿る

2階奥の客室は和室だった趣を残し、ゴロリと寝転がることができる畳もある

外気と囲炉裏の温かさが交差するテラス
アートと館の物語を探訪し、現実に立ち戻ったところでお腹の時計が鳴りはじめた。夕餉はテラスに設えられた囲炉裏で炭火焼きを堪能することに。地元の農園の直売所で食材を求め、準備をしながら冷蔵庫に収められたオーガニックの白ワインの栓を抜く。標高1000m近いこともあり9月末の日暮れどきは肌寒さが増し、炭火の温もりさえもご馳走となる。それでも身体が冷え切ったら着衣のままサウナで暖をとり、再びテラスで一献を交わし夢心地についた。
翌朝、テラスに出ると庭の景色が印象的に切り取られていることに気づく。聞けば、あえて軒を深く迫り出す設計にしたという。「このhutteを手掛けてから、“軒下”という身を守る場所の居心地のよさに心酔しています。いずれは、この場所と繋がるように敷地や建物を増し、“軒下の森”というコンセプトで、暮らしや広い意味での生き方を共感できる集合体をつくることができたら、と考えています」(遠山氏)。この場所を訪れた人たちがニュートラルに繋がる森の“軒下”で、各々の “ほんとうの出会い”が生まれることだろう。

チェックアウトまでのひとときを、庭の温室にて
「私のhutte(ヒュッテ)」
住所:群馬県吾妻郡長野原町大字北軽井沢2032番地1512
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遠山正道氏の私邸「谷川ハウス」を尋ねて

谷川俊太郎の父・徹三の書斎として建てられた「離れ」。見晴台を増築し、遠山氏は露天風呂を楽しむ建屋として活用
今回の取材では、「私のhutte」を開業するきっかけとなった遠山氏の私邸を、特別に訪ねる好機にも恵まれた。それが、1974年に建てられた谷川俊太郎の「谷川ハウス」である。建築を手がけたのは、「住宅は芸術である」──という言葉を掲げ、建物を生活の器として捉えるのではなく、精神性の高い空間へと昇華させた篠原一男。依頼主である谷川俊太郎は篠原へ一編の詩を託し、その詩を起点に “精神の入れ物”としての住宅を創出した。
自然の傾斜地に架けられた巨大な屋根にすっぽりと覆われたシンプルな構造体は、建物全体の約4分の3を“夏の空間”と位置づけている。それはまるで地面をむき出しにした土間と、屋根を支える幾何学的な柱からなる“聖なる祠”のよう。ダイナミックなオブジェと化した大きな脚立は、ポール・セザンヌのアトリエにある古い木製脚立から着想。斜面に対して水平になるように計算されたベンチとともに、置かれている家具も篠原のデザインによるものだ。土間の対比として、西側には生活機能をコンパクトに詰め込んだ“冬の家”を設計。1階はリビングダイニング、2階は畳も配した居室となっている。

地形をそのまま取り込んだ「谷川ハウス」のシンボリックな“夏の空間”

遠山氏曰く「団地のよう」と喩えられたコンパクトな“冬の家”の居住空間。館と年代を同じくする70年代のレーコードを手にして
篠原一男の名建築としてその存在を知っていた遠山氏は、縁あって2019年に、この数奇な「谷川ハウス」を譲り受ける。手にした美しい造形物は、コレクションとして所有するのではなく“住むこと”に意味がある──そう考えた遠山氏は消費社会から自身を隔離するように、茶碗と寝袋ひとつを持ち込んだとか。こうして孤独と不便さ味わう北軽井沢と東京との2拠点暮らしがはじまった。薪ストーブに火をくべ、自作の詩を朗読し、森を眺め、寝起きする。只それだけのために、多忙な時間を縫ってこの空間に身を置くことで、どこへ辿り着くのだろう。
機能性や効率にとらわれない空間のなかで、自身も詩作をする遠山氏が綴った詩のなかに、こんなフレーズを見つけた。「我々は自然主体のなかで人間がどうあるべきか。人間の一人一人の生き方は。幸福はどうあるべきあるべきか、という太古からあるはずの本質的なテーマに、ちゃんと気づいて実践していけるかを問われている」(「木本梨絵さんのこと」より)。
遠山氏が、見つけたひと匙の幸福のお裾分けが前述で紹介した「私のhutte」だとしたら──このゲストハウスで過ごす時間が一層意義深く感じられる。お気に入りの季節を尋ねると、「北軽井沢を堪能するなら冬がおすすめ」だという。ベストシーズンの幕開けは、すぐそこまで近づいている。

2023年には、同敷地内に立つ谷川俊太郎のアトリエも受け継いだ。室内は生前のままを留め、机の上のキャンディーや郵便物が元の家主の存在を証明しているよう

2024年、敷地内に新たに誕生した「暖居」(設計/御手洗龍建築設計事務所)。サウナにもなるツリーハウスのような建物で、森の景色と繋がる4つの窓辺を配した階段状の吹き抜け空間。
※後半で紹介した「谷川ハウス」を含めご紹介した私邸は未公開

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。
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