東京の空の下、今日も友禅の花が咲くー。神田川の水辺に位置する新宿は、明治の頃から続く染物の街である。高田馬場にある小倉染芸の工房では、現在も、唯一無二の"東京手描友禅"の着物を手作業で創作し、世に送り出している 。10月8日から伊勢丹新宿店で開催される『 小倉貞右・隆 親子展』も見逃せない。

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY NARUYASU NABESHIMA

画像: 正倉院由来の鏡裏文(きょうりもん)から想起した原寸図案を光で透かしながら、反物に写す小倉貞右。

正倉院由来の鏡裏文(きょうりもん)から想起した原寸図案を光で透かしながら、反物に写す小倉貞右。

 高田馬場から落合、繁華街の印象が強いこの界隈が、染物の街であることをご存じだろうか。その歴史を手繰ると、1800年代に端を発する。友禅染では、余分な染料を洗い流すために、染物職人たちは水の豊かな川沿いに工房を構えていた。神田界隈で栄えた江戸友禅は清らかな水を求めて神田川の上流へ。明治期に新宿へと拠点を移し、昭和48〜51年頃には130軒近くの染め場が軒を連ねピークを迎えた。現在は3 分の1ほどに工房の数は減少したが、"東京手描友禅" として国の伝統的工芸品に指定され、今も喧騒の路地裏で染物の伝統が息づく。

画像: 「江戸の祭り」と題した工芸品のような黒留袖は、小倉貞右の渾身の作。

「江戸の祭り」と題した工芸品のような黒留袖は、小倉貞右の渾身の作。

 京友禅が分業制であるのに対し、東京手描友禅は意匠のデザインから染めに至るまで一貫して手がける。それゆえ創り手の個性が作品に強く反映されることも特筆すべき点だ。今回訪ねたのは、昭和10(1935)年に創業した「小倉染芸」。親子2 代が友禅作家として独自の美へ挑み続ける、不易流行の工房だ。父・小倉貞右(ていゆう)は、京友禅の重要無形文化財保持者の長男である4 代目田畑喜八に師事。京の"はんなり"と江戸の"粋"が溶け合う作品で、数々の工芸展で受賞を重ねる伝統工芸士だ。一方、息子の隆が最初に歩んだ道はスポーツ用品メーカーでのデザインの職。海外留学の経験を経て、着物という日本の民族衣装を再認識、27歳で家業の友禅染の扉を開いた。

画像: 工房の神髄"汚しの色"を吟味する小倉隆。

工房の神髄"汚しの色"を吟味する小倉隆。

 そんな小倉染芸の真骨頂は、"色の妙" にある。「ぼくらは"汚しの色" と表現するのですが、グレー味を帯びた階調で地染めをし、装う人物像をイメージしながら図案に合わせて色年齢(しきねんれい)を決めています」と隆。スモーキーな地色とさし色の調和を図るために、工房では貞右が独自の「渋黄色(しぶきいろ)」の防染糊を開発。一般的には白や群青色にくっきりと際立つ図案の輪郭が、この防染糊を用いることで、描かれた文様が静かな黄色で浮かび上がり、奥行きのある地色に柔らかな気配を宿す。余韻を運ぶ渋黄色にも幾つかの階調があり、地染めに合わせて微細に調合するという。

画像: 右下は一般的な群青色に仕上がる防染糊。左上の4種類が小倉染芸ならではの渋黄色の防染糊。地染めに応じてその都度調合する。

右下は一般的な群青色に仕上がる防染糊。左上の4種類が小倉染芸ならではの渋黄色の防染糊。地染めに応じてその都度調合する。

 また、配色の要となる紫においても、独自の染料にこだわる。それが、巻貝の内臓の粉末を超音波で粉砕して生み出す、オリジナルの"貝紫" である。澄んだ赤みを秘めた紫の美しさを際立たせるために、あえて地色を染めず、白生地に貝紫のみで彩色した染め帯もこの秋の展覧会に向けて創作している。

画像: オリジナルの貝紫の染料。幾種類もの階調を揃え、適所にふさわしい色をさしていく。

オリジナルの貝紫の染料。幾種類もの階調を揃え、適所にふさわしい色をさしていく。

画像: 小倉貞右の作による貝紫の染め帯。左は古典美をモダンに意匠化した「七宝に御所解(ごしょどき)」、右は2026年の干支である午うまにちなみ"瓢簞から駒"の意味を秘めた「瓢簞」の図案。

小倉貞右の作による貝紫の染め帯。左は古典美をモダンに意匠化した「七宝に御所解(ごしょどき)」、右は2026年の干支である午うまにちなみ"瓢簞から駒"の意味を秘めた「瓢簞」の図案。

 工房での創作に加え、貞右、隆が所属する"東京手描友禅" 東京都工芸染色協同組合では、職人たちが研鑽を積んだ技を披露する場として、年に一度『染芸展』を主催。東京都の「職人塾」とも連携し、手描友禅の訴求の場を提供する。積極的に門戸を開き、二人の女性が弟子入りした。

画像: 愛らしい苺模様の染め帯を手がけるのは、「職人塾」を機に弟子入りした石井和花。濃淡に染まるグリーンの葉のみずみずしさをはじめ、ぼかしを効かせた苺の立体感も目を楽しませる。

愛らしい苺模様の染め帯を手がけるのは、「職人塾」を機に弟子入りした石井和花。濃淡に染まるグリーンの葉のみずみずしさをはじめ、ぼかしを効かせた苺の立体感も目を楽しませる。

こうした行政と伝統の担い手による取り組みを、伊勢丹 新宿店でも後押し。毎年開催される『染の王国・新宿 染色作品展』を通し、新宿区の地場産業である染色の担い手にスポットをあてている。今秋の『小倉貞右・隆親子展』では、工房を背負う2 世代の作家と未来の担い手となる弟子の作品が登場する。"今" という時代を繊細に彩る絹衣は、目にするだけで眼福を得るだろう。

画像: ミラノの寺院の壁画から想起した、小倉隆の作による訪問着「壁画 葡萄唐草」。ランダムな幅の横段に濃淡の丁子色を配し、流麗な葡萄唐草を糊の"白あげ"を効かせて表現した。透明感を保ちながらも、冷たい印象にならないように、ニュアンスを帯びた水色にこだわる。

ミラノの寺院の壁画から想起した、小倉隆の作による訪問着「壁画 葡萄唐草」。ランダムな幅の横段に濃淡の丁子色を配し、流麗な葡萄唐草を糊の"白あげ"を効かせて表現した。透明感を保ちながらも、冷たい印象にならないように、ニュアンスを帯びた水色にこだわる。

『 小倉貞右・隆 親子展』
訪問着から染め帯まで、モダンな個性が光る、今回のために染め抜いた約100点に及ぶ作品が登場。カードケースや数寄屋袋などの小物も、20点ほど並ぶ。
会期:10月8日(水)〜14日(火)
開館時間:10時〜20時(最終日は18時終了)
会場:伊勢丹 新宿店 本館7階 呉服プロモーション
東京都新宿区新宿3の14の1
公式サイト

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