亜鉛メッキされた開閉式ドーム、コンクリートの外壁、そして厳格な佇まい。モンテカルロ近郊にあるその家は、デザイナー、トム・ディクソンの美意識の表現であり、かつ都会からの逃避を象徴するものだ

BY NANCY HASS, PHOTOGRAPHS BY HENRY BOURNE, TRANSLATED BY HARU HODAKA

 家の模型ができあがると、ディクソンはさまざまなイギリス人建築家たちと建築プランを練ったが、誰もがその案の複雑さに絶望して降参し「まったくうまくいかなかった」。フランス政府の悪名高く無意味な建築基準法によって、高さと景観に制限がかけられ、地元特有の、豊かに生い茂る木々と対照的な、あらゆるものをそぎ落としたような砂漠を思わせる景観を作る計画は、結果的に頓挫した。自治体がかろうじて許可したのは、通りに面した入り口に続くサボテンの庭だ。敷地のその他の場所には、イタリアの建築家レンゾ・ピアノとよく協業しているパリの環境デザイナー、ミシェル・デヴィーニュが、楓の木やミモザや香りのいいハーブを植えた。また施工の途中で、この土地は地震の被害を受ける可能性があるとディクソンは気づいた。家のコンクリートの壁のいくつかの厚さを3倍にしなければならず、費用は当初の倍かかった。

画像: リビングルームに置かれたスカンジナビア製の椅子と、トム・ディクソン製作の特注ソファ

リビングルームに置かれたスカンジナビア製の椅子と、トム・ディクソン製作の特注ソファ

 驚くことに、オーナーたちは一切躊躇しなかった。モナコ出身のその女性が自ら現場監督となり、あらゆる細部にわたって職人集団の仕事ぶりを見守った。「僕は細かいことにこだわらず物事を進めようとするし、押しきってしまうんだ」とディクソンは言う。「でも、彼女は完璧を期して必要なことはすべてきっちりやっていたよ」。彼はインテリア用のイメージボードを彼女に送ったが、それに付随する詳細な形状や数字は提供せず、指示の出し方はどちらかというとポエムのようだった。彼の情熱を翻訳して形を整える役割を彼女が担っていたのだ。「ときどき、壁はどう仕上げたいか、表面の処理はどうしたいか、と彼に聞くとね」と彼女は言う。「ある音楽の断片や、ブライアン・イーノが散髪している写真を出してきて、こんな感じと言うわけ」

 オーナーたちが「サボテンと熱帯魚」と名付けたこの家は、ル・コルビュジエが好んだシャタリングという工法によって建てられている。木製の型に物質を流し込んで固める工法で、木枠を木目仕上げのコンクリートで覆っている。内装の表面部分の多くも同じ方法で仕上げ、ブルタリズムの雰囲気を増幅させている。ガラスを多用することで外壁にアクセントをつけ、地中海の眩しい日射しが、6×9mの広さのリビングエリアにゆったりと差し込むようにした。リビングからは、細長く突き出たプール越しに港が見渡せるようになっている。

 まるで青虫のようにつながった、ディクソン特製のダークグリーンの革張りソファに座ったり、スカンジナビアの巨匠フィン・ユールやアルヴァ・アアルトが作ったシェーズ・ラウンジ・チェア(背もたれや肘掛けがついた長椅子)に腰をかけると、少し離れた場所にある城が、わずかに見える(室内にあるすべての家具は、この家の建築中にオーナーが蒐集したものだ)。彼らの美術作品やオブジェのコレクションは、明朝の壺から、ヴィンテージのギブソンのギター、20世紀初頭のジャン・コクトーの絵画や、イギリスの現代アーティスト、クリス・オフィリが2000年代初頭に描いた水彩画四部作に至るまでさまざまで、この家の特異性を際立たせている。

画像: 主寝室への廊下には、オーナーを描いたジョエル=ピーター・ウィトキンの絵画と、ロンドンの自然史博物館にあったキャビネットが設置されている

主寝室への廊下には、オーナーを描いたジョエル=ピーター・ウィトキンの絵画と、ロンドンの自然史博物館にあったキャビネットが設置されている

 実際、この家らしさは、そこかしこにたくさんある。オーナーの彼女自身が写真家で、ディクソンは彼女の写真スタジオと暗室を家の最上階に造った。主寝室に続く6mの長さの廊下には、樫の木でできたアンティークの「好奇心のキャビネット」がある。このキャビネットはかつてロンドンの自然史博物館で蝶の標本を保存するのに使われていたが、今では靴やバッグや本がその中に収納されている。主寝室は亜鉛メッキが施されたコンクリート製のドームの中にすっぽり収まっている。風通し用の穴をあけたアルミニウム製の丸みのある自動ドアが開くと、ドームを取り巻く巨大なテラスに出られるようになっている。主寝室に隣接したシャワーは、ドームと同じ高さから大理石の斜面を伝って水が流れ落ちる仕組みだ。天井のてっぺんには天窓がついている。ベッドの両脇には、イギリスの若手デザイナーで、ディクソンの弟子のフィリップ・マロウィンが作った、マットな黒の特注テーブルとランプが置かれている。

画像: ボイラールームにすらアートが展示されている。モナコの港の風景画は、1954年にジョセフ・コンサヴェラが描いた。上に飾られているのは、イヌイットの男性を撮影したヴィンテージ写真。石灰岩の床はヒースロー空港で使われていたものを再利用した

ボイラールームにすらアートが展示されている。モナコの港の風景画は、1954年にジョセフ・コンサヴェラが描いた。上に飾られているのは、イヌイットの男性を撮影したヴィンテージ写真。石灰岩の床はヒースロー空港で使われていたものを再利用した

 ガレージの端にあるボイラールームですら、とことん考え抜かれて造られている。給湯器に連結する、まるで迷路のように張り巡らされた銅のパイプは、ピカピカに磨き上げられて輝きを放つ。さらに、NASA(米航空宇宙局)が60年代に撮影した写真の数々が額に入れられ、格子状に飾られている。人工大理石の床は、かつてヒースロー空港のターミナル2に使われていたものだ。2009年にイギリス人建築家のノーマン・フォスターが空港をリノベーションしたときに譲り受けた。「王族から移民まで、世界中の人がこの上を歩いたという事実が素晴らしい」とオーナーは言う。その床の上には、2012年のミラノサローネ国際家具見本市で展示された、ディクソン作のシンプルな鉄製の椅子が置かれている。それは、彼女が今でも所有するたった2脚のディクソンの椅子のうちのひとつだ。初期に作られた彼の椅子は、何年か前に売却したが、当時ディクソンがすでにデザイナーとして名声を得ていたため、大変な高値がついた。オーナーが椅子を売ってしまったことで、ディクソンが気分を害することは微塵もなかった。「彼女は常に前進したいんだ」と彼は言う。

 そして彼もまた、独学への新たな情熱に突き動かされている。デザイナーとしてのディクソンの手腕を試したこの家は、彼の創作意欲を刺激し、彼は建築の依頼にもっと応えられるように自らのスタジオとスタッフを再編した。「彼女から依頼されなければ、自分が家を作るなんて決して想像すらしなかった」と彼は言う。「だから、この家は傑作だとも言えるし、完全にクレイジーだとも言えるんだ」

 

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