ピンクの漆喰壁が彩る玄関、コンクリート製の浴槽。豊かに生い茂る果樹園。ひとりのクリエイティブ・ディレクターとふたりの建築家は、究極のロサンゼルス・ファンタジーを、この家にいかに再現したのか

BY MAX LAKIN, PHOTOGRAPHS BY SIMON WATSON, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 オーストラリアの田舎の、両親が営むアボカドとさとうきびの農場で育ったクリスチャンセンは、ロサンゼルスにやってくるまで、さまざまな場所を渡り歩いてきた。オーストラリアとロンドンで法律を学んでから、イタリアのトレヴィーゾに移り、ベネトンが発行する『Colors(カラーズ)』という影響力の大きな雑誌でクリエイティブ・ディレクターを務めた。『カラーズ』を創刊したのはアート・ディレクターであるオリビエーロ・トスカーニとティーボア・カルマンだ。その後、ニューヨークのタイム社で同じような職に就いたのち、2005年に自分のエージェンシーを起こした。

 このロサンゼルスの家を買う前、彼はマンハッタンのアパートで、リノベーションすることを夢見ながら夜の眠りについていた。モロッコの砂漠に建てられた静謐な別荘や、アトラス山脈を仰ぎ見るマラケシュ郊外のネオブルタリズム建築(註:無機質な城壁のようなコンクリートの建築)の建物の写真などをボードにコラージュのように貼りつけていた。写真の数は次第に増え、いつしか地層のように分厚くなっていた。

 ある日、クリスチャンセンは、ロンドンに当時建設中だったアンドレ・バラスのホテル、チルターン・ファイヤハウスで、ミーティングに参加していた。「その壁に描かれていたピンクの塗料の筆使い」を褒めていたところだった、と彼は言う。そして、彼は自分が素晴らしいと思う多くの仕事は、いつも同一人物、いや、いつも同じふたりの人物に帰結することに気づいたのだった。それは、パリを拠点とする建築事務所、スタジオKOのカール・フォーニアーとオリヴィエール・マーティだった。

画像: パリの蚤の市で見つけたシンプルなアンティークの椅子が、複数の色のパネルで飾られた壁と、リビングルームの色鮮やかなテラゾが敷き詰められた床に映える

パリの蚤の市で見つけたシンプルなアンティークの椅子が、複数の色のパネルで飾られた壁と、リビングルームの色鮮やかなテラゾが敷き詰められた床に映える

 チルターンのホテルで、長年の風雪に耐えたエドワード7世時代風の外観を表現したフォーニアーとマーティ。彼らはこれまでに、優美で大地に寄り添うような邸宅を、ピエール・ベルジェ(ベルジェはイヴ・サンローランの公私にわたるパートナーだった)や、イタリア人貴族のマレーラ・アニェッリのためにデザインしてきた。ふたりの建築には、新しいものを柔軟に取り入れようとする美意識が貫かれている。だが、彼らをより際立たせ有名にしたのは、時代やムードを絶妙に組み合わせてさまざまな空間を作り出す、その卓越した能力だ。彼らが手がけると、空間にうっとりしてしまうような静謐さが宿るのだ。たとえば、マラケシュにある、静けさに満ちたベルベル人街の住宅や、フランスのブルターニュ海岸沿いにある美しく炭化した木造の馬小屋などがその例だ。

 2014年にパリのカフェ・ボーブールでコーヒーを飲みながら、クリスチャンセンは現在48歳のフォーニアーと、43歳のマーティに自分の計画をこう切り出した。「僕は、喜びと創造性の溢れる庭を本気で作りたいと思っているんだ」と。“幻想で頭がいっぱいのオーストラリア人”を相手に、どうしたものかよくわからなかった、とマーティは回想する。すでにバラスのロサンゼルスのホテル、シャトー・マーモントのコンサルタントを務めていたふたりにとって、この家のプロジェクトを通じてLAを定期的に訪れることになるのは朗報だった。「LAにはとてつもなく自由な雰囲気がある。今の米国ではそんな雰囲気がある場所は、ほかにどこにも見つけられない」とマーティは言う。

 

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