坂本龍一 PHOTOGRAPH BY LISA KATO

DIALOGUE

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 坂本龍一という名前の隣に、音楽家、という3文字の肩書がついているのを見るにつけ、何かうまく表現できない、ちょっとした違和感を感じてきた。確かに音楽を作る人である。けれど坂本(以下敬称略)がスタジオで録音したり、ライブ演奏をしている以外の時間の活動が、肩書に入らないことにはなんとなく釈然としなかったからだ。けれど仕方がない。肩書とは、きっと最大公約数の人々がもつその人物への認識を表現するものなのだろうから。

 2014年7月にがんを患ったことを発表し、1年間の闘病生活を経て仕事に復帰した坂本に、最後に話を聞いたのは、自分の音楽レーベル〈commmons〉の10周年を記念して開催したイベント〈健康音楽〉の前後だった。病気をしたことで、「自分に残された時間」について考えるようになったという坂本は、「40年の活動期間で作れていない『人生の宿題』になっているような、音楽がある。これぞ坂本だというような作品を作りたい」と次作への意欲を示していた。そしてこれからは、なるべく音楽に集中する、とも言った。

 原発などをめぐるエネルギー問題、環境問題や政治、時事に関するポストのみならず、人類学、歴史、文化、音楽、ダンスなどの幅広いトピックスについてのソーシャル・メディアのポストを楽しみにしてはいたけれど、一方で、どこにそんな時間があるのだろう?と不思議だったので納得もした。実際、坂本のオンラインの発言は〈健康音楽〉のあとから激減した。

 この9月、マンハッタンの音楽スタジオで話をしてくれた坂本は、数カ月前に語ったことを繰り返した。「今年の残る時間は、アルバムの完成目指して、集中してやりたい。計画しているとおり来年の春に発売できたとして、8年ぶりのアルバムになります。ということは10年に1枚くらいのペースになってしまってる。それじゃダメなんですよ」

 ダメなんですか?とついオウム返しをしてしまったのは、その8年間がただ漫然と過ごされたものでないことは周知の事実だからだ。前作『アウト・オブ・ノイズ』を2009年に発表してから、ライブ活動はもちろんのこと、ライブアルバムは複数枚出しているし、数えきれないほどの楽曲を他者に提供してきた。闘病からの復帰後だけでも山田洋次監督の『母と暮せば』(’15)、多数の音楽賞にノミネートされた『レヴェナント:蘇えりし者』、この9月中旬に公開された李相日監督の『怒り』と3作の映画音楽を手がけた。中沢新一、竹村真一、鈴木邦男といった人たちとの対話を書籍という形にし、2013年の山口情報芸術センターの10周年記念祭、2014年札幌国際芸術祭ではともにディレクターを務め、〈more trees〉やその他の活動を通じての環境運動にも積極的に参加し、東北地方の子どもたちが参加する〈東北ユースオーケストラ〉(http://tohoku-youth-orchestra.org/)で指揮を執っているのである。「音楽家」ということであれば8年に1枚という頻度は「ダメ」ということになるかもしれない。でも!と思った裏には自分勝手な私情があった。アルバムを制作するために、オンラインでの発信を減らす坂本に対し「もっと発信してほしい」という自分勝手な欲求もあったかもしれない。ネットのとげとげしい雰囲気に、意見を表明することに加速度的に腰がひけてきている自分をふがいなく感じながら、ことあるごとに「音楽家のくせに」と理不尽な批判にあっても、一市民として、不正義と感じることには恐れずに異議を表明する坂本のポストに、溜飲を下げていたのかもしれない。自分にとっての坂本龍一という人は「音楽家」にとどまらない発信者だったのだ。
PHOTOGRAPH BY LISA KATO
「マスクして、怪しい感じで、人の波と反対に歩きながらね。行き交う人の会話や足音が通りすぎていく感じがおもしろいんです。こういうことは現代音楽の分野には昔からあって、もちろん知識としては知っていたけれど、なまの欲望としておもしろいと思うようになった」