イスタンブールから電車で3時間ほどの位置にあるエスキシェヒル。ガイドブックにも取り上げられることの少ない、トルコの地方都市に完成した「オドゥンパザル近代美術館」は、美術館における“21世紀的なビジョン”を具体化している

BY MASANOBU MATSUMOTO

「この美術館の設計を依頼されたとき、伝えられたのはオーナーの大きなビジョンと意思。それだけでした」。建築家の隈研吾は、自身が設計した新しい美術館を見つめながら、そう話す。

画像: 隈研吾建築年設計事務所がデザインした「オドゥンパザル近代美術館」 © NAARO

隈研吾建築年設計事務所がデザインした「オドゥンパザル近代美術館」
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 この9月、トルコの首都アンカラとイスタンブールの間に位置するエスキシェヒルに、トルコの実業家、エロル・タバンジャのプライベート美術館「オドゥンパザル近代美術館」がオープンした。ビジネスで成功し、20年ほど前からアートのコレクションをはじめた彼は、長らく、その作品を通じて生まれ故郷であるエスキシェヒルに文化的な貢献をしたいと考えていたという。美術館は、その夢のかたちだ。「ならば、この街の特徴を活かした美術館建築をつくるのがベストだと思いました」と、このプロジェクトを牽引した隈研吾建築都市設計事務所の池口由紀は続ける。

 完成したのは、木材を組み上げた、ユニークなファサードの建築だ。この木材はいわずもがな隈建築の代名詞。であるとともに、この土地のヘリテージでもある。というのも美術館が建てられた「オドゥンパザル」地区は、かつて木材市場で栄えたエリア。周辺には伝統的な木造の家が立ち並び、人々は今もそれらを修復しながら暮らしている。

 隈は、初めてこの「オドゥンパザル」を視察したときのことを、こう振り返る。「トルコ、特にイスタンブールの建築といえば、石とレンガ。重たいイメージがありました。でも、ここエスキシェヒルに来てわかったのは、トルコにも木造の伝統があり、しかも日本の民家に近い柱と梁(はり)を組み合わせた構造になっていること。そこに生まれる、暖かくヒューマンな雰囲気こそ、この土地の魅力。と同時に、僕たちがこの場所に美術館を設計する必然性も強く感じました」

画像: 美術館の3階展示スペース。すべてのフロアがアトリウムで繋がれ、展示スペースには自然光が入る © NAARO

美術館の3階展示スペース。すべてのフロアがアトリウムで繋がれ、展示スペースには自然光が入る
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 地方都市にひとりの実業家がつくった私立美術館。それは、けっして珍しいものではない。しかし、この美術館には驚くほど大きな期待が寄せられている。9月7日に開かれたオープニングレセプションには、トルコの大統領、レジエップ・タイップ・エルドアンも来館し、こう述べた。「これまで、民主化、経済発展に力を入れてきた。今は教育と人を豊かにする文化活動にも重点を置いている。この美術館は、国民にとって価値のあるものになると信じているし、国全体に波及効果があると期待している」

 美術館によって、国や街が生まれ変わることはよくある。近年のもっとも有名な例は、スペインのバスク州にある都市ビルバオだ。1998年、衰退しつつあったビルバオに、フランク・ゲイリー設計の「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」が誕生したことで、観光客は急増し、周辺の開発も進んだ。いわゆる“ビルバオ効果”だ。

 隈が設計した美術館も、人を集める。東京の「根津美術館」やスコットランドのヴィクトリア&アルバート博物の別館「V&A ダンディー」に行けば、いつも大勢の人で賑わっている。しかし、隈が美術館設計において意図してきたのは、“ビルバオ効果”とはまた違うものだ。隈はこう言う。「フランク・ゲイリーのビルバオ・グッゲンハイム美術館は、街並みにコントラストや驚きを与え、人を呼び込むことに成功しました。僕は、これまで提言してきたのは、“Living room for the city(都市のリビングルーム)としての美術館”という概念。この美術館も、地元の人がデイリーに使える“居間”のような空間、地元の人のコミュニティスペースになることを目指しました。美術館はアートを鑑賞するための場というのが20世紀の考え方ならば、これからのミュージアムは、まず地域のためにあるべき。建築家もアーティストではなく、コミュニケーターとして、地域と密接に関わっていくことが大切だと思うのです」

画像: 美術館の1階展示スペース。梁が表出した場所にはモニターを設置するなど、建築空間に合わせて作品が配置されている © NAARO

美術館の1階展示スペース。梁が表出した場所にはモニターを設置するなど、建築空間に合わせて作品が配置されている
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 その考えは、具体的な空間のディテールにも行き渡っている。たとえば、エントランスホールに配置された階段は、ベンチとしても使うことができ、またテラスと展示スペースをつなぐことで、さまざまな規模のイベントが開けるように設計されている。「カフェでコーヒーを買って、階段で作業してもらうのもいい。デイリーにマルチユースに、この美術館を使ってもらえればうれしい」と隈と池内は口を揃えた。

 一方、展示空間も挑戦的なつくりだ。外観と同様に木材のデザインが空間のアクセントとして使われ、また、アトリウムから自然光も入る。キュレーターのハルドン・ドスウルいわく「どこにでもサプライズがある建築」。オープニング展の作品配置について問うと「約3カ月前から試行錯誤を重ね、展示位置が決まったのは美術館が開館する1週間前。隈さんの建築空間が、最終的に作品を理想的な場所へ導いてくれた」と答えた。

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