フランスのセラミックアーティスト、アニェス・ドゥビゼーがパリ郊外の19世紀の農場に構える独創的な別荘。そこには、彼女のライフワークが詰まっている

BY GISELA WILLIAMS, PHOTOGRAPHS BY ILYES GRIYEB, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

 セラミックアーティストのアニェス・ドゥビゼー(63歳)のアトリエは、フランスのサン モーリス オー リッシュ オムという村の古い農場にある。その入り口にある鋳鉄のゲートをくぐり抜けると、誰もが別世界に入り込んだような感覚に襲われるだろう。パリのマレ区にアパートメントを所有していてるドゥビゼーだが、パリから南東へ1 時間半ほどのところに位置するこの場所には、青々とした中庭を取り囲むように19世紀に造られた農場の建物が立ち、その至るところに、彼女が40年におよぶキャリアの中で制作した150点以上の彫刻作品が置かれている。

画像: アトリエの外に置かれたドゥビゼーのインスタレーション《Évolution》の一部。2007年から2015年にかけて制作された

アトリエの外に置かれたドゥビゼーのインスタレーション《Évolution》の一部。2007年から2015年にかけて制作された

中庭のスペースにあるのは、彼女の名を世に知らしめた代表作《Évolution(進化)》(2007~2015)。これは、穴ぼこだらけの約40点のストーンウェア(炻器:せっき)の彫刻からなるインスタレーション作品で、ダチョウの卵のような形をしたものからアミガサタケを思わせる高さ約2.4mの縦長のものまで、サイズの異なるオブジェが徐々に大きくなるように並べられている。どれも日に焼けて白くなり、サンゴのような質感だ。現在この作品は、庭のシナノキのまわりをぐるっと囲むように置かれているが、ドゥビゼーはその配置(作品を構成するオブジェをくねくねしたライン状に並べたり、無秩序に積み重ねたり)を定期的に変えているという。こうしたアレンジは、ほかの多くの作品に対しても彼女がよくすることである。

 1980年代にパリの陶芸教室に通ったことはあったが、それ以外、ほぼ独学で作品制作を行なってきたというドゥビゼー。「いわゆる伝統的な陶芸の世界は私には合いませんでした。また、私はエコール・デ・ボザール(パリ国立高等美術学校)で美術教育を受けて、学位を取得しているわけでもありません。だから、フランスではアーティストとしてあまり認められていませんでした」と彼女は語っている。

まだ駆け出しだった頃は、4人の子どもを育てるかたわら、彫刻作品を制作し続けた。子どもたちは時々、彼女が作りあげた作品をおもちゃだと言い張り、なかでもいくつもの小さな顔で覆われた、古いテレビの形をした彫刻が大のお気に入りだったという。「初めて粘土に触れた瞬間、粘土を使えば自分が望むものを何でも作れると思いました」とドゥビゼーは話す。そして彼女は自身の作品を特徴づけることになる独自の技法を編み出していった。それは、ストーンウェアに生じた釉薬のひび割れ部分に、黒の化粧土(スリップといわれる粘土と水を混ぜたもの)を塗り込んで、樂焼(らくやき)のような風合いを生み出すという方法である。こうしたひび割れ模様は、窯の中で作品が粉々に砕けたり、ときに爆発するほど高温で焼成されることで発生する。いわば、偶然の産物がドゥビゼー作品のシグネチャーとなったのである。「手直しをしては失敗し、またやり直す。この繰り返しです。ある意味で、こうした不確実性と失敗の積み重ねが、私のアーティストとしてのアイデンティティになっていると言えるかもしれません」。

ドゥビゼーの作品を扱うパリの歴史あるアートギャラリー「イヴ・ガストゥ・ギャルリ」のヴィクター・ガストゥは、初めて彼女の一連の作品を見たとき、その類いまれな個性に衝撃を受けたという。「独自の感性をもったひとりのアーティストが生み出す、完全な唯一無二の世界。そこに自分がいることをすぐに理解しました」

 庭から6軒の家屋(アトリエ、生活スペース、4軒の離れ)の隅々まで、この別荘はドゥビゼーならではの感性にあふれた作品で埋め尽くされている。錆びついたウサギのケージの中には、1981年に制作した彼女の最初の作品である首を伸ばしたドラゴンの彫刻が収められており、その近くには、何百もの小さな白い顔に覆われた人間大の縦長の作品が、また木の根元には、どこか《サモトラケのニケ》を彷彿とさせる堂々とした彫刻作品も見られる。もともと牛小屋であったという高い梁見せ天井のアトリエスペースには、アメーバのようなものから大きな動物のようなシルエットをしたものまでが置かれている。それらは、それぞれ制作途中にあるものだという。

画像: 元牛小屋のアニェス・ドゥビゼーのアトリエには、最近完成したばかりの大型の彫刻作品が置かれている

元牛小屋のアニェス・ドゥビゼーのアトリエには、最近完成したばかりの大型の彫刻作品が置かれている

画像: パリのアパートメントのアトリエ。黒いストーンウェアの彫刻《MigrantⅡ》(2005)や、その隣にはコラージュなど、さまざまな作品が並んでいる

パリのアパートメントのアトリエ。黒いストーンウェアの彫刻《MigrantⅡ》(2005)や、その隣にはコラージュなど、さまざまな作品が並んでいる

 オリーブ色やオレンジ色、黄緑がかった薄い灰色に塗られた下見板張りの4つのベッドルームがあるこぢんまりしたコテージとアトリエの間の裏庭には、大きいサイズの作品群がまとめて飾られている。緑色の釉薬を施した鍾乳石のようなものをリング状に構成した作品が地面から突き出しているかと思えば、芝生の端には木の幹を逆さまにしたような作品があり、その根は空に向かって伸びている。新たなエネルギーを吹き込むように、敷地内に設置された作品の多くは、ドゥビゼーの手によって置く場所を変え、埋め直されてきたが、庭のカエデの大木の陰にある赤錆色の人間の頭部の彫像作品だけは、何年も台座の上でその木を見上げたまま、手を加えられていない。ドゥビゼーはその頭部とカエデの木について、こう話す。「彼らはそうやって長い間、興味深い語らいの時間を過ごしてきたのです。だから、離ればなれにすることなんてできません」

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