東京都現代美術館で個展を開催している「ユージーン・スタジオ」の寒川裕人。彼が本展のテーマに選んだのは“共生”という概念だ。個展で発表した新作とともにそのビジョンを寒川に聞いた

BY MASANOBU MATSUMOTO

 無限に広がる想像の海――。東京都現代美術館で開かれている個展のタイトル『新しい海』に、寒川裕人はそのようなイメージを託した。寒川は1989年生まれ。自身のアーティストスタジオ「ユージーン・スタジオ」を主宰し、スタジオ名義で作品を制作・発表してきた。社会学などにも関心をもっていたが、美術の道を選んだのは「さまざまな考え方を受容してくれるのがアート。誰かにとって良いものもそうでないものも同じように存在していいのは美術しかないと思ったから」だと話す。

 過去の作品から新作までが一堂に会する今回の個展。その内容を説明する際、寒川は“共生”という言葉を何度も口にした。幼少期をアメリカで過ごし、多感な時期に9.11や3.11を経験した彼にとって、それは思考の前提にあるものだという。「自分とは異なる価値観、倫理観の人がいて、その時々では理解できない存在、あるいは脅威になる存在が“共にある”ということ。それが当たり前の事実なのだという感覚は、昔から自然と自分の中にありました」。その“共にある”ことで成り立っている世界の断片を、寒川の作品はシンボリックに映し出す。

画像: 今回の個展のために制作した新作のひとつ〈レインボーペインティング〉より。2021年、作家蔵 © EUGENE KANGAWA

今回の個展のために制作した新作のひとつ〈レインボーペインティング〉より。2021年、作家蔵
© EUGENE KANGAWA

 新作のひとつ〈レインボーペインティング〉は、多様性の象徴である虹を連想させるものだが、絵として表れているのは、境界を失い、色が混ざり合った淡いグラデーションだ。近寄ると筆のタッチが人影のようにも見える。実際、寒川はこの絵を群衆や国家に見立てた。「この作品を前に“あなたはこの作品のどこにいると思いますか?”と問うと、ディテールを指す人もいれば、絵の外側にいるという人もいる。多様な解釈にもこの作品の可能性を感じています」

《想像》という作品もユニークだ。これは寒川が彫刻師と終始何も見えない完全な暗闇の中で作り上げた彫像である。寒川を含め、誰も完成した姿を知らない。「展示も真っ暗な空間の中で。目の前にある永遠に見ることができない像を鑑賞者が頭の中で想像する。日本人は仏像を、イスラム教の人はまったく違うものを浮かべるかもしれません」

画像: 制作風景 2021年 © EUGENE KANGAWA

制作風景 2021年
© EUGENE KANGAWA

 寒川は言う。「はっきりしたビジュアルやメッセージより、曖昧だが想像を促すもののほうが、人の心を大きく動かすこともある」。こうした作品体験はいわば想像することのレッスンであり、寒川はその想像の力を強く信じる。「世界には自分と異なる存在がある。想像力をもってその違いを受け止め、存在を受容することがさまざまな問題に向き合うカギになるかもしれません」。アーティストがある種のビジョナリーならば、寒川の視線は常にポジティブな未来を向く。「僕は“こうあるべき”とあまり考えないようにしています。ただ未来だけは絶対に、良くあるべきだと考えなければいけない、そう思うのです」

画像: 寒川裕人(EUGENE KANGAWA) 1989年生まれ。アーティストスタジオ「ユージーン・スタジオ」の名義でアート作品を制作・発表している。2021年に制作した2 本の短編映画がパンアフリカン映画祭などアカデミー賞公認の国際映画祭で高い評価を獲得。下記展覧会の期間中、その上映イベントも開催予定 COURTESY OF EUGENE STUDIO

寒川裕人(EUGENE KANGAWA)
1989年生まれ。アーティストスタジオ「ユージーン・スタジオ」の名義でアート作品を制作・発表している。2021年に制作した2 本の短編映画がパンアフリカン映画祭などアカデミー賞公認の国際映画祭で高い評価を獲得。下記展覧会の期間中、その上映イベントも開催予定
COURTESY OF EUGENE STUDIO

『ユージーン・スタジオ 新しい海』
会期:2021年11月20日(土)~2022年2月23日(水・祝)
会場:東京都現代美術館
住所:東京都江東区三好4-1-1  
開館時間:10:00~18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(2022年1月10日、2月21日は開館)、年末年始(2021年12月28日〜2022年1月1日)、2022年1月11日
料金:一般 ¥1,300、大学・専門学校生・65歳以上 ¥900、高校・中学生 ¥500、小学生以下無料
電話:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト

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