BY HIDEMI UCHIDA
少し前になるが、ある展覧会を見るためだけにわざわざ飛行機に乗ってイギリスに行く、という旅をした。目的地は、ロンドンからさらに車で4時間あまり北上した、何かなければ一生訪れることもないであろう田舎の町だ。羊がのどかに草を食んでいる緑の丘の上に建つチャッツワース・ハウスは、ドラマ『ダウントン・アビー』に出てくるような貴族の館で、展覧会はそこで行われている「ハウス スタイル展(House Style:Five Centuries of Fashion at Chatsworth)」(10月22日まで)。
ひとことで言うと、その館に暮らす代々の家族の500年にわたる豪華絢爛な衣装を、大広間や図書館など館の部屋で展示するーーというもので、グッチがサポートし、キュレーターが名ファッションエディターのハミッシュ・ボウルズ、とくれば期待しないわけにはいかない。でもいかんせん遠すぎる……。迷っていた私の背中を押したのは、資料に書いてあった「展覧会開催の発端は、伯爵に嫁いだ元モデルのローラ・バーリントン」という一行だった。ローラは、トップモデルとして活躍した後、チャッツワース・ハウスのバーリントン伯爵に嫁いだ。彼女がたまたま息子の誕生日の洗礼式の衣装の参考にするためにテキスタイルアーカイブスを調べた際、そこに眠る過去の膨大な衣装たちを発見し、専門家に調査を依頼したのがきっかけで、この展覧会を実現させたのだ。
そんなエピソードに導かれて訪れたイギリスは、たしかに遠かった。走っても走っても車窓には羊の群れ。けれど、行くべき場所だった。そこで目にしたのは、私にとって、今年、現時点でナンバーワンの展覧会だった。繊細な刺繍が施されたドレスたち、載冠式のローブ、代々の夫人たちのウエディングドレス(11代デヴォンシャー公爵夫人の孫娘でモデルのステラ・テナントのドレスも)や、ビクトリア女王即位60周年の仮装舞踏会でのドレス。目を閉じると、鏡の前でお針子さんたちがせっせと仮縫いをし、舞踏会でボールルームを彩り、ある時は画家の前でそれを着てポーズをとっていたであろう夫人たちの姿が浮かぶ。
実際の館での展示だからこそ、衣装は再び命を与えられ、まるで歴史絵巻をたどるかのような圧倒的な臨場感で見ることができた。ほかにも1850年代の手書きのレシピブックや、植物や昆虫の刺繍の愛らしいこと。数百年前、中国にわざわざ発注したバンブー模様の壁紙の美しいこと。当時の貴族たちのアートやファッションのセンスは今見てもまったく古くなく、むしろ今すぐ真似したいくらいだ。気が付くと、ドレスやジュエリーから素敵なモチーフを探しては写真を撮り、記録し、すっかり仕事モードに没頭していた。夢のような宝探しの一日となった。
展覧会は、いつか行こうと思っていても気が付くと終わっていた、ということが多いものだ。少しでも心に引っかかること、気になること(私にとってはモデルのローラ、のようなこと)があれば、後回しにせず、思い切って足を運んでみてほしい。まずは、ロンドン行きの航空チケットを。
House Style:Five Centuries of Fashion at Chatsworth
公式サイト