亜鉛メッキされた開閉式ドーム、コンクリートの外壁、そして厳格な佇まい。モンテカルロ近郊にあるその家は、デザイナー、トム・ディクソンの美意識の表現であり、かつ都会からの逃避を象徴するものだ

BY NANCY HASS, PHOTOGRAPHS BY HENRY BOURNE, TRANSLATED BY HARU HODAKA

 2010年のある夜、ディクソンと例のモナコの女性がロンドンで食事をしていたとき、彼女は、実践から学ぶという彼の情熱がどれほど強いものかを試すような仕事をオファーした。彼女とその夫は、自分たちの邸宅のデザインを彼に依頼したかったのだ。その土地は、モナコ公国の国境からほんの数メートルの、フランスのカップ=ダイユの絶景を望む断崖の上だった。当時、そこには彼女の曾祖父が19世紀に建てた羊飼いの小屋のような建物があり、周囲にはレモンの木が生い茂っていた。彼女の家族にとってそこは都会生活を離れて訪れる場所で、10代だった彼女は、夏になるとそこでトマトを採ったり、長生きの亀の面倒をみたりしていた。

画像: 玄関に通じる小道には地元で取れる石が敷かれ、模様をあしらったコンクリート製の壁に溶け込むように配置されている

玄関に通じる小道には地元で取れる石が敷かれ、模様をあしらったコンクリート製の壁に溶け込むように配置されている

 彼女が父親からその土地を譲り受けたあと、1980年代にディクソンはその場所を訪れたことがあった。彼はそれまでに、その家のための特注家具すら作っていた。だが、エキセントリックな趣向で名高い顧客のために家をデザインするというのは、家具作りとはまったく違う次元の話だった。彼はプロダクト・デザインでその名を轟(とどろ)かせ、インテリア・デザインの事業も並行して手がけていたが、建築の訓練は受けたことがなかった。だが、そんな懸念はその女性には無用だった。彼女は、彼にあれこれと指図をする必要すら感じていなかった。「トムは私のことをわかっていたから」と彼女は言う。「彼は私の好みを知っていたし、私は彼がそれを作れる人だと知っていたから」

 ディクソンはこの女性が、ブルタリズム主義をとことんまで具現化した家を欲しがっていることは理解していた。それは、海を見下ろす岩がちの高台に沿ってたくさん建っている、贅沢だが、建築的には凡庸な、ベージュの壁にオレンジ色のタイルの屋根を乗せた大邸宅とは正反対のイメージだ。彼は、照明や椅子をデザインするのと同じアプローチで取り組んだ。つまり、家は彫刻であり、同時に機能的なオブジェである、と捉えたのだ。「ごく基本的な幾何学的な形を作って、それを組み合わせることを考えた」と彼は言う。だが同時に彼は、その土地がもっている岩がちな自然の美しさと、極端なまでに進んでしまった開発との対比にも気づいていた。「僕はこの家をシェルターのような感じにしたかったんだ。巨大な石の塊みたいなこの土地の美しさを表現したくて。まるでカルカッソンヌの城塞みたいにね」と彼は言う。カルカッソンヌとは、南仏オクシタニー地方にある巨大な壁に囲まれた城塞都市のことだ。ガロ=ローマ時代(紀元前3世紀末から5世紀後半)に建てられ、19世紀半ばにフランスの建築理論家のウジェーヌ・ヴィオレ・ル・デュクによって修復された。

画像: 主寝室のベッドサイドに置かれたテーブルとランプはフィリップ・マロウィンのデザイン。主寝室は9mの高さのコンクリート製ドームの中にある

主寝室のベッドサイドに置かれたテーブルとランプはフィリップ・マロウィンのデザイン。主寝室は9mの高さのコンクリート製ドームの中にある

 1,021平方メートルもの広さのこの家が完成するのにほぼ5年の歳月がかかり、家のオーナーたちはまだ工事が途中だった6年前に引っ越してきた。ディクソンは、これだけの広さを持つ家には、発電所か天体観測所のような要素を取り入れるべきだと考えた。少なくとも、遠くから見たときに脅威や神秘を感じさせるものにしたかったのだ。そこで9mの高さのドームを建物の上に取り付け、住宅につきものの直角だらけのアイデアに異議を唱えた(ディクソン自身も、ノースケンジントンにある1930年代に建てられた高さ18mのコンクリート製貯水塔を改築して、家族と一緒に住んでいる。2005年に3階建ての自宅に改装した際、家の真ん中にらせん階段をつけた)。「僕は丸い形にひるんだりしない」と彼は言う。「ただ、家具を配置しようとすると、ちょっとした悪夢だけどね」

 20世紀半ば頃のモンテカルロの栄華や艶を醸し出すために、彼はジェームズ・ボンドの映画に出てくる悪役のようなタッチを家に加えようと思いついた。たとえば、危機感迫るような濃いブルーで塗装され、照明によってドラマティックに演出された巨大な地下ガレージ。夫妻はそこに蒐集したスポーツカーやバイクを収納している。「僕たちはあの城をおちょくってやりたかったんだ」とディクソンは言う。あの城とは、12世紀に建てられた、権威に満ちたグリマルディ家(モナコ王室)の巨大な邸宅のことだ。そこにはまだアルベール2世大公が住んでいる。「トムが提案したアイデアを私たちはほとんど変えることはなかった」と、家のオーナーはつけ足した。「私の仕事は、彼の計画を形にすることだと思っていたから」

画像: ゲスト棟内のリビングルーム。壁にはスタイロフォーム(発泡スチロールの一種)製の飾りがあり、ボンド映画のセットにある岩を思わせる。モナコの景観の写真はヘルムート・ニュートン撮影。その下のモナコのロイヤルファミリーの写真はジャック=アンリ・ラルティーグが撮影した。ベンチはピア・ジュリオ・マジストレッティ作

ゲスト棟内のリビングルーム。壁にはスタイロフォーム(発泡スチロールの一種)製の飾りがあり、ボンド映画のセットにある岩を思わせる。モナコの景観の写真はヘルムート・ニュートン撮影。その下のモナコのロイヤルファミリーの写真はジャック=アンリ・ラルティーグが撮影した。ベンチはピア・ジュリオ・マジストレッティ作

画像: 天井から下がっているのはデンマークのデザイナー、ポール・ヘニングセンが考案したペンダント型の照明で、ルイス・ポールセン社製造。その下の壁に飾られているのは、1968年に撮影されたイギリス女王エリザベス2世とフィリップ殿下の写真。カーテンとベッドカバーはニナ・キャンベルのファブリック

天井から下がっているのはデンマークのデザイナー、ポール・ヘニングセンが考案したペンダント型の照明で、ルイス・ポールセン社製造。その下の壁に飾られているのは、1968年に撮影されたイギリス女王エリザベス2世とフィリップ殿下の写真。カーテンとベッドカバーはニナ・キャンベルのファブリック

 

This article is a sponsored article by
''.