BY MASANOBU MATSUMOTO
江戸時代後期の絵師、葛飾北斎が描いた力士と、フランスの印象派を牽引した画家、エドガー・ドガによるバレリーナ。顔や身体の向き、腰元の手のあて方、脚の開き具合……面白いほどにそっくりだ。だが、これは偶然ではない。ドガだけでなく、同時代に新しい絵画に挑んだモネ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーガン、そしてクリムトなども、北斎の浮世絵にインスパイアされた作品を残しているという。
アートシーンにおける東西“そっくり現象”を切り口にしたユニークな展覧会『北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃』が、国立西洋美術館で開かれている。約110点の北斎の絵と、それにそっくりな西洋美術品や工芸品を隣り合わせにして展示。19世紀後半、西洋の芸術家たちのあいだで起こった “ジャポニスム”という現象の中心に、北斎絵画があったことを多角的に教えるエキシビションだ。
幕末、欧州の外交官が日本を訪れるようになると、その旅行記や博物誌には北斎の風俗画や風景画が挿絵として頻繁に使われた。一方、1867年の第2回パリ万博の際には、江戸幕府が北斎の絵手本『北斎漫画』を出展している。かように、“ジャポニスム”に最も影響を与えたのが北斎だ。しかしなぜ、単なる異国情緒を超え、巨匠たちがこぞって“そっくり”な作品を創作するほどに北斎絵画はセンセーショナルだったのか。国立西洋美術館長で、ジャポニスム研究の第一人者である馬渕明子によると、「北斎は、人物、動植物から風景や建築まで、すべてひとりで網羅して描いた稀有な絵描きだった」ことがその理由のひとつだという。「ジャポニスムの影響を受ける以前の西洋の絵画は、伝統的な“型”にとらわれていた。浮世絵では、上から下から、ときには丸い穴からなど、さまざまな角度から対象を描く。それが西洋の人々にとっては非常に新しかったのです」
この“型”とは、ひとつには風景画における遠近法だ。それまでの西洋の画家たちは、ルネサンス期に発明された“一点消失法”を使い、目に見える風景をリアルかつ立体的に絵に落とし込んできた。ところが北斎の風景画は、ときに鑑賞者の視覚体験を優先し、実際の遠近感を無視している。それは新しい主題や陰影法に挑戦していたモネの目にも新鮮に映った。
北斎の風俗画に描かれている江戸の町民の何気ない日常も、西洋の画家たちの新しいインスピレーション源となった。オペラ座の裏舞台に入り浸っていたドガが、もし“型”にとらわれていたら、バレリーナを伝統的な肖像画のように正面から描いたかもしれない。もしくは歴史画のように、バレエのクライマックスのシーンを画題に選んだはずだ。メアリー・カサットが描いた女の子も、大きな袋を背もたれにして踏ん反り返る北斎の“布袋さま”のように、決してお行儀がいいとはいえない座り方をしている。従来の「子どもは行儀よく描くべきだ」という固定概念を捨て、女の子が何気なく座っている風景を、そのまま自由に絵にした作品だ。
当時のヨーロッパは、パリを中心に近代化が進み、芸術家たちも新しく革新的なアートを強く希求し、模索していた。そのエネルギーを、北斎というひとりの天才がさらに高めたといえるだろう。会場では、そうしたイノベーティブな西洋美術の傑作を堪能しながら、巨匠の目を通じて北斎絵画の魅力を再発見することができる。前例をみない西洋と東洋のアート、“そっくり”の共演を楽しみたい。
北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃
会期:~2018年1月28日(日)
会場:国立西洋美術館
住所:東京都台東区上野公園7-7
時間:9:30~17:30(金・土曜は20:00まで、11月18日は17:30まで)
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜(ただし1月8日は開館)、12月28日(木)~2018年1月1日(月)、1月9日(火)
入場料:一般¥1,600、大学生¥1,200、高校生¥800、中学生以下は無料
TEL. 03(5777)8600(ハローダイヤル)